Scene6

文字数 598文字

 今夜も彼女は来なかった。
 かれこれひと月ほど、彼女は店に姿を現していない。
 仕事が忙しくなったのか、もう喫茶店通いは飽きたのか、もしかしたら彼女に相応しい男性が現れたのかもしれない。
 僕は少しだけ気落ちしていた。
 あの華やかな人が来なくなった事が、僕の日常から花を抜き取った。
 いや違う。元の平凡な生活に戻っただけだ。

 閉店後、店に客がやって来たようだ。店長が断わりを入れている声が聞こえる。
 僕はちょうどキッチンの奥で、後片付けの真っ最中だった。
 店長が僕に声をかける。
「後は俺がやっておくから、上がっていいよ」
 まだ片付けが終わっていないのに……。
 今夜は僕を早く追い出したいのか?
 色んな事を考えながら店の外に出ると、彼女が立っていた。
「やっぱり……、どうしても貴方と話がしたくて……」
 やや思いつめた表情の彼女を目の前にして、僕はこの状況がよく理解できなかった。
 話がしたい? 僕と?

 おかしな状況になった。
 僕と彼女は、深夜まで営業しているコーヒーショップで、向かい合って座っていた。
 話がしたいと言った彼女は、席に着いたとたん俯いたままだ。相変わらず思いつめた表情をしている。
「あの、話って?」
 僕は痺れを切らして話かけた。
 すると彼女は何かを決心したように顔を上げると、僕をじっと見つめた。
 そしてその赤い唇から、ありえない言葉が飛び出した。
「私、貴方とお付き合いがしたいんです」
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