徘徊者
文字数 1,276文字
一部木造の旧校舎は、倒壊の恐れから立ち入り禁止とされている。中でも保健室のあった場所は損傷が激しく、板が腐って剥がれ、雨風と一緒に泥などが入り込んでいた。その旧校舎で今、勇者ケレン・アルヴァロークは孤独な死闘を繰り広げていた。
「ケルベロスめ。やっと追い詰めたぞ!」
ケルベロスは動きが素早く、攻撃力も高い。だが、足場の悪い床では力が半減される。この好機を逃すまいとケレンは剣を構えた。
連続攻撃でダメージを与えてはいるが、決定打に欠けていた。ケレンも相当体力が消耗しており、このままでは持久戦で負けてしまう。
「こうなったら、アレを使うしかない。とっておきの、あの魔法を」
最強魔法の一つ、メガフレアを放とうとしたが、思うように発動させることができなかった。ケレンの魔法力はまだ回復していなかったのだ。ここはケレンのいた世界と違い、精霊の数が圧倒的に少ない。精霊の助けがなければ、魔法力の回復にはかなりの時間を必要とする。
「ちぃ! 持久戦には自信が無いが、仕方あるまい。風の剣術で斬り刻んでやる」
風の剣術、それはケレンの切り札でもあった。風の流れに乗せて剣を振るいつつ、保健室の中をひたすら時計回りに走り続ける。一定の動作に敵の目が慣れ始めた頃を見計らって、軽快にジャンプ! 突然の動きに驚いたケルベロスは体勢を崩し、泥に足をすべらせた。その一瞬の隙をついて、ケレンは残る力の全てを使って斬りかかる。
「これで終わりだ!」
ケルベロスの首をまとめて斬り落とした。戦い続けること十五分。慣れない世界で、ケレンは強敵ケルベロスに勝利した。
休む間もなく、ケレンは次のケルベロスを探して歩き出す。全てのケルベロスを殲滅するまで、ケレンに休息などないのだ。
タケルと雪見が襲われた事件の後から、生徒会の見回りは強化され、生徒たちの間にもピリピリした空気が流れていた。さすがに学校側もこれを無視するのが難しくなり、形だけでも安全強化の姿勢を見せていく必要に迫られていた。こうして始まったのが、近隣住民のボランティアによる安全パトロールだった。
ある日、安全パトロールに参加している主婦の一人が、校舎内をうろうろしているケレンを見て不思議に思った。何故なら、ケレンの肩には学校支給の安全バッチが付いていなかったからである。だが、そんなのは当たり前だ。ケレンは正規のボランティアではない。異世界から来た勇者なのだから。
「あなた、バッチはどうしたの? パトロール中は絶対に外しちゃダメって言われてるでしょ。無くしちゃったのなら、今日だけはこのバッチを使いなさいな。近藤さんが急に来れなくなったから、一個だけ余ってるのよ」
主婦はケレンの肩に余っていた安全バッチをつけてやった。これでケレンは誰にも怪しまれることなく堂々と徘徊できるようになった。
四十代以上のメンバーしかいない安全パトロールチームは、若いケレンを可愛がるようになり、夕飯にも誘うようになった。ケレンは食べ物の心配が無くなったのだ。
異世界から来た勇者は、こうして少しずつ、地域に馴染んでいくのであった。
「ケルベロスめ。やっと追い詰めたぞ!」
ケルベロスは動きが素早く、攻撃力も高い。だが、足場の悪い床では力が半減される。この好機を逃すまいとケレンは剣を構えた。
連続攻撃でダメージを与えてはいるが、決定打に欠けていた。ケレンも相当体力が消耗しており、このままでは持久戦で負けてしまう。
「こうなったら、アレを使うしかない。とっておきの、あの魔法を」
最強魔法の一つ、メガフレアを放とうとしたが、思うように発動させることができなかった。ケレンの魔法力はまだ回復していなかったのだ。ここはケレンのいた世界と違い、精霊の数が圧倒的に少ない。精霊の助けがなければ、魔法力の回復にはかなりの時間を必要とする。
「ちぃ! 持久戦には自信が無いが、仕方あるまい。風の剣術で斬り刻んでやる」
風の剣術、それはケレンの切り札でもあった。風の流れに乗せて剣を振るいつつ、保健室の中をひたすら時計回りに走り続ける。一定の動作に敵の目が慣れ始めた頃を見計らって、軽快にジャンプ! 突然の動きに驚いたケルベロスは体勢を崩し、泥に足をすべらせた。その一瞬の隙をついて、ケレンは残る力の全てを使って斬りかかる。
「これで終わりだ!」
ケルベロスの首をまとめて斬り落とした。戦い続けること十五分。慣れない世界で、ケレンは強敵ケルベロスに勝利した。
休む間もなく、ケレンは次のケルベロスを探して歩き出す。全てのケルベロスを殲滅するまで、ケレンに休息などないのだ。
タケルと雪見が襲われた事件の後から、生徒会の見回りは強化され、生徒たちの間にもピリピリした空気が流れていた。さすがに学校側もこれを無視するのが難しくなり、形だけでも安全強化の姿勢を見せていく必要に迫られていた。こうして始まったのが、近隣住民のボランティアによる安全パトロールだった。
ある日、安全パトロールに参加している主婦の一人が、校舎内をうろうろしているケレンを見て不思議に思った。何故なら、ケレンの肩には学校支給の安全バッチが付いていなかったからである。だが、そんなのは当たり前だ。ケレンは正規のボランティアではない。異世界から来た勇者なのだから。
「あなた、バッチはどうしたの? パトロール中は絶対に外しちゃダメって言われてるでしょ。無くしちゃったのなら、今日だけはこのバッチを使いなさいな。近藤さんが急に来れなくなったから、一個だけ余ってるのよ」
主婦はケレンの肩に余っていた安全バッチをつけてやった。これでケレンは誰にも怪しまれることなく堂々と徘徊できるようになった。
四十代以上のメンバーしかいない安全パトロールチームは、若いケレンを可愛がるようになり、夕飯にも誘うようになった。ケレンは食べ物の心配が無くなったのだ。
異世界から来た勇者は、こうして少しずつ、地域に馴染んでいくのであった。