第12話 自分の身体で試す

文字数 891文字



潮見の元妻との子、香子(こうし)も使った薬がドイツ本社で開発されたことは知っていたので、ドキュメントはもちろんとっくに手に入れて、分子構造、行われた試験や、製品の添付文書まで読んでいた。だが、自分の身体で試したいと(さとる)は考えた。
上司の潮見には伏せ、製薬会社の研究者という立場も隠し、ある日聡はこの薬の登録精神科医を訪れ、ADHDの検査を受けた。自分にもともとADHD(注意欠如・多動症)の傾向があったのか、それともADHDの項目に「はい」をつける意図が働いたのかは不明だが、聡は香子と同様に軽度のADHDと診断された。
医師と同様に患者としてこの薬に登録され、初回はカードがないので医師からの書類を持って薬局で購入した。

食欲が低下すると聞いていたのでしっかり朝食を取ってから、仕事の日の朝6時に飲んだら、中枢神経刺激剤の名にたがわず、眠気が覚め「やる気スイッチ」が入った。
夕方6時まで、いつもより集中し、仕事がはかどった。
夜になるとさすがに眠気が訪れたが、それ以外に目立った副作用はなかった。
薬は休みの日には飲まない処方になっていたので、少し眠気はあったが、休みなので近所を散歩したり、ベッドで本を読んでいたりしたくらいだから、特に問題はなかった。
1か月たつと少し薬の効果が減ってきたようだったので、担当医師にその旨を話したら、じゃあ少し量を増やしますか? と尋ねられ、そこで食欲不振を思い出し、体重が減ったと伝えたら、2か月目も同じ量を処方された。
3か月目に、不注意や集中できないなどの困り事も減ったため、医師と相談のうえ服薬を中止した。
すると日中少し眠くなることはあったが、麻薬のような激しい離脱症状もなく、(さとる)は無事この薬を自身の身体で試すことに成功した。
その評価は、長く使った場合の依存がやや心配ではあったが、適切な処方で使えば、ADHD症状の軽減には役立つというものだった。しかし、薬に頼るのは症状が強いときに限り、他は心理療法や、軽い運動などにした方が身体への負荷は少ないと思われた。
自分が薬を作るとしたら、そのような治療をサポートするものとして、穏やかな作用の製品が望ましいと考えた。
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