四 巨女

文字数 612文字

「つまんねー。」
アパートの庭のテニスコートの残骸で、ポンポンと朽ちたボールを遊ばせていた。今、誰か来たら面白いのにな、と思っても誰も来ない。
あれから暫く誰も来なかった。夏休み間近だというのに街は遠目に見ても活気がなく、閑古鳥の鳴く商店街はコピー・アンド・ペーストしたようにシャッターが下りている。
1時間ごとに聞こえるチャイムも学生のざわめきも、もう飽きた。遠くに船が行き交う港も、水平線に沸き上がる入道雲も、すべて霞がかったように見える。
「あいつ、引き籠って楽しいのかな。」
あの日以来、弱い青年霊を気紛れで叩き潰していたら、クローゼットに引き籠るようになった。どうせ開けるから無駄なのに。どんなに虐げられても、彼は出ていかなかった。
「名前くらい思い出したら?」
そう言うと、彼は、静かに思い出させて欲しいと、俯いて泣きながらクローゼットに入っていった。大人の涙ほど気まずいものはない。
「あんな弱いくせに大人になれたんだね。」
ポーン、とボールは敷地を超えて転がっていった。
「あーあ。」
何となくボールの転げた方に向かう。大人の背丈近くまで雑草が強く伸びていた。もう埋まっていそうだ。
ぬるり
合間から、雑草の二倍くらいの胴体が伸びた。
「は?」
白いドレスに、長く黒い髪が揺らめく。見上げた先の顔面には、能面のような白い顔が見ていた。
能面は動かず、口だけが裂けるように、にぃ、と開いた。
「うわ。」
気持ち悪い。そう思った瞬間、天地が返った。
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