シークエンス3「ふたりでデート」

文字数 3,197文字

 十月も下旬になってきて、涼しいどころか寒くなってきた。
 返ってきたテストの点数はまずまずだった。これからもっと勉強していかないと! と気合いを入れていたのだけど、それは砂時計のように滑り落ちていっていた。
 今日は土曜日で学校が休みということで、いつもだったら家でゴロゴロしている。swも今日は違う。お気に入りの青いワンピースを着て、待ち合わせ場所の「さざなみ公園」の入り口で立っていた。
 母さんはそんな格好をして、だれかとデートでもするの? とからかってきた。まあ、デートはあながち間違いではないのだけど。
「あっ。真弓! ごめんごめん。待った?」
 緑のスカジャンに深い赤のロングスカート姿のアザミが私に手を振っている。
「いいや。そこまで待っていないわ」
 私はくだけた笑みを作る。
「そ。なら良かったわ」
 アザミも微笑み返してくれた。
 そう。私は今日、アザミとデートする。凄く楽しみで、昨日はあまり眠れないほどだった。少々ボーッとして、思わずあくびをしてしまう。
「真弓、大丈夫?」
 アザミの心配そうな顔を見た私は、
「ああ……大丈夫よ。うん」
 と満面の笑みを作った。

 私たちはバスに乗り、駅前まで出た。
 駅前のデパートで、アザミと私は宝石店のショーウィンドウに並んだ指輪やネックレス、ブランドのアパレルショップに並んだ冬物などを次々に眺めていった。
 アザミは目をらんらんと輝かせていた。多分私の目もそうだっただろう。この星形のネックレス、かわいいわね、とか二人で言い合った。

 気がついたら二時間経っていた。お腹もすいてきたので、最近バラエティ番組で取り上げられていた喫茶店にいくことにした。
 並んでいるかなと思っていたけど、すぐに席に座れた。
 そして私はクリームのグラタン、アザミはトマト系のパスタを注文した。
 注文したのに、アザミはメニューの表紙を見つめる。
「このメニューのイラスト、かわいいわね」
 アザミはそう言って、私にメニューをよこした。
 トマトを擬人化したような可愛いゆるキャラがいた。なんともいえない緩さに思わず笑ってしまう。
「確かにかわいいわ。アザミはこういうの、画けるの?」
 私の何気ない問いに、
「ううん。画けない画けない。マスコットって画くの、難しいのよ。デフォルメしすぎても気持ち悪いし、かと言ってリアルにしても気持ち悪いし」
 アザミは吹き出す。
 その実、私は友達とこういうウィンドウショッピングや食事をするのに憧れていた。でもみんなからは嫌われてて、クラスではほぼほぼ存在しない扱いを受けているから、こんな風に夢が叶うなんて思いもしなかった。アザミに感謝しないとなあと思っていると、
「あたし、こんな風に友達と遊ぶの初めてなの。あと、友達を名前呼び出来るようになったのも真弓のおかげ。ありがとう。願いが叶ったわ」
 アザミはお冷やを一口含む。
「えっ。嘘でしょ」
「嘘じゃないわ。ちょっとは信用してよ」
 私の言葉にアザミはふくれ顔をつくる。それから、
「私ね、中学校だけで四回転校しているんだ。凄いでしょ」
 アザミの思わぬカミングアウトに、
「へ?」
 と声を裏返してしまう。どういう意味? と聞こうとした瞬間、料理が来た。

 グラタンのあまりの熱さに、口をやけどしそうになったけど、おいしく頂くことができた。アザミはあたしトマトが大好きなのよね、と一言言うと、おいしそうにパスタを食べていた。

 中学二年生にとって、豪華な食事をとったな、と私は呟くと、アザミはホントそうね、と笑った。
 それから私は食事の前にアザミが言っていた言葉を思い出し、
「ねえ、アザミって四回も転校していたの?」
 と訊いてみることにした。
「ええ、そうよ。すべて半分学校から追い出された感じだわね」
 アザミはとんでもないことをさらりと言った。
「えっ」
 私は言葉に詰まる。またまた訊いちゃいけないことを訊いちゃったかしら……?
「ん。そんな顔しなくてもいいのに。ただ周りがあたしを受け入れなかっただけなの。そして、あたしはその周りに無理に溶け込もうとしなかっただけなの。ただそれだけで転校が四回も! 笑っちゃうわ、本当に」
 アザミの口角は上がっていたが、瑠璃色の瞳は寂しそうだった。
「そういや」
 アザミはお冷やを飲み干すと、
「最近、なんかクラスメイト……だけじゃない。学校中の様子ががおかしいわ」
 と訝しげな顔を作る。
「どういうこと?」
 私は首をかしげる。
「ん……。んとね。いつもあたしが学校どころか街中でクロッキーしているのをしているじゃない」
 うん、しているわね、と頷く。アザミは話を続ける。
「でね、気がついたの。みんな行動が同じになっているって」
「行動が同じ?」
 私はアザミの言葉を繰り返す。
「そう。みんなの行動……というか、動きが、動作が全く同じなのよ。まるでロボットか、レディメイドの服を着た人形よ!」
 アザミはきつい口調で言い放つと、お冷やのグラスに入った氷を口に入れ、がりがりと食べ始めた。
「なんか不気味でさ。真弓がいなかったら、あたし、きっと家出しているわ」
 氷を食べ終わったアザミは、ふうと息を吐いて言った。

「うちの子は、××のおかげで、成績アップしたのよ! 百メートル走でインターハイに行ったし、××様々なのよ」
 斜め前に座っている中年女性三人組の会話が聞こえてきた。思わず私は目線をそっちのほうを見る。何の会話をしているんだろう。
「でもお高いんでしょう?」
 縮れ毛で三人のうち一番太っている女性がからかうように話す。
「ええ、高いわ。高いけど、良い子供に育てるためなら、これぐらいの投資は必要よ」
「そうよねえ……。確かにそうだわ。高い××を買っても、なりたい自分になれるなら、それ以上に何を求めるのかしらね」
 なにかを斡旋している女性の言葉に一番身長が高く短髪の女性が同意する。
「それにね! ××を作っている会社って相対性理論? ざっくりまとめると、時間の研究もしているんですって! 社会貢献もしているって、すごいわよねえ」
 斡旋女はそういうと、ゲラゲラと下品に笑い出した。
「真弓? どうしたの?」
 アザミの声を聞いた私は、
「あ、うん。大丈夫。ちょっとね」
 と挙動不審になる。
「お店出ましょ。なんか居心地が悪いわ」
 気のせいかもしれないけど、アザミの顔は少し青ざめていた。

 再びウィンドウショッピングをしていた私たちは、日がとっぷり落ちてから、バスに乗った。
 バスの中でもたわいない話をしていたら、アザミが突然、
「ねえ、凄くくだらないことを訊いても良い?」
 と真剣な目をした。
 なに、どうしたのよ急に、と私は固まる。
「ん……なりたい自分ってどんなのかしらね?」
「はあ」
 アザミの突拍子もない言葉に、思うような反応が出来ない。
「なりたい自分になれるってどんなのかしらね?」
 アザミは窓の方を見ると、
「理想と現実は違うわ。なりたい自分がいたとしても、なりたい自分にはなれない。なりたい自分になったとしても、次のなりたい自分が出てきちゃうに決まっているわ。キリがなくなってしまう」
 私は返事をしようとしたが、降車するバス停のアナウンスが流れ始めた。慌ててボタンを押す。
 バスは止まり、私たちは下車した。
 時計を見たアザミは、
「ごめん。スーパーで夕飯買ってこなきゃダメだから、ここで」
 私の家の方向と逆方向に走って行ってしまった。
 バスの中でアザミが言わんとしたことを聞きそびれちゃった、でも、月曜日に訊けば良いわね、とそのときは思っていた。
 しかし、月曜日になったら、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
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