第4話 ウィンブルドン

文字数 778文字



2023年7月、帰宅後の楽しみは、もうテニスの中継はやらない(スカパー!に任せました)と宣言したNHKが、日本人選手が数人も出場権を得たためか、全英オープンを急遽放映することになり、その男女のプロテニス大会の録画をビールでも飲みながら大画面で楽しむことだった。
僕は(さとる)に白いテニスウェアを着せて、緑のストライプの芝がまぶしいウィンブルドンのセンターコートに立たせ、同じく白のウェアに身を包んだうちの研究員たちといわば一対一でプレーをさせた。
日本研究員たちは男女共に、経験豊富で意識も高いプレイヤーだったから、どのプレイヤーも白のウェアに白のキャップ、白のシューズで緑の芝生を駆け回り、ポンポンと良い音をさせて黄色いテニスボールを聡と打ち合った。
これは勝負と言うより、いかに聡がそれぞれの研究員たちと美しくラリーをし、傾斜(クロスコート)直線(ダウンザライン)にボールを沈ませ、ウィナーを獲得するかを賞味するエンターテイメントだった。
うちには稼ぎ頭だが、誰かと一緒に仕事をすると、テニスに例えれば強烈なサーブで相手の自尊心をめちゃくちゃにする男性研究員がいる。この男にチームプレーは望むべくもないので、一人で仕事をさせているが、聡をアシスタントとして付けたときも同じことをやった。
強烈で高速のサーブに最初聡は慣れなかったが、そのうちコースを読んでラケットの向きを合わせてブロックリターンできるようになった。まあ、ナイーブな聡をこんな男の下に付けたのは単にテストで、聡は決して手を抜かずに打ち合ったが、パワーに負けて敗退したときすぐにネットに駆け寄り微笑んで握手を交わした。この男もその笑顔に聡の背中をポンポンと上機嫌で叩いた。それで聡の研究員たちとのコミュニケーションや共同作業は合格点となった。そうこうするうちに8月に入り、僕は小さな仕事を見繕って少しずつ聡にプロジェクトとして与え始めた。
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