襲撃

文字数 1,016文字

「小須藤くん。ちょっと待って」

 女子トイレの前、雪見は何かの気配を感じて足を止めた。このまま通り過ぎるという選択肢もあったが、雪見にはどうしてもそれができなかった。

「トイレの中に誰かいる」

「こんな時間に? まさか。もう僕たちだけしか残っていないはずだよ。それに、普通誰かが入っているなら電気ついてるでしょ。真っ暗なんだから、誰も入ってないよ」

「だけど、感じるの。私、ちょっと見てくる」

 タケルが止める間もなく、雪見は女子トイレの中に入って行った。仕方なくタケルも後に続く。

「笠原さん、待って」

「あそこ。一番奥の個室……。鏡越しに、見てみて」

 人成らざる影が、鏡に映っていた。

「うわ……。何でこんなところにケルベロスがいるんだよ」

「これは聞いた話だけど、ケルベロスって水場を好むらしいの。明日登校してくる人たちのためにも、このまま放っておいちゃダメだよね。私たちで何とかしなきゃ」

「僕たちだけじゃ無理だって! そうだ、助けを呼ぼう。警察は……言っても信じちゃくれないか。くそ、どこに電話すりゃ良いんだ?」

 二人の話し声に、ケルベロスがピクリと反応する。個室から大きな身体を乗り出し、目をギラリと光らせた。

「なんてこった……。最悪な展開だ」

 鏡を通じてケルベロスとタケルの目が合った。次の瞬間、ケルベロスは勢いよく走り出す。しかし、タケルたちに向かってではなく、鏡の方へと突っ込んでいった。三つの頭と鋭い爪が鏡に衝突すると、ケルベロスは鈍い悲鳴を上げた。首が変な方向に曲がり、鏡の破片がいくつも身体に刺さっている。もがき苦しむその姿に、逃げるなら今しかないとタケルは思った。

「行こう!」

 雪見の手を握り、廊下に飛び出し走り出す。しばらくして後ろを見てみると、ケルベロスが追ってきていないことが分かった。二人はヨロヨロと壁にもたれ、呼吸を整える。

「笠原さん、怪我はない?」

「トイレから出るとき、膝をぶつけて擦りむいたけど、これくらいなら大丈夫」

「大丈夫なもんか! 血が出てるじゃないか」

 タケルは雪見の膝にハンカチを当ててやった。

「僕が無理やり掴んで引っ張ったのがいけなかったんだ。ごめん」

「小須藤くんは全然悪くないよ。謝らなきゃいけないのは私の方。迂闊だった……。ごめんなさい」

「それよりさ、今は職員室に急ごう。あそこには救急箱があったはずだよ。それと、話しても信じてもらえるか分からないけど、先生たちにもケルベロスのことを伝えなきゃ」
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