4 ジェネレーションXとゲーム

文字数 4,571文字

第4章 ジェネレーションXとゲーム
 90年代前半から、アメリカでもゲーム人気が再燃し始める。これには、CPUなどの性能が向上したことによって、3D技術が導入され、映像的な魅力が増したことが挙げられる。ジェネレーションXが本領を発揮するのはこの3Dの季節からである。中でも、一人称のシューティング・ゲーム(First Person Shooting Game: FPS)とリアルタイムストラテジー・ゲーム(Real-time Strategy Game: RTS)がゲーマーを虜にする。創造型のRTSと破壊型のFPSの流行には世界認識と自分自身のアイデンティティの探求が見られる。言うまでもなく、場合によっては、創造が破壊以上に破壊的であったり、破壊が創造以上に創造的であったりする。ゲームはその難題に手っ取り早い解決を提示してくれる。

 RTSは、リアルタイムに進行する事態に対して、プレーヤーが戦略を立てて対応していくゲームである。その先駆けは1984年にエブリウェア(Evryware)社の「アート・オブ・ウォー(The Ancient Art of War)」である。当初は、RTSの中でも、ゴッドゲーム(God Game)が、かつてゲーム小僧だった大学生の間で、人気を獲得する。ゴッドゲームはプレーヤーが神、すなわち創造主の視点に立ち、世界を構築していくゲームである。「ポピュラス(Populus)」(1989)や「シムシティ(SimCity)」(1989)、「シビライゼーション(Civilization)」(1991)などがその代表である。東西冷戦後、アメリカ資本主義の勝利や歴史の終わりが楽観的に唱えられ、自由な経済活動をもたらすとされるグローバリゼーションが始まる。だが、その甘い見通しはたちまち崩れ、世界的に経済が不安定化する。イデオロギー・ポリティクスが幕を閉じて大団円どころか、アイデンティティ・ポリティクスが第二幕だということが明らかになる。イデオロギーに抑えつけられていた宗教やエスニシティが複雑に絡み合ったナショナリズムが噴出する。こういう世界情勢がこのゲームの人気を押し上げた理由の一因であろう。

 現実世界は複雑化し、因果関係が見えにくくなり、理解することさえおぼつかないけれども、ゲームなら何と世界を支配できる。しかも、実際には、何千年もかかる事象でさえ、ゲーム上では、短縮して見られるし、やり直しだって可能だ。しかし、ゴッドゲームの真の権力者はプレーヤーではなく、しばしば独善的に忘れられがちだが、それを認めたデザイナーである。プレーヤーは規制緩和によって裁量権を委ねられたにすぎない。

 このゲームの画期的な点はAI、すなわち人工知能技術が採用されたことである。ゲームはプログラムではなく、プレーヤーに対応している。ゲームにAIが搭載されるようになった意義は非常に大きい。プレーヤーは、これにより、以前と比べて、ストーリーもつくり出せるなどゲームに対し積極的にかかわれるようになる。

 1994年くらいから、ゴッドゲームだけでなく、他のタイプのRTSも受容されていく。『ロード・オブ・ザ・リング』を思い起こす世界構成の「ウォークラフト(Warcraft)」や先史時代からの文明史の概念を導入した「エイジオブエンパイア(Age of Empires)」などがその代表である。さらに、企業やNGO、研究所が紛争解決や人道支援、最新ニュース、PTSD治療などをシミュレーションするゲームをウェブから配布している。インパクトゲームズ(ImpactGames)は、2007年2月、イスラエル=パレスティナの和平プロセスを扱った「ピースメーカー(PeaceMaker)」をリリースしている。

 RTSとは別に、デザイナーたちはテクノロジーの発達を受けて、リアルでショッキングなコンテンツの一人称のシューティング・ゲームを作成し始める。FPS自身の歴史は古く、1980年にアタリ社から発売された「バトルゾーン(Battlezone)」はそのプロトタイプである。しかし、本格的に一ジャンルとして認知されたのは、1992年にイド・ソフトウェア(Id Software)社による「ウルフェンシュタイン3D(Wolfenstein 3D)」が登場してからである。翌年、同社が「ドゥーム(DOOM)」を発表すると、その人気は決定的となる。しかし、それと同時に、その暴力性が親の世代たちから問題視され始める。1999年のコロンバイン高校乱射事件において、エリック・ハリスとディラン・クレボルドが「DOOM」に熱中していたということが世間に知れ渡ると、銃規制論議以上に、FPSに対する批難が頂点に達する。

 しかし、こうした意見は次第に政府・軍関係者の間からは発せられないようになる。FPSは非常に実用的であり、軍事・警備・運輸などでは不可欠な技術だからである。2002年からアメリカ軍はFPS「アメリカズ・アーミー(America’s Army)」をサイトから無料配布している。軍はゲームの影響力・浸透力を利用し、減少傾向だった新兵のリクルートや軍への理解を目的に、2000万ドルを超える多額の予算をかけてこのソフトを開発している。また、各国で軍事予算の効率化のため、シミュレータを使った訓練が実施されている。家庭用ゲーム機と訓練用シミュレータとの違いは、もはやほとんどない。2000年に発売されたソニーのプレイステーション2は、軍事転用の危険性があるとして輸出規制対象に指定されている。ゲームのシミュレータを利用しているのは、しかし、体制側だけではない。同時多発テロに加わったアルカイダのメンバーも、「マイクロソフト・フライト・シミュレータ(Microsoft Flight Simulator)」で訓練していたことが知られている。

 現在のアメリカでも、パッケージ・ソフトのゲーム市場では、「グランツーリスモ」シリーズや「ポケモン」シリーズなどが上位にランクインしている。しかし、ゲームと文化の観点では、パッケージ・ソフトの販売本数を論拠に議論を展開することは必ずしも本質的ではない。それは、ジェネレーションXが毛嫌いするあまりにも商業主義的な見方である。

 また、FTSやRTSゲームだけがジェネレーションXの間で盛んなわけではない。サミュエルL・ジャクソン等を声優に起用した「グランド・セフト・オート(Grand Theft Auto)」シリーズのような有害ではないかと議論されるクライム・アクション・ゲームに、カー・アクションやスポーツのゲームなども人気を博している。

 アメリカでのゲームの再燃期は、インターネットが徐々に一般化していった時期にあたる。それに伴い、ゲーム機用のゲームだけではなく、オンライン・ゲームも浸透し始める。単独のプレーヤーだけでなく、多人数同時参加型オンライン・ゲームのMMO(Massively Multiplayer Online Game)も現われ、ゲーマーのハートを鷲づかみにする。自宅にいながら、世界の誰かとゲームを通じてリアルタイムでコミュニケーションができる。「ウルティマオンライン(Ultima Online)」や「エバークエスト(Ever Quest)」、「ワールドオブウォークラフト(World of Warcraft)」などがヒットしている。ゲーマーはネットを介してそれぞれのゲームのコミュニティを形成し、情報交換をしたり、オンライン対戦を行ったりするようになる。MMOのコンテストも開かれ、賞金を稼ぐプロも出現している。

 こうしたゲームは共有されて意義がある。ゲームもさることながら、ゲーマーたちは社交の場とも言うべきコミュニティづくりを競い始める。ピックアップ・グループやギルド・グループなどさまざまなタイプのコミュニティが組織されている。それは共時的・通時的に共有された知識・技能、すなわちリテラシーのコミュニケートする場である。ゲーマーはゲームだけでなく、世界とも相互作用していく。

 そのうちに、別の人生をオンラインですごすことができるMMOが登場する。プレーヤーがログインしていなくても、そのヴァーチャル・ワールドは変化し続けている。その代表が2003年からリンデン・ラボ(Linden Lab)社が提供している「セカンドライフ(Second Life)」であろう。電子データを3D化した空間にインターネットからログインすると、ユーザー自身がその世界を改変できる。まず、自分の分身である「アバター(Avatar)」を選ぶ。これは人間であっても、他の生物であってもかまわない。ユーザーはそのアバターとしてその世界で生活することができる。ショッピング・モールを歩いたり、和装小物の店に入って店員と話を交わしたり、気に入った匂い袋を買うこともできる。その際、仮想通貨が使われ、それは現実通貨と換金できる。しかも、この空間内では、現実世界同様、著作権が認められている。ジェームズ・ワーグナー・アウ(James Wagner Au)は一般のブログ”Second Life: New World Notes(http://nwn.blogs.com/)”でセカンドライフでの出来事を報告しているし、ジュリアン・ディッベル(Julian Dibbell)に至っては、セカンドライフ内で、仮想経済本を刊行している。他にも、スウェーデンのマインドアーク(MindArk)社が開発した「エントロピア・ユニバース(Entropia Universe)」などもあり、こうしたMMORPGを通じて管理の収入を手にしているものも少なくない。ただ、こういった傾向には商業主義に厳しいジェネレーションXの眼は冷ややかである。

 このような流れに加えて、MODもゲーマーの間で定番化する。AI技術によって能動性に目覚めたゲーマーは、既存のゲームを楽しみながらも、自分なりにカスタマイズできないだろうかと考え始める。まずはハッカーのような実力の持ち主が実際に試みるようになり、その方法や拡張パックをコミュニティなどで公開する。これは「MOD(Modification)」と呼ばれ、ジェネレーションXにとってゲームのカスタマイズは常識化する。当初は非公式だったが、メーカーによってはそれを前提として、基本構造だけを提供している場合もある。MODのコンテストも、開催されている。プレーヤーに裁量権を与えたことで、創造性を発揮できる。ゲーマーはプレーヤーだけでなく、今やクリエーターでもある。

 1960年代、ポンティアックGTOを手にした若者は、ただそれを乗り回すだけでなく、自分らしくカスタマイズしている。タイヤからスモークを出してその愛車を飛ばして、車好きの連中に見せびらかしたり、他のマッスルカーを見つけては、ちょっとしたレースを挑んだりしている。メーカーも、ユーザーがカスタマイズするのを前提に、自動車を生産・販売している。MMOとMODによって、ゲームも、かつてのマッスルカー同様、完全に若者の表現文化に定着する。

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