第二十一話 柔

文字数 964文字


 暮葉の操る妖しの糸に五体を縛りあげられた大地は、フッと息を吐き、体の力を抜いてみた。
 わずかだが、糸の締めつけが緩む。
 大地は両足を床板につけると膝をたわめ、暮葉に向かって走った。
 床板を瞬時に滑るような動き――一丸初が遣った真桜流の運足「浮草(うきぐさ)」だ。



「あやつ、浮草を(つか)いおった!」

 諏訪が驚愕に目を見開く。一度見ただけで業をおのれのものにできるとは風巻大地もまた、一丸のような天才児ということか?!



 (ドン)

 大地が体ごと暮葉にぶつかり、つばぜり合いを挑む。
 いや、それはつばぜり合いではなかった。
 木刀の柄を暮葉の柄にからめ、巫女衣装の袖をつかむ。
 ――刹那、暮葉の体が宙高く舞い跳んだ。

「おおーっ!!」

 観客がいっせいにどよめく。
 大地は身動きを封じた暮葉を跳ね腰で投げ飛ばしたのである。
 曇天の空を暮葉の体が鮮やかに舞う。
 だが、暮葉は宙で猫のように一回転すると、足音もたてず台上に降り立った。
 そのしなやかな身のこなしに歓声が一際高鳴る。



「どっちもバケモノだなあ」

 一丸(いちまる)がため息混じりにいう。

「おまえもその仲間じゃ、安心せい」

 諏訪が冗談ともつかぬ口調で一丸の肩をたたく。

「ぼくも明日から稽古に本腰を入れるよ」

 一丸がそういうと、それまで黙っていた松浪が口を開いた。

「今日からにしろ」



「まさか、(やわら)の業まで遣いこなせるとは思っておりませんでした」

 台上で暮葉が大地に向かっていった。

「…………」

 大地は無言を貫く。つられて余計なおしゃべりをすれば、相手の調子(ペース)に乗せられてしまう。暮葉はそれほど油断のならぬ剣士だ。

 ふわっ。

 生暖かい風が吹いてきた。
 これなら床板を震動させなくとも、抜きつけの一閃だけで旋風を起こすことができる。
 曇天の空を稲光が切り裂き、ポツポツと大粒の雨が降ってくる。
 もう大地の身には五体を縛る糸はからみついていない。

「決着をつけましょう」

 暮葉が朱唇に笑みを浮かべると居合い腰に沈んだ。

「ッ!」

 大地と同じ構えを暮葉はとった。
 暮葉もまた、風の業を遣えるというのか?!


   第二十二話につづく

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み