第3話 ぷりぺいど・あーみー

文字数 3,036文字

『3回生以上の一般兵士は、第二講堂に集合せよ!』
 前振りも何もない緊急の放送が入ったとき、久頭見(くつみ)はうどんを食べていた。
 もちろん、具などない。
 もう一度言うが、具などないのである。
 世間ではこれを、すうどんと呼ぶ。
 だがしかし久頭見は、これをすうどんと呼ぶことを許さなかった。
 じゃあ、何て呼ぶの?
「なんだよ、一体。人が、素材の味を生かしたこだわりのうどんを喰っているときに」
「たかがすうどんくらい、諦めろよ。行くぞ」
 もはや、久頭見のすうどんの呼称にはツッコミすらしない大場だ。
「やだよ。素材の味を生かしたこだわりのうどん、まだ汁残ってんだから」
「それ、食い終わってるな? 食い終わってるんだよな?」
「お前の言ってる意味がわからない」
 貧乏ここに極まれり。
 食い意地に勝るもの無し。
 馬鹿はシバかにゃ治らない。
 大場の脳みそに、聞いたことのあるような無いような格言が、いくつも浮かんだ。
「くつみ」
 くちゃくちゃくちゃ。
 久頭見は汁を飲み下す前にと、ぷかぷか浮かんだうどんの切れ端をつかまえては口に放る。
 その眼光は、しんけんそのもの。
 大場の呼びかけに答えている暇などないのだ。
 くちゃくちゃくちゃくちゃ。
『繰り返す! 3回生以上の一般兵士は、至急第二講堂に集合せよ!』
 怒鳴り声にも近い再びの放送。
「くつみ〜」
 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ。
咲地(さきち)ぃーーーーっ!」
 大場は、かっちかちんに鍛え上げられた右腕を(まく)った。
 ふんむずっぅ。
 問答無用。
 素材の味を生かしたこだわりの残り汁がはねる。執念深く碗を抱きかかえたままの久頭見の襟首を、大場ががっちり掴んだ。
「むっうおおおおおお!」
 当の本人たちも最近すっかり忘れがちだが、彼らは並の鍛え方をした人間ではない。
 実戦未経験とはいえ、プロのレンタル兵士なのだ。
 大の男ひとりを片手で掴み上げるという荒技も、がんばれば、そう。
 割となんとかなる。
「ずおおおおおお!!」
「えっ、ちょっ……。てっ(てん)! やめて嫌よ、典ちゃあああああんー!」
 久頭見の空しい叫びと、関西風薄味のすうどんの汁が廊下に残った。

「3回生、大場 典 参りました!」
「同じく3回生、久頭見 咲地 参りました!」
 第二講堂の入り口で、2人は上官に敬礼した。
 上官がついて、いちいち講堂に入る兵士の名前のチェックを行っている。
 これは一体……?
 いつもとは違うただならぬ雰囲気に、2人は黙って顔を見合わせた。
 折りたたみ式の長机にパイプイス。
 こちらはいつもと同じ、貧相な設備。
「俺はまた、社長が宝クジでも当てて臨時ボーナスでもくれるのかと思ったが、違うようだな」
 大場が、真面目な表情で呟いた。
 久頭見は、うっかり聞いた。
「本当にそう思ったの?」
「ああ」
「え、うそ」
 大場もまた、美形のくせになかなか残念な青年であった。
(そーいえば、バイクが欲しいとか言って、ブランド物のヘルメットだけ買って帰って来たことがあったなー、こいつ)
 久頭見は大場の横顔をねっとり見つめた。
 ボーナスが入れば、バイクの座席くらいは買えるのかも知れない。
 バイクの値段に詳しくない久頭見は、なんだかそう思った。
 つい、臨時収入の度にバイクのパーツをうきうきと買いそろえていく大場を想像してみた。
 きもちがわるかった。
「か、かわいくねえ」
 唐突に二、三歩後じさった久頭見を、大場が怪訝な目でみた。
「おい、資料」
 呆れため息を吐きながら、大場が指差した。
 机の上には、ホチキスで止めた薄い冊子。
 なんだこれ?
 久頭見は冊子を手に取って、パラパラと眺めてみた。
 “企業間における代理武力の制約改定について”
 表紙には、工夫のかけらもない見出しが一文。
 面白くもなさそうな活字と、いくつかのグラフがチラ見えた。
 実につまらなそうだ。
 読むのも面倒くさく、久頭見は隣りの大場へと視線を移した。
 大場は真面目な顔をして冊子へ没頭したまま、苦々しく唇を噛んでいた。
「どした?」
 きょんとして質問した久頭見に、大場は舌打ちした。
「読めよ」
「めんどくせーよ」
 ぎろりと、大場が睨んだ。
 冊子を細く丸めて、久頭見の肩を叩く。
「レンタル兵士制度の根本に関わる問題だぞ、面倒くさいですむか」
「え?」
 久頭見は、まじまじと大場を見詰めた。
 大場の表情筋は、ぴくりとも動かない。
「まさか……レンタル兵士制度廃止……? オレたち、さらに路頭に迷うの?」
「さらにとかゆーな」
 冷静にツッコミつつも、大場は表情を崩さない。
 さすがの久頭見もちょっと不安になって、冊子に目を落とした。
 わりと重要そうな小見出しや罫線の部分だけを拾い読みする。
 学生のころ、他人のテキストやノートを借りてテスト勉強するときに使った手だ。
 自慢じゃないが、おかげで赤点をとったことはない。
 もちろん。
 優秀点をとったこともないが。
「……おい」
 冊子から目を離せないまま、久頭見は大場に声をかけた。
「どういうことだこれ、おかしいぞ?!
 大場は久頭見を横目でチラと見て、すぐまた視線を前に戻した。
 久頭見の側を向きもせずに答える。
「仕方ねえだろ、ご時勢だし」
「だからってレンタル兵士が……!」
 勢い、冊子をくしゃりと握りつぶして、声を荒げてしまった久頭見は、第二講堂内で注目を浴びた。
「私語は慎め! そこの3回生!!
 中年の上官に怒鳴られて、さすがのバカ2人も硬直した。
 レンタル兵士という性質上、民間団体であっても内部の雰囲気は軍隊そのものだ。
 何をされるかと焦ってビクついている2人だったが、上官はそのまま続けて、こう言った。
「今発言にあったレンタル兵士という呼称だが……今後は使用しないよう」
 講堂に、小さなざわめきが起こる。
「企業間の代理戦争は、法改正に伴い廃止となった。以降は規模を縮小、兵器は実弾を禁止。
我々の活動は、個々人の代理戦闘へと目的を移行する」
 突然の宣言に、兵士たちは驚きの声を漏らすのも忘れた。
 個々人の?
 代理戦闘?
 一体それは。
「どういうことだよ……?」
 久頭見がやっとで呟いた簡素な疑問が、その場に居る全ての人間の感想だった。
 全員が全員ぽかんとしている中で、大場だけが凛として挙手をした。
「質問です!」
「何だ」
 上官も皆の動揺を計るように様子を見つつ、大場の発言を許した。
「レンタル兵士という呼称が消滅するとおっしゃいましたが!」
「うむ」
「今後は、何という呼び名になりますか?!
 大場は、世界遺産を発見したかのような真剣なまなざしで、言った。
 言い切った。
 おおまじめ。
 大変すがすがしい、青い春であった。
「そこかい」
 久頭見は、半目であらぬ方向を見ながら、呟いた。
 そして。
 驚いたことに(不幸なことに、というか)、上官は怒りもせずに、とてもファンシーなトーンではっきり答えた。
「ぷりぺいど・あーみー、だ」
「はい?」
 多分、蛇にラインストーンでデコレーションしてやったほうが、100倍は可愛いに違いない。というような、不気味な声だった。
「ぷ、ぷりぺいど?」
 大場が馬鹿みたいに繰り返した。
 すると上官は、ウサギを追いつめたハイエナのような、いやーな笑いを浮かべて言ったもんだ。
「お前たちレンタル兵士、いや、プリペイド・アーミーは、スマホアプリから日割りで買える!」
 見目麗しい大場の端正な顔が、この上なくアホたれな風味に崩れ去った。
 間抜けに顎をかっくと落としたまま、彼は棒読みで呟いた。
「きゃー」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

久頭見 咲地《くつみ さきち》

民間企業レンタル兵士3回生

実戦:未経験

性格:お気楽

スキル:貧乏、筋肉

アイテム:チクワ定食


「ああっ、今日もチクワ定食か……!」

大場 典《おおば てん》

民間企業レンタル兵士3回生

実戦:未経験

性格:冷房完備クズ

スキル:貧乏、筋肉

アイテム:シャケ定食、たまに眼鏡


「謝れ! 貴様、全国の誇り高き大場さんに謝れ!」

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み