再開
文字数 1,858文字
タケルと雪見は一階まで降りてきた。あとは中庭の通路を渡っていけば、職員室のある別棟へ辿り着ける。
一階は四階と違い、照明がついたままだ。照明は二人の不安を和げるのに十分だった。庭の通路を渡っている間、二人は気を緩めて会話を楽しんでいた。
「ボランティアの見回り隊のこと、知ってる?」
「うん。知ってるよ。近隣住民の人たちがやってくれてるんでしょ。高齢者が多いって聞いてるけど」
「そうなんだよ。ちょっとさ、心配だよね。ケルベロスに遭遇したときの対処法とか、ちゃんと考えてるのかなぁ」
「どうだろうね……。そもそも、教師が見回りに参加してない時点でどうかしてる。私たちの証言を全く信じてないんだよ」
ケルベロスを見た大人は、まだ一人もいない。それはボランティアチームも同じだ。たった一人を除いては──
「そういえば、剛田くんって三匹くらい討伐してるんでしょ? しかも素手で。凄いよね」
「今じゃすっかりヒーロー気取りだよ。最近では他の柔道部員も参加してるらしいね。討伐に成功した部員の一人がケルベロスをスマホで撮影したらしいんだけど、画面には黒い霧が見えているだけで、地獄の番犬の姿はどこにも映ってなかったらしいんだ」
スマホだけではない。ケルベロスの姿は防犯カメラにも映っていないのだ。学校側が対策に本腰を入れなかったり、警察が動かないのも、こういった理由が根底にある。
「だけど、神山先生だけはケルベロスの存在を知ってるみたいだった」
「神山? あの人はダメさ。教師の中でも孤立してるし、評判も最悪だよ。どうせケルベロスの話をして僕たちを怖がらせたいか、構って欲しいかのどちらかさ」
「そう……なのかな」
「そうだよ」
通路の半分を過ぎようとしていたその時、背後から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。タケルが咄嗟に振り向くと、そこには見覚えのある男が立っていた。
「また会えるとは奇遇だな、少年!」
「あなたはいつかのコスプレ男じゃないですか! 部外者が学校の中にまで入ってきちゃダメでしょ。捕まりますよ!」
「ははは。冗談キツイな。だが、少年が元気そうで何よりだ」
勇者ケレン・アルヴァローク。彼は新校舎でケルベロスの討伐に励んでいた。たった今、四階女子トイレのケルベロスを討伐してきたところなのである。
「ふふっ。このエンブレムを見てくれ。俺は今、新しいパーティーを組んで戦っている」
ケレンの肩には見回りボランティアの人たちに配布される安全バッジがついていた。
「まさか、あなたが見回りボランティア隊に入っていたなんて……」
「小須藤くん。この人とは知り合いなの?」
雪見が不安そうに問いかけた。
「違うよ。この人から一方的に絡んできただけで、知り合いとかじゃないし。笠原さんも一度会ってるはずだよ。正門にケルベロスが現れたとき一緒にいたんだけど覚えてない?」
「あの時はケルベロスしか見てなかったから……。周りの人の顔までは覚えてないなぁ」
「なるほど。少女よ、気にやむことはないぞ。そんなことより今は再開の喜びを分かち合おうではないか」
ケレンは雪見に握手を求めてきた。
「俺はケレン・アルヴァローク。ラグラーク国の勇者だ。今は見知らぬこの地でご老人たちとパーティーを組み、ケルベロス殲滅に向けて行動している。よろしくな」
「ケレンさんは勇者……なんですね」
雪見は警戒しながらケレンと握手した。
「私は小須藤くんと同じクラスの笠原雪見です。一つ聞いても良いですか? その鎧と剣はケレンさんの手作りなんでしょうか」
精巧に作られた鎧は誰の目から見ても凄さが分かる。実はタケルも鎧の作者のことが気になっていた。あわよくばその人物を紹介して欲しいとさえ思っている。
「これはラグラークの鍛冶屋が作ったものさ。だが、あの頑固オヤジも魔王軍の襲撃で帰らぬ人に……」
「魔王軍の襲撃が? 辛いことを思い出させてしまって、ごめんなさい……」
「笠原さん、魔王軍なんているはずないだろ。全部この人の妄想だよ」
タケルはこっそり耳打ちした。
「確かに信じ難い話ではあるけれど、ケルベロスのこともあるし、もしかしたら……」
「ないない。この人さ、勇者にしては体格が貧相なんだよ。二の腕だってぷよぷよじゃん」
タケルはケレンの二の腕をつまんでみた。これが思った以上に柔らかい。
「やっぱりだ。こんな勇者がいてたまるかよ」
「それより雪見よ。怪我をしているではないか。どれ、ちょっと俺に見せてみろ」
ケレンはしゃがんで雪見の脚を掴み、もう片方の手でスカートを思いっきりめくり上げた。
一階は四階と違い、照明がついたままだ。照明は二人の不安を和げるのに十分だった。庭の通路を渡っている間、二人は気を緩めて会話を楽しんでいた。
「ボランティアの見回り隊のこと、知ってる?」
「うん。知ってるよ。近隣住民の人たちがやってくれてるんでしょ。高齢者が多いって聞いてるけど」
「そうなんだよ。ちょっとさ、心配だよね。ケルベロスに遭遇したときの対処法とか、ちゃんと考えてるのかなぁ」
「どうだろうね……。そもそも、教師が見回りに参加してない時点でどうかしてる。私たちの証言を全く信じてないんだよ」
ケルベロスを見た大人は、まだ一人もいない。それはボランティアチームも同じだ。たった一人を除いては──
「そういえば、剛田くんって三匹くらい討伐してるんでしょ? しかも素手で。凄いよね」
「今じゃすっかりヒーロー気取りだよ。最近では他の柔道部員も参加してるらしいね。討伐に成功した部員の一人がケルベロスをスマホで撮影したらしいんだけど、画面には黒い霧が見えているだけで、地獄の番犬の姿はどこにも映ってなかったらしいんだ」
スマホだけではない。ケルベロスの姿は防犯カメラにも映っていないのだ。学校側が対策に本腰を入れなかったり、警察が動かないのも、こういった理由が根底にある。
「だけど、神山先生だけはケルベロスの存在を知ってるみたいだった」
「神山? あの人はダメさ。教師の中でも孤立してるし、評判も最悪だよ。どうせケルベロスの話をして僕たちを怖がらせたいか、構って欲しいかのどちらかさ」
「そう……なのかな」
「そうだよ」
通路の半分を過ぎようとしていたその時、背後から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。タケルが咄嗟に振り向くと、そこには見覚えのある男が立っていた。
「また会えるとは奇遇だな、少年!」
「あなたはいつかのコスプレ男じゃないですか! 部外者が学校の中にまで入ってきちゃダメでしょ。捕まりますよ!」
「ははは。冗談キツイな。だが、少年が元気そうで何よりだ」
勇者ケレン・アルヴァローク。彼は新校舎でケルベロスの討伐に励んでいた。たった今、四階女子トイレのケルベロスを討伐してきたところなのである。
「ふふっ。このエンブレムを見てくれ。俺は今、新しいパーティーを組んで戦っている」
ケレンの肩には見回りボランティアの人たちに配布される安全バッジがついていた。
「まさか、あなたが見回りボランティア隊に入っていたなんて……」
「小須藤くん。この人とは知り合いなの?」
雪見が不安そうに問いかけた。
「違うよ。この人から一方的に絡んできただけで、知り合いとかじゃないし。笠原さんも一度会ってるはずだよ。正門にケルベロスが現れたとき一緒にいたんだけど覚えてない?」
「あの時はケルベロスしか見てなかったから……。周りの人の顔までは覚えてないなぁ」
「なるほど。少女よ、気にやむことはないぞ。そんなことより今は再開の喜びを分かち合おうではないか」
ケレンは雪見に握手を求めてきた。
「俺はケレン・アルヴァローク。ラグラーク国の勇者だ。今は見知らぬこの地でご老人たちとパーティーを組み、ケルベロス殲滅に向けて行動している。よろしくな」
「ケレンさんは勇者……なんですね」
雪見は警戒しながらケレンと握手した。
「私は小須藤くんと同じクラスの笠原雪見です。一つ聞いても良いですか? その鎧と剣はケレンさんの手作りなんでしょうか」
精巧に作られた鎧は誰の目から見ても凄さが分かる。実はタケルも鎧の作者のことが気になっていた。あわよくばその人物を紹介して欲しいとさえ思っている。
「これはラグラークの鍛冶屋が作ったものさ。だが、あの頑固オヤジも魔王軍の襲撃で帰らぬ人に……」
「魔王軍の襲撃が? 辛いことを思い出させてしまって、ごめんなさい……」
「笠原さん、魔王軍なんているはずないだろ。全部この人の妄想だよ」
タケルはこっそり耳打ちした。
「確かに信じ難い話ではあるけれど、ケルベロスのこともあるし、もしかしたら……」
「ないない。この人さ、勇者にしては体格が貧相なんだよ。二の腕だってぷよぷよじゃん」
タケルはケレンの二の腕をつまんでみた。これが思った以上に柔らかい。
「やっぱりだ。こんな勇者がいてたまるかよ」
「それより雪見よ。怪我をしているではないか。どれ、ちょっと俺に見せてみろ」
ケレンはしゃがんで雪見の脚を掴み、もう片方の手でスカートを思いっきりめくり上げた。