第9話 リサーチ
文字数 2,884文字
お盆休みの最後の日曜日、つまり2023年8月20日に政子の家を訪問した。
そして休暇が明けたら、さまざまな発達障害、特にADHDの子どもたちのいる施設や学校を訪問したいと申し出た。私は
何かを成すのに、才能や博士号は前提となっても、決定打にはならない。使える人脈は使い、自分は得意なことに集中するという聡の戦略は、おそらく藤沢氏の薫陶のおかげだろう、慎重かつ最も効率的なものに思えた。
「これと同じものを京都の風俗博物館で見ました」
と述べた。
政子はにっこりと微笑んだ。
政子のマンションは、いわゆる間取り自由設計の住宅で、ファミリー向け4LDK相当の大きな部屋が1つだけあり、バスルームやキッチンなど生活に必須の空間を除いては、仕切りがまったくない。そこへ、政子は自分の財力を注ぎ込んで、平安時代の貴族の邸宅である
京都駅からほど近い「風俗博物館」は、本物の4分の1スケールの人形たちが平安時代の装束をまとい、4分の1の寝殿造の家に集って、
そのやり水や、朱塗りの欄干、美しい松まで再現された政子の住まいは、快適な現代生活のテクノロジーを完全に隠した平安時代の寝殿造であった。
聡は政子が日本文学の教授で、とてつもない歴女だと聞いているので、対策はしていた。特にクイズが得意な芸人、金髪と真っ赤な服がトレードマークのカズレーザーの高校講座対決は全部見た。
政子は平安時代の貴族女性の略装である
【しのぶれど
(
「潮見さんから、元の奥さまの政子さんについては、いろいろ伺っていました。どんな方なのだろうと、ワクワクしていたのですよ」
こういう台詞を聡は照れもせず、感情を込めて、スラスラと言った。意外と光源氏ばりのプレイボーイの素養があるのか?
「すてきな
政子は
和風キャノピーとも言える御帳台の中には
【面影は 身をも離れず 山桜
心の限り とめて 来しかど】
(あなたの山桜のように美しい面影は私の身から離れません
心のすべてをそちらに置いてきたのですが)
(『源氏物語』「若紫」より、渋谷栄一訳)
と聡が言うと、まあまあ私や香子のことをそんなに思ってくださりありがとう。政子は、
【嵐吹く 尾の上の 桜散らぬ間を
心とめける ほどのはかなさ】
(激しい山風が吹いて散ってしまう峰の桜に
その散る前にお気持ちを寄せられたような頼りなさに思われます)
(出典、訳同上)
と返した。こちらは後の紫の上になる少女の祖母の尼君の歌である。
聡は手帳のリストを片手に、香子の行動や自分や政子への反応を詳細にメモしていた。
【不注意】
の項目で、香子に目立つのは次の事項だった。学んでいるわけではないので、学業については除外した。
・遊びに注意が持続しない
政子が手作りした平安時代のお姫さまのお気に入りの人形があったが、お人形にお話ししながら楽しく遊んでいても、あるときふいと人形を投げ捨てて別のことを始める。
・物事を順序立てて行えない
たとえば昼食(幸い平安時代の食事ではなく、野菜とタラコがたっぷり入った美味しい和風パスタだった)後、空いた食器をキッチンの食洗機に運ぶのに、要領が悪くて一部を落として割ったりしていた。政子はときどきあることだと言う。
・話しかけても聞いていないことがある
聡は昼食のパスタを食べる香子に美味しい? と聞いてみたが、話しかけられたことを認識していないようだった。
・外からの刺激で容易に注意をそらされる
食事中に、窓にスズメが衝突した。それには聡たちも驚いたが、香子は食事を完全に中断して窓に駆け寄り、しばらくテーブルに戻らなかった。スズメは衝突した後、下の階に落下したようだった。
【多動性・衝動性】
・手足をそわそわ動かす
これはテーブルで昼食を食べているとき、ずっと見られた。
・走り回ったり、人の話に割り込むなどの行動は見られなかった。
学校を通信教育に切り替え、政子という保護者に守られて、香子の落ち着かないところは減ってきたのかも知れない。
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3時のおやつには、テーブルでなく床の上にお盆を置いて、みんなで楽しく政子が焼いたクッキーを食べた。クッキーにはチーズやナッツのほか、梅干しや海草など変わったものも入っていて美味しかった。
別れ際、聡は政子と握手し、