三 喪失した願い

文字数 766文字

「じゃあさ、まず、君はどこから来たの?」
礼儀正しく座っている青年が面白くなりながら聞いた。
「僕はここで雑魚ばっかり相手にしてきたけど、君ほど弱いのに、何でここに来たのかなって。」
「前のところ、追い出されたにしてもさ、ここに来ちゃうの、運がないなって。」
立ち上がって部屋をうろうろしながら話した。
戯れに食器棚の皿を数枚飛ばして空中で割った。
背中を向けても、攻撃一つ寄越さない。
僕が止まると、生徒の帰宅した学校に微かに残る喧騒と、港の波音のざわめきだけが残った。気が遠くなるような静寂。
「俺、」
消え入りそうな声は、静寂に馴染むように響く。
「俺は、最初、山奥の静かな診療所に居た。」
ふうん。
僕はガラス片の上に腰を下ろした。
「そこには、俺が来る前から、お爺さんがいた。そこは肝試しが多くて、俺は、現れる人間を追い払うように言いつけられた。」
「君、ずっと誰かの尻に敷かれてるんだね。」
「そう。俺、生きてる時からそうだったんだと思う。」
そうは思えないな。僕の目に映る彼は、色の褪せた金髪に、ピアスの沢山空いた治安の悪い男だった。
「でも、上手くできなくて、毎日怒られて泣いてた。そうしたら、どっか行けって。」
「お前が、未練のある人を念じろって言われて、そうしたらここに来た。」
「ふうん。それって恋人?家族?大事な人?憎い人?」
「俺、思い出せないんだ。だけど、ここに居ればいつか思い出すかもって。」
「思い出すより先に僕に消されそうだね。」
僕は彼に歩み寄ると、思いっきり蹴飛ばした。
ギャイ
耳に汚い音を出して彼の輪郭はまたぼやけた。
「もし、俺が消えても。」
「あ?」
「俺が消えても、お前は残るから。」
「はあ?」
「だから、その時は、頼む。」
「何を。」
吐息のような声で彼は唸った。
「君、次誰か来たらその声出してみ?怖いから。」
僕は飽きてシュルリと部屋を出た。
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