Scene8

文字数 724文字

 僕は、生まれて此の方『綺麗』という言葉とは縁がなかった。
 もちろん、自分の手が綺麗だと思ったことはない。だから、いまさら綺麗な手だと言われてもピンとこない。
 だいたい世の中の女性たちにとって、男性の顔がイケてることが付き合う第一条件だろう。
 この時点でイケメンから外れている僕は、女性たちからは相手にされない。
 ところが、彼女にとって選ぶ基準は『顔』ではなく『手』であるらしい。そのため僕は、彼女から見たらイケメン並の人物のようだ。
 ただ、いくら好みの手だからといって、付き合う理由になりうるのか?
 聞いたことがない。
「いくら僕の手が好みでも、僕があなたと相性がよいか分かりませんよ?」
「それは付き合ってみなければ分かりません。例えば顔が好みだったとしても、同じことが言えます」
 まぁ、それはそうだ。
 彼女は美人で付き合うには申し分がない。でも、僕と相性がよいかは付き合ってみなければ分からない。

 美人と付き合う。僕にとってはハードルの高い挑戦だ。
 美しい彼女と腕を組んで街の中を歩くのは、冴えないこの僕。
 美しい瞳の彼女とテーブルをはさんで見つめ合うのは、パッとしないこの僕。
 自分の中ではありえない光景を、いつも自分で否定してしまうのではないか?
 萎縮していく自分を、常に彼女の前に晒していくことになるのではないか?
 僕は自分に自信がない。躊躇う理由はそこにある。
 光のあたる場所に居る人たちを、いつも横目で見ていた。そして、自分の居る場所とは違うのだと納得してきた。それらが互いに交わることなど絶対にないのだと言い聞かせながら、自分の居場所を確保してきた。
 長年の思いを変えられるだろうか。じっと心の中で考えてみる。
 そして、僕は決心した。
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