第十三話 六道輪廻

文字数 1,410文字


 十年前――

 大地は切り株の上に伏せられた椀に手を伸ばし、あけてみた。

「ッ!」

 そこに五の目はなかった。表を向いているのは“人”という文字である。
 大地はそのサイコロを手にとり、ためつすがめつ眺めた。
 よく見ればサイコロに漢数字はなく、地、餓、畜、修、人、天の六つの文字が刻まれていた。

「それはただのサイコロではない。ひとの六道輪廻(りくどうりんね)を占うサイコロよ」

 天狗の師匠がはじめて柔和な顔を見せた。

「六道輪廻?」

 そういわれても大地にはなんのことかわからない。

「六道とは、地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天上界のこと。
 ひとは何度も転生を繰り返し、この六つを経巡ったのち、輪廻の輪から解脱(げだつ)し浄土にいけるといわれておる。
 いま、おまえは“人”の目をだした。つまりは人間界、輪廻でいうところの五番目の境地にいるということだ」

「なにがなんだか、おら、ちっともわがんねだ」

 大地は捨て子である。寺の門前に捨てられて、順庵という和尚に育てられたが仏法を教わったことは一度もなかった。
 それよりも棒きれを振り回し、ガキ大将として暴れまわることの方が面白かった。
 若槻一馬(わかつき・かずま)にこてんぱんに打ちのめされるまで、大地はケンカに負けたことはなく、(さと)でも有名な腕白ぼうずだったのだ。

「いいか、よく聞くがよい。人間界におるものだけが、この世界、この宇宙の真理を知ることができる」

「師匠はいま、どこにいるだ?」

「わしは修羅界よ。おまえの一個下におる。だから、こうやって修行しておるのさ」

 そう言って天狗の師匠は快活に笑った。思わず引き込まれそうな気持ちのいい笑い声であった。



「大地さん、大地さんてば!」

 辰蔵の呼びかけに大地は現実に引き戻された。
 気がつくと隣に座っていた暮葉は姿を消し、剣武台では第一試合がはじまっている。
 第一試合の松浪剣之介(まつなみ・けんのすけ)平井堅太郎(ひらい・けんたろう)の闘いは、松浪が鮮やかな小手返しを決め勝利をものにした。下馬評通りの順当な勝ちあがりといえる。

「さすが第一席だ。危なげねえ試合運びをなさる」

 辰蔵が腕組みをして唸った。次は第二席の諏訪大三郎(すわ・だいざぶろう)と昨日の勝利で第五席に昇格した太牙虎之介(たいが・とらのすけ)の対戦である。
 大地は本日の大トリとなる第四試合なのでまだ出番はなく、このまま観戦することにした。

「待ってました、諏訪大明神!」

「浪速のあんちゃんも頑張れ!」

 諏訪と太牙の登場に観客が沸いた。下馬評では諏訪の勝ちは揺るがないものの、太牙はまさしく穴馬(ダークホース)として期待されていた。
 太牙に張ればその分配当は多く、少額で大金を手にできる。判官贔屓(はんがんびいき)も手伝ってか彼を応援する声はますます高鳴ってゆく。

「けっこうな人気ですね。虎の旦那」

 辰蔵の姿勢が前のめりとなった。
 白のタスキをかけた右手の太牙と赤のタスキをかけた左手の諏訪が無言でにらみあう。
 太牙が手にしているのはすっかり有名(トレードマーク)となった三尺三寸(約1メートル)の虎縞の木刀だ。

「一本勝負、はじめッ!」

 行司が試合開始を告げた。
 波乱の第二試合の幕開けである。


   第十四話につづく

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