文字数 8,045文字

 ウェルテ国王都ゲートスケルはシャフツベリとは趣が違い、典型的な古都じみた街並をしていた。古びた佇まいはそれらしく作られたものというわけではなく、建国前から存在していた古都を再利用した結果だという。
 古い時代の都市は円形に作られることが多いが、ゲートスケルもそれに倣って歪な形に円を描いている。同じく古都には拡張の跡も見られることがままあるが、この街には見られなかった。初めから大規模に作られたのか、もしくは巧く痕跡を残さずに拡張されていったのだろう。
 砦の近くに附随しているような位置に存在していることが大きな特徴といえるが、こうした形は珍しい。歴史自体は砦の方が古く、どうやら時代が下って、砦に暮らしていた者たちの子孫が都市を形成していったようだ。
 名残りとして残された市壁外にある湖畔の砦は観光名所として有名で、現在は初代女王の墓標でもある。一般人が詣でることは出来ないが、すぐ側の砦が眺められる場所に献花台があって、ヒトビトはそこから真摯に祈っているのだ。
 この国では、英雄王と彼女が率いた盟友たちを敬愛しているヒトビトが多い。
 但し、それは寝間で聞くお伽噺のようなもので、庶民が魔素生物たちを完全に受け入れているかと言えば、必ずしもそうではないようだ。それは、シャフツベリの騒動を顧みてもよくわかる。ウェルテに於いても、魔素生物は最早遠い存在なのだ。
 身近に、わかりやすく存在していないという点では、仕方がないとも言える。彼らは爵位を頂いた雲の上の存在となっているし、シャフツベリ氏族(クラン)のような例でも、さり気なくヒトビトの中に混じってしまっているのだ。実感なぞ湧くはずもない。
 グレシャムから蒸気機関車に乗り込み、サリスベリーへ移動したマルガレーテたちは、そんな街並を車窓に眺め、古都の外れに建設された趣のある駅舎へ下り立ったのだった。
 賑わう街を突っ切り程度の良い宿へ落ちついたマルガレーテは、甲斐甲斐しく世話を焼く血子(ゲフォルゲ)の淹れた紅茶を楽しみながら、翌日の予定を組み立てている。
「国立図書館は、一般に解放されているのですね」
「そう聞いております。シャフツベリの恩恵で、印刷技術が高いようですね。書店も多いそうですよ」
 それは楽しみです、と無邪気に笑うマルガレーテに、第十三子カタリネ・バルバラ・トレンメルは、微笑ましそうに目を細めた。この旅に出てから、マルガレーテはくるくると表情を変えるのだ。それを、素直に嬉しいと思っているらしい。
「やはり、閉じ籠ってばかりもいけませんね。たまには、こうして見聞も広げなければ」
「それはようございます。先々の計画を立てて、仕事を調整致しましょう」
 次は別の者を連れていってやってくださいませ、とカタリネは微笑む。世界図書館(ゲシヒテ)の留守を預かっている者たちは、皆マルガレーテを敬愛している。旅の供が出来るなら、各々張り切って仕事に取り組むことだろう。
 今度の遠征は、末血子を得て以来、久し振りの外出である。基本的に彼女は世界図書館から出ることはないし、遠出する時は血子を得る時ばかりだった。初めての例外が今回だったが、これからは例外がもっと増えそうである。これも、黒竜の若殿が蒐集した叡智に触れた所為だろう。
 彼の集める物と、世界図書館に集まるそれは、性質がまるで違うのだ。
「オルディアレス様の書庫は、そんなに素晴らしかったのですか?」
 あまり彷徨いて警戒させるのも宜しくないだろうと、カタリネは客間に控えていることが多かった。何かと気のつく彼女は、当然のように竜族(ドラゴン)吸血鬼(ヴァンピーア)に対する感情を理解していたので。
 とはいえ、黒竜の若殿の配慮で女官を幾らか就けてもらえたため、のんびりと休暇を頂いたようなものである。街へも自由に出かけることが出来たので、地元では買えない諸々を見て回ったりもしていたのだった。
 その代わり、マルガレーテは毎日書庫へ通い詰めていたけれど。
「えぇ、とても。随分と面白い研究も進んでいたのですね。学問は楽しいものだと、久し振りに思い出しました」
 だから、幾らかそうした本を持ち帰りたいのだと言うと、カタリネは恭しく頷く。
「カタリネ、明日はあなたも、好きに散策していらっしゃいね。あなたにも、見たい物はたくさんあるのでしょう?」
 悪戯っぽく笑われて、彼女はぱっと表情を明るくした。有難うございます、と嬉しそうに頭を下げて、何処へ行こうかと思いを馳せる。そのさまを優しげに見遣って、マルガレーテはカップを卓へ置いた。
「出発は、明後日か明々後日にしましょう。あまり遅くなっても、テーオドリヒが困ってしまいますから」
「畏まりました。確定してから、伝令を打っておきます」
 そう頷いた時、こつんと何かが窓を叩いた。カタリネが踵を返し、そっと窓を開けると、小さな黒い鳥が窓辺へ下り立つ。彼女が手を差し出すと、それはすぐに形を崩し、紙片へと変化した。
「伝令ですか?」
 振り仰いで尋ねるマルガレーテへ、カタリネは頷きながら振り返る。
「はい。血母(ムッター)、例の灰は予定通り、ドゥプラ大森林へ持ち込むそうです」
 古い血(ゲシュペンスト)だったモノは、既に配下の者へ託して世界図書館へ運ばせてある。魔素含有量について確認させていたが、そちらは芳しくないようだ。
「オクロウリー殿の魔素は、やはり取り込めていないようです。馴染めなかったのですね」
「そうですか。しかし、それも想定内です。気休めにしかならないでしょうが、暴かれるわけにもいきませんからね」
 かの深い森は、真祖が枯れ果て姿を変えた。森番をしていた者たちは加護を失った末に、餓えたあれに捕食され、押し寄せた魔獣に集落を襲撃されて滅び去っている。木枯れは徐々に拡がりつつあるが、それを食い止めている最中なのだ。
 世界樹の存在は、世間から隠さねばならない。
 抜け殻とはいえ、あれは真祖だ。悪用される恐れも高い。危惧するならば焼き払ってしまえばと、安直に考える血子もいるが、それをマルガレーテが許すことはなかった。
 少し思案して、カタリネはマルガレーテを真正面に捉える。
「あれを抜け殻へ与えるのは、いかがです?」
 何故、と問うこともなく、彼女はふるりとかぶりを振った。
「無駄でしょう。資格ある者に比べれば、児戯にも等しい魔素量ですし。そもそも、わたしはあれを元に戻したいとは、少しも思っていないのですから」
 思いもしない一言に、カタリネは瞠目する。いつか復活させる腹づもりなのだと、自然と考えていたのだ。でなければ、あんな抜け殻を保護する価値などない。
「何故ですか。あれが復活すれば、魔術は」
「そんなもの、なくてもいいと思いませんか?」
 こくりと小首を傾げて、マルガレーテはおっとりと紅茶へ手を伸ばした。
「現状を見ても明らかでしょう。魔素に頼りきりだった時代よりも、遥かに技術が発展しています。あれほど荒廃せしめたというのに、もう名残りすら見られません。変わらず魔素が溢れていたとしたら、こうはならなかったでしょう」
 世界は見事に生まれ変わったのだ。それを素晴らしいと思いこそすれ、過去を惜しむ気持ちなぞ欠片も湧かない。これこそ、素晴らしき叡智と言えないか。
 紅茶を嚥下して僅かに目を細めたマルガレーテは、揺れる水面へ視線を落とす。
「魔素なんて、好きに操れない方がいいのです。愚かな争いを招くだけなのだから」
「でしたら何故、世界樹を始末なさらないのですか」
「あら。あなたはもう不要になった物として廃棄されたからと、遺跡は全て破壊してしかるべきと考えるのですか?」
 それならば世界図書館に所蔵された記録も全て不要な物ですね、とマルガレーテはおかし気に笑う。
「あれは、保護すべき遺物なのですよ。おまけに、受け継ぐべき方がいらっしゃるのです。わたしたちが勝手に破壊していいものではありません」
 どうやら勘違いしているようですが、とひたとカタリネを見上げて、マルガレーテは厳かに告げる。
「我らは調停者ではありません。介入はしません。ただ、記録し、保護する者です。我らの裁量で、世界に影響を与えてはならない。操ることがあってはならないのです」
 例えば介入する気があるのなら、そもそも魔素の消失を防ぐことも出来た。後継の存在を教え、手早く元の鞘へ収めることだって出来ただろう。しかし、マルガレーテたちは当事者ではないのだ。それをする権利はない。
「……だなんて、奇麗事ですね。はっきり言いましょう。何故、わたしたちが他者の尻拭いに奔走しなくてはならないの?」
 ゆるりと目許を笑ませるが、カタリネはぞわりと背筋を凍らせた。
 普段は理知的に輝いている奇麗な黒い瞳は、ぞっとするほど底の見えない暗闇を覗き込んでいるような気分にさせる。耳に優しい可憐な声は、不思議と無機質に響いた。
 いつも纏っている柔らかな雰囲気を取り払ってしまえば、そこには空恐ろしい何かが蠢いているように見えた。それを自覚して、カタリネは改めて思い知る。
 これが、真祖なのかと。
「我こそ正義だと、声高に宣言したいのでしょうか。そんなもの、何処にもありはしないのに。そうですね、ヒトに依っては、わたしは悪魔のような女なのでしょう。否定は致しません。改める気もありません」
 けれど、彼女は知っているのだ。悪魔のような所業とは、どういうことか。ヒトは何処までも残酷になれる。無邪気に、それをする者もいる。
 搾取されるのは、いつだって弱者だ。
 彼女は、過去を語らない。当人は何処にでもありふれている悲劇だと言うが、それなりの地獄は見たのだ。生き残るために、出来る最大限のことをした。それを罪深いと断罪する者もいるだろう。
 けれど、それならば。
 何故、誰も彼女を助けようとはしなかったのか。お上品に奇麗ごとばかりを口にして、誰もが顔を背けるから、自分で自分を救うしかなかった。抗わねば生きられなかったのだ。必死になって何が悪い。
 褒めそやされた過去に意味などない。
 道具に、人格などいらない。
 ならば、一体何を躊躇う必要があるのか。生憎と彼女には、哀れな小娘に同情してやる慈悲深い自分が大好きな方々を、満足させてやる義理なぞないのだから。
 彼女の中で後悔があるとしたら、元凶を仕留めることが出来なかったことくらいだろう。その所為で、妹にいらぬ苦労と業を背負わせてしまった。それだけは、申し訳なく思う。
 それを知った日、久し振りに対面した妹は、奇麗な女性になっていた。
 憧れて、叶わなかった未来だ。彼女を前に、償いたいとは言えなかった。それでは、あれらと同じになってしまうから。ならばせめて、きちんとあの子に憎まれて、曾て愛したモノを墓標に、弔いたかったのだ。
「救われたいのなら、己で何とかするしかないのです。救えるだなんて烏滸がましい。それは、身に染みました」
 救われたがる輩は、満足することがない。いつまでも甘美な絶望にしがみつき、可哀想な自分に酔っている。だから、何もしない。もう手を差し伸べることはない。
「ですから、眷属には死を受け入れた者を選ぶようにしてきました。それなのに、あなたは勘違いしてしまったの?」
 こくりと首を傾げる姿は人形めいて、何処か空虚な眼差しがカタリネを射抜く。
 そう、彼女らは死を待つだけの者だったのだ。初期の七血子は渇望する者を、次の七血子は諦観した者を、それぞれ選んでいた。
 カタリネだって、独り静かに死を待っていたのだ。あの美しい月の夜、血母が窓辺へ下り立たねば。
「わたしたちは世界から弾かれた者。もう、影響を与える資格もない者なのに?」
 それは、と口籠り、カタリネは恥じたように身を小さくした。
「……申し訳ありません。差し出がましいことを申しました」
「構いません。肩肘を張るのはおよしなさい。わたしたちは、一度は死んだ身です。(しがらみ)から解放された今、普通に楽しめばいいのですよ」
 世界を、と優し気に微笑んで、マルガレーテはカップを口元へ運ぶ。途端にふわりと空気が弛んで、カタリネは我知らず嘆息した。
 そのさまをちらりと見遣り、マルガレーテはこっそりと苦笑を浮かべる。あまりやり過ぎては逆効果だ。テーオドリヒの一派を、これ以上増やしてやるつもりもない。
 あれはあれで、使い勝手がいいのだ。あれだけ警戒し、反発しているわりに、下剋上を思いもしない。それだけ真直ぐな性根をしているのだろう。
 何も知らない小娘と思わせておけば、彼らは自由に働いてくれる。
 先代真祖の眷属たちにしてもそうだ。あれらは、マルガレーテが何なのか知らない。だから、下剋上も知らずにのうのうとしているのだと、勝手に思い込んでいる。
 彼女は、自ら真祖だと名乗ったことはない。
 大体、真祖とは何か、理解していない者が多すぎるのだ。真祖は己の種に因んだ様々な眷属を生む。たった一種だけなんてことは有り得ないのだ。
 世界に蔓延る吸血魔素生物は、本来の真祖が生んだモノだろう。竜の真祖は様々な竜種(ドラゴン)人狼(ライカンスロープ)の真祖ですら、姿を歪めた獣たちを生んでいる。かの世界樹は始まりから存在し、世界の根幹と魔術に関わるその全て。
 けれどマルガレーテに、その権能はない。正当に譲られていないのだから当たり前だ。
 彼女自身も成った者だと、誰も知らない。
 こつん、と再び何かが窓を叩いた。振り向いた先には小首を傾げた緑の鳥がいて、マルガレーテは軽く眉を持ち上げた。
「あら、珍しい。テーオドリヒからですね」
 カタリネが開いた窓から飛び込んできた鳥は、差し出されたマルガレーテの手の上で、ひらりと紙片へと変化する。その文面へ視線を走らせて、マルガレーテは瞠目した。
「血母?」
「エッケハルトが捕られたようです」
 そんな、と息を飲んだカタリネは、慌ててマルガレーテの手許を覗き込む。真剣な眼差しが文面をなぞり、なんてこと、と両手で口元を覆った。
「どう致しましょう、血母」
「……テーオドリヒが報せているでしょうが、世界図書館へ伝令を。エッケハルトの血族(ファミーリエ)たちは、あの子が確認しているようです」
 持て成す余裕が今はないから、暫く王都で待機していてくれ、との指示に、マルガレーテは小さくため息を落とす。
「それから……、そうですね。テーオドリヒとアルノルトにも伝令を。雪が降るまでに片付かないようであれば、そのままアルクィンへ向かいます」
 今は下手に移動しない方がいいでしょう、とカタリネを見上げると、彼女は最敬礼して踵を返す。
 この宿には、ロビーに手紙を書くための場所が確保されていた。恐らく、そこの便箋を求めてのことだろう。それを見送って、マルガレーテはもう一度文面を読み返した。
 どうやら十五番目の血子は、何処ぞの女に喰い殺されたらしい。
 彼が住んでいたのは、海に面したトルタハーダ国の港町だったはずだ。詳細はまだ不明とあるが、事件の概況だけは書き込まれている。
 普段は誰も出入りしない廃屋周辺で、次々と住人が具合を悪くする事件が発生。警備隊が見回った結果、廃屋から高濃度の魔素が溢れていることが判明したそうだ。魔女の主導で突入し、奥まった部屋で血塗れの男女を発見したという。
 その後、何故か情報規制がかかり、廃屋は閉鎖されて事件自体が『なかった』ことになった。しかしテーオドリヒの情報網によれば、現場で事切れていた女は、然る貴族の令嬢だったらしい。その婚約者の身分が高く、醜聞を恐れたようである。
 どうやら警備隊には過去に幾人もいた、朽ちぬ美貌と永遠の若さを望み、吸血鬼を喰い殺そうとした愚かな女たちの一人と看做されたようだ。確かに、そんな人物も皆無ではなかったけれど。
 果たして、本当にそうなのだろうか。
 小首を傾げて、マルガレーテは軽く眉根を寄せた。
 血族の誰かなら、解らないでもない。しかし、襲われたのは血親(エルターン)だ。おまけにエッケハルトは、血子の中では抜きん出て慎重な質で、臆病と思えるほどだった。たかが一貴族の令嬢に捕われるとは思えない。
 ならば、背後に何かがいるのは間違いないだろう。問題は何がいて、どうして彼が捕われるに至ったか、だ。
 即座にテーオドリヒが乗り出したのも、彼が血兄弟の中では一番親しく、血弟についてよく解っていたからだろう。確か、かの血族に曾ての友人がいる。彼とは頻繁に連絡を取っていたはずだ。
 今頃、エッケハルトの血族はどうしているだろう。血親が亡くなっても、彼らが即座に落命するわけではない。しかし、血親がいない血族は弱体化するのだ。早く見つけて保護するか、始末しなければ、彼らは餓えて判断力を低下させる。テーオドリヒが焦っているのはその所為だ。血族に関しては、彼に任せておいた方が上手くいく。
 もし、血族たちも始末されていなければ、だが。
 何となく、先代真祖の眷属たちの影がちらついている気がする。あれらは、先代が存命の頃からマルガレーテを毛嫌いしていた。傍に置くのを嫌がっていたのだ。あれらは、人間を餌としか思っていなかったから。
 きっと、未だにこちらを見下しているのだろう。侮って、勝ち誇っていることだろう。しかし、甘過ぎる。確かにマルガレーテは数々の権能を持っていない。しかし、己を頂点とした眷属を、変異させることの出来ないモノはないのだ。
 妹のことを悔いたからこそ、二の舞いを演じるはずがない。第二期以降の血子たちを狙っての下剋上は不可能だ。そのように、罠を張ってある。
 ほんのりと唇の端を引き上げて、マルガレーテは卓へ置いていた本を取り上げ、紙片を挟み込んだ。
 エッケハルトに仕込んだのは、毒だったはずだ。あの子を喰らって成った後、人間の血を飲めば毒となる。眷属を増やすには、対象の血を飲み、自らの血を与えねばならない。放っておいても、眷属も増やせず自滅するはずだ。
 テーオドリヒには、件の罠について教えてある。余裕がないとわざわざ言ってきたのだ、序でにそちらも確認してくれることだろう。意図して選んだわけでもないのに、本当に七番目は皆非凡だ。
 お待たせ致しました、とカタリネが手に鳥を数羽止まらせて戻り、真直ぐ窓辺へ向かうと窓を開いた。放った黒い鳥たちは、そのまま夜闇に紛れて見えなくなる。
 無事に飛び立ったのを確認したカタリネは、ほっとした様子で窓を閉めた。
「世界図書館へは報告と、血母の今後の予定を。テーオドリヒには了承の旨と、必要があれば助力にも応じる旨を、アルノルトには事情と今後についてを送りました」
「有難う。それでは、カタリネ。明日は予定通りにしましょう。寧ろ、意識してのんびりとした方が良さそうです」
 でなければ暇を持て余してしまいそう、と嘆息するマルガレーテに、カタリネも苦笑を浮かべて頷く。
「はい、血母。わたしは市場へ出掛けてきますね。夕飯はご一緒しましょう」
 評判の店を探しておきます、と意気込むカタリネに「お願いね」と微笑んだ。そうして、ふむ、と思案する。この際だ、長い休暇だと思って、存分に図書館へ籠ってもいいかもしれない。きっとそうした方がマルガレーテらしいだろう。
 どうせ彼女は、知識欲だけは旺盛な何も出来ない小娘で、ふわふわと甘いことを言っているだけの存在なのだ。精々、その認識を違えないよう、振る舞わなければならない。
 もう暫くは動くこともないのだし、と思考を打ち切って、マルガレーテは手にした本を改めて開いた。
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