第6話 優等生とピンクのきりん
文字数 3,229文字
ビビッドな配色の社名ロゴが入ったアーマースーツが太陽光を跳ねて、昼下がりの公園に眩しく映える。
彼らの戦闘服は、物陰に潜もうとかそういう奥ゆかしさを一切忘れてきたようにみえた。考え方によっては、画期的なデザインと言えるかもしれない。
「なるほど、令和は戦場に蛍光ピンクがトレンドスタイルなのか」
久頭見がものすごく真面目な顔をしてうなずいた。
「俺のマイブームが打撃技 になる前に、その無駄口を溶接しとけよ」
大場が念入りに苦虫を噛み潰しながら、たしなめた。ふたりは軽口を叩きながらも、正面から視線を外さない。
(知らないロゴだな)
ちょっと嫌な予感がした大場であった。相手の兵士の年齢はわからない。すでにゴーグルとマスクをつけているからだ。
だが、まだ法の改正から間もない。おそらく彼らだって初戦のはずである。普通はこういうとき、人はもたつくか、マニュアル通りの動きをするのが常だ。それなのに。
(それなのに奴ら、やけにイレギュラーだ)
しかも、どうも動きに迷いがない。ではよほどのベテランで、歴戦の戦士なのか?
否。令和に現役をやっている歴戦の猛者など、いるはずがない。いくら定年が延びていたって、体力的にも奇跡的に指揮官がせいぜいだ。
では、彼らは一体……?
蛍光ピンクで彩られたロゴには『D/O/D』と書いてある。聞いたことがない社名だ。なんの略だかもわからない。ドッドとでも読めばいいのか。
「あ、花火」
「なに!?」
一瞬、耳を疑ったが久頭見の言うとおりだった。DODの兵士のひとりが、こちらへ向かって歩きながら、片腕を高々と振り上げる。その手には打ち上げ花火が握られていた。
「はっ」
大場は、驚きながら呆れた。あれは、ぷりあみの戦闘開始の合図なのだ。確認もなしに、一方的に打ち上げるなんてマナー違反どころの話ではない。監査が入ったらどうする気だ。
「わっ」
慌ててふたりは物陰に飛び込んだ。いくらなんでも生身が丸見えの状態のまま、カウント・ゼロで始められてはかなわない。
「馬鹿にしてんのか、奴らは。こっちだって銃器を持ってるんだぞ」
「なあ、テンテン」
反射的に、大場が久頭見を睨んだ。
「……大場先輩。質問でぇす」
久頭見が小さく片手を上げて見せた。ちなみに同期なので先輩では、もちろんない。なお、お互いに誕生日までは知らない。雑誌の相性診断を見てキャッキャした思い出なんかも、当然あるわけがない。あってたまるか。
「手短かにしろっ」
「友達でもないのに、どーして俺なの?」
「ああ?」
唐突な問いに大場は一瞬、戸惑った。思わずDODの兵士から目を離し、久頭見の顔を見てしまう。
友達じゃない。それはそうだ。ただの同期だ。相性は、悪い方だと思う。星座占いなんか見なくても、それはずっとたしかだ。
「あ……」
そのときだった。
「ヤアアアアッ!」
DODの兵士A(仮名)が、花火をぶっぱなした。こちらの心配をよそに、ためらいもせずに。
(あ〜〜〜〜〜〜〜)
大場はコンマ一秒以下の時間を使って、頭の中で絶望した。その絶望を、隣で久頭見が口にする。
「いきなり戦闘態勢かよ。モグリの企業じゃないだろうな〜」
「あ〜〜〜〜〜〜〜」
それである。
「なぁ典ちゃん。挨拶って、すっ飛ばしてもいいんだっけ?」
「身分証明と契約確認だっ! いいわけないだろーが」
業界全体が経験不足だというのに、新法が施行された直後の状況で、いきなり形式をすっ飛ばしてくるような会社が大手のはずはない。知識がないのか、軽んじて無視しているのか。どちらにしても、ろくなものではない。
不運にも、この初戦の相手はどうやら思いきりハズレであった。
「俺らが偶然居合わせたサバゲー好きの一般人だったらどうするつもりなんだろ。やりたくない奴らだな〜」
「愚痴ってる場合か、ゴーグルと耳栓つけろ。急げっ」
「へいへい。なー、典」
「なんだっっ!?」
「やっぱメガネ邪魔じゃない?」
「くっ、久頭見ぃ……さきちぃぃーーーっ」
大場は自称・冷静沈着な男であった。その怒りの沸点をあっさり越えさせる、久頭見の呑気さであった。歯ぎしりで人を殴れるんじゃないかというくらいの音が、大場の口から響いた。M9で味方相手に威嚇射撃しなかったクールさを褒めてやるべきかもしれない。
「ふぇーい」
耳栓の上からさらに指で耳を塞いでいた久頭見は、しぶしぶ戦闘態勢に入った。
実戦を行うことは久頭見にとっても悲願であったはずだ。けれど大義名分を粗大ゴミに出してしまった一般向けのぷりぺいど・あーみーに気が乗らないのだろう。
大場もそこは同意だった。何が悲しゅーて、猛獣と猛鳥の代理戦争に駆り出されなきゃならんのか。これなら、訓練のほうがよっぽど意義を見出 せるというものだ。
だが、それはそれ、これはこれ。意義とプライド、食費と出世である。仕事上のプライドなんて、結果が伴わなければ裸の貴族にすぎない。
いくら地位が貴かろうと、素っ裸で公道に立ってる男を尊敬してくれる群衆があるものか。
「結果を残すぞ」
「や、でもさー…」
「“でも”は無い! いいか、貴様と団欒 なんぞしたくはないが、この一戦が終わってからなら特別に聞いてやるっ」
「終わったら?」
「勝ったら、だ!」
「ちぇっ」
そのとき。前方の遊具の影から手のようなものがチラついた。敵が何かを投げた、そう脳が認識する前に火花が目を刺した。
「がっ……」
咄嗟に目を覆った手がゴーグルに当たる。物理的な痛みではなかった。
(閃光弾? いや)
驚かされたが、そこまでの強烈な光とは違う。大場は答えを急いだが、判定するのに必要な視覚情報がまだ得られない。まともに見てしまったのだ。
「爆竹だ」
久頭見の声だ。意外にも、先に視界を取り戻したのは久頭見の方らしかった。落ち着いた口調が少し腹立たしい。いや。
「くそっ、馬鹿のくせに。ほんとに期待どおりかよ」
「え?」
「なにも!」
大場は目を半分開いて前方の様子を確認し、体勢を低く保ったまま構えた。
「俺のM9で弾幕を張るから、お前は狙撃しろ」
「え。自慢じゃないけど、俺の銃の命中率は同期三十人中、十五番目だぞ」
すごくいい声で、久頭見は言った。ちょっとばかり胸を張っているようすだ。きっぱりした態度が、すがすがしいばかりであった。
大場は、ため息をついた。
「知っとるわ」
「じゃー、なんで」
「自分の胸に聞け。お前のほうで自覚してもらわにゃ、俺が困る」
「なんのことやら」
久頭見はゴーグルの隙間に指を差し込んでポリポリと顔を掻いた。
「――」
大場は、もうため息をつかなかった。
その代わり、小さく深呼吸をした。吐き終わる寸前で止め、そして地面を蹴った。
「ふっ」
喉に残っていた空気を吹き出す。上目遣いに敵を見据えながら、体を低くしたまま前に出た。
DODの兵士と大場の間には、五つばかりのロッキング遊具があった。子供が乗って、前後にびょんびょん揺れるアレである。
一番手前に見えるパステルピンクに塗られたキリンは、バリケードとしてはずいぶん間抜けに見えた。
「だが充分っ」
大場は遊具の影に体を滑り込ませ、キリンの首の右側からM9の銃口を突き出した。
短機関銃 の役割りは、狙撃ではない。仮にこのM9が本物だったところで、防弾チョッキを貫通することはできないのだ。
初っ端から形式を欠く馬鹿どもを牽制できれば、それでいい。
レンタル兵士時代の訓練で、大場はいつも完璧に近かった。冷静で、確実で、ミスはほとんどない。厭味 なくらいの優等生だった。
問題は無いはずだ。引き金に指をかけるまで、大場自身もそう思っていた。
「オウオオオオオ!」
すると大場の進撃をとらえながらも、兵士Aが真っ直ぐ突っ込んできた。
「うっ」
「あっ、馬鹿っ」
後方で身を隠していた久頭見は、思わず体を起こした。
大場が、銃口を上方へそらしたのだ。
訓練において、大場は完璧だった。
だが実戦は初めてだ。
実戦の的は、人間なのだ。
彼らの戦闘服は、物陰に潜もうとかそういう奥ゆかしさを一切忘れてきたようにみえた。考え方によっては、画期的なデザインと言えるかもしれない。
「なるほど、令和は戦場に蛍光ピンクがトレンドスタイルなのか」
久頭見がものすごく真面目な顔をしてうなずいた。
「俺のマイブームが
大場が念入りに苦虫を噛み潰しながら、たしなめた。ふたりは軽口を叩きながらも、正面から視線を外さない。
(知らないロゴだな)
ちょっと嫌な予感がした大場であった。相手の兵士の年齢はわからない。すでにゴーグルとマスクをつけているからだ。
だが、まだ法の改正から間もない。おそらく彼らだって初戦のはずである。普通はこういうとき、人はもたつくか、マニュアル通りの動きをするのが常だ。それなのに。
(それなのに奴ら、やけにイレギュラーだ)
しかも、どうも動きに迷いがない。ではよほどのベテランで、歴戦の戦士なのか?
否。令和に現役をやっている歴戦の猛者など、いるはずがない。いくら定年が延びていたって、体力的にも奇跡的に指揮官がせいぜいだ。
では、彼らは一体……?
蛍光ピンクで彩られたロゴには『D/O/D』と書いてある。聞いたことがない社名だ。なんの略だかもわからない。ドッドとでも読めばいいのか。
「あ、花火」
「なに!?」
一瞬、耳を疑ったが久頭見の言うとおりだった。DODの兵士のひとりが、こちらへ向かって歩きながら、片腕を高々と振り上げる。その手には打ち上げ花火が握られていた。
「はっ」
大場は、驚きながら呆れた。あれは、ぷりあみの戦闘開始の合図なのだ。確認もなしに、一方的に打ち上げるなんてマナー違反どころの話ではない。監査が入ったらどうする気だ。
「わっ」
慌ててふたりは物陰に飛び込んだ。いくらなんでも生身が丸見えの状態のまま、カウント・ゼロで始められてはかなわない。
「馬鹿にしてんのか、奴らは。こっちだって銃器を持ってるんだぞ」
「なあ、テンテン」
反射的に、大場が久頭見を睨んだ。
「……大場先輩。質問でぇす」
久頭見が小さく片手を上げて見せた。ちなみに同期なので先輩では、もちろんない。なお、お互いに誕生日までは知らない。雑誌の相性診断を見てキャッキャした思い出なんかも、当然あるわけがない。あってたまるか。
「手短かにしろっ」
「友達でもないのに、どーして俺なの?」
「ああ?」
唐突な問いに大場は一瞬、戸惑った。思わずDODの兵士から目を離し、久頭見の顔を見てしまう。
友達じゃない。それはそうだ。ただの同期だ。相性は、悪い方だと思う。星座占いなんか見なくても、それはずっとたしかだ。
「あ……」
そのときだった。
「ヤアアアアッ!」
DODの兵士A(仮名)が、花火をぶっぱなした。こちらの心配をよそに、ためらいもせずに。
(あ〜〜〜〜〜〜〜)
大場はコンマ一秒以下の時間を使って、頭の中で絶望した。その絶望を、隣で久頭見が口にする。
「いきなり戦闘態勢かよ。モグリの企業じゃないだろうな〜」
「あ〜〜〜〜〜〜〜」
それである。
「なぁ典ちゃん。挨拶って、すっ飛ばしてもいいんだっけ?」
「身分証明と契約確認だっ! いいわけないだろーが」
業界全体が経験不足だというのに、新法が施行された直後の状況で、いきなり形式をすっ飛ばしてくるような会社が大手のはずはない。知識がないのか、軽んじて無視しているのか。どちらにしても、ろくなものではない。
不運にも、この初戦の相手はどうやら思いきりハズレであった。
「俺らが偶然居合わせたサバゲー好きの一般人だったらどうするつもりなんだろ。やりたくない奴らだな〜」
「愚痴ってる場合か、ゴーグルと耳栓つけろ。急げっ」
「へいへい。なー、典」
「なんだっっ!?」
「やっぱメガネ邪魔じゃない?」
「くっ、久頭見ぃ……さきちぃぃーーーっ」
大場は自称・冷静沈着な男であった。その怒りの沸点をあっさり越えさせる、久頭見の呑気さであった。歯ぎしりで人を殴れるんじゃないかというくらいの音が、大場の口から響いた。M9で味方相手に威嚇射撃しなかったクールさを褒めてやるべきかもしれない。
「ふぇーい」
耳栓の上からさらに指で耳を塞いでいた久頭見は、しぶしぶ戦闘態勢に入った。
実戦を行うことは久頭見にとっても悲願であったはずだ。けれど大義名分を粗大ゴミに出してしまった一般向けのぷりぺいど・あーみーに気が乗らないのだろう。
大場もそこは同意だった。何が悲しゅーて、猛獣と猛鳥の代理戦争に駆り出されなきゃならんのか。これなら、訓練のほうがよっぽど意義を
だが、それはそれ、これはこれ。意義とプライド、食費と出世である。仕事上のプライドなんて、結果が伴わなければ裸の貴族にすぎない。
いくら地位が貴かろうと、素っ裸で公道に立ってる男を尊敬してくれる群衆があるものか。
「結果を残すぞ」
「や、でもさー…」
「“でも”は無い! いいか、貴様と
「終わったら?」
「勝ったら、だ!」
「ちぇっ」
そのとき。前方の遊具の影から手のようなものがチラついた。敵が何かを投げた、そう脳が認識する前に火花が目を刺した。
「がっ……」
咄嗟に目を覆った手がゴーグルに当たる。物理的な痛みではなかった。
(閃光弾? いや)
驚かされたが、そこまでの強烈な光とは違う。大場は答えを急いだが、判定するのに必要な視覚情報がまだ得られない。まともに見てしまったのだ。
「爆竹だ」
久頭見の声だ。意外にも、先に視界を取り戻したのは久頭見の方らしかった。落ち着いた口調が少し腹立たしい。いや。
「くそっ、馬鹿のくせに。ほんとに期待どおりかよ」
「え?」
「なにも!」
大場は目を半分開いて前方の様子を確認し、体勢を低く保ったまま構えた。
「俺のM9で弾幕を張るから、お前は狙撃しろ」
「え。自慢じゃないけど、俺の銃の命中率は同期三十人中、十五番目だぞ」
すごくいい声で、久頭見は言った。ちょっとばかり胸を張っているようすだ。きっぱりした態度が、すがすがしいばかりであった。
大場は、ため息をついた。
「知っとるわ」
「じゃー、なんで」
「自分の胸に聞け。お前のほうで自覚してもらわにゃ、俺が困る」
「なんのことやら」
久頭見はゴーグルの隙間に指を差し込んでポリポリと顔を掻いた。
「――」
大場は、もうため息をつかなかった。
その代わり、小さく深呼吸をした。吐き終わる寸前で止め、そして地面を蹴った。
「ふっ」
喉に残っていた空気を吹き出す。上目遣いに敵を見据えながら、体を低くしたまま前に出た。
DODの兵士と大場の間には、五つばかりのロッキング遊具があった。子供が乗って、前後にびょんびょん揺れるアレである。
一番手前に見えるパステルピンクに塗られたキリンは、バリケードとしてはずいぶん間抜けに見えた。
「だが充分っ」
大場は遊具の影に体を滑り込ませ、キリンの首の右側からM9の銃口を突き出した。
初っ端から形式を欠く馬鹿どもを牽制できれば、それでいい。
レンタル兵士時代の訓練で、大場はいつも完璧に近かった。冷静で、確実で、ミスはほとんどない。
問題は無いはずだ。引き金に指をかけるまで、大場自身もそう思っていた。
「オウオオオオオ!」
すると大場の進撃をとらえながらも、兵士Aが真っ直ぐ突っ込んできた。
「うっ」
「あっ、馬鹿っ」
後方で身を隠していた久頭見は、思わず体を起こした。
大場が、銃口を上方へそらしたのだ。
訓練において、大場は完璧だった。
だが実戦は初めてだ。
実戦の的は、人間なのだ。