過去 その1
文字数 2,647文字
「おーい、今日は何するー?」
広瀬川に集まった幼馴染みの五人は、いつも通りに遊ぼうと考えている。
「でも、白一は駄目じゃん。お前、全然体動かせないんだし」
新島 しげはるが言った通り、鳳凰 白一 は体が弱い。すぐに風邪を引くし、手足も細く折れそうなほど。
「じゃあ今日は俺が戦艦! 白一は陸の要塞役だ!」
「そんなのつまんないよ」
真田 鉄平 の言い出したことに彼は反対した。
「まあ落ち着けお前ら! また川で石集めしよう。何個見つけても誰も怒らないぞ!」
そう言ったのは松山 元治 。彼はこのメンバーでは一番発言権が強く、仲間はそれに従うことに。
「でも白一は、木の下で座ってろよ?」
「はあ……」
元治、しげはる、鉄平はズボンの裾を太ももの高さまで上げると、裸足になってから川に入った。それを白一は、木陰に座って見ていた。
「行かないの?」
寂しそうに座る彼に声をかけた、浅野 夕子 。
「行けないよ」
三人の言ったことは全部、正しい。現に白一は、学校で満足に運動もできないのだ。そんな友達を無理矢理引っ張って無茶をさせて、取り返しのつかないことが起きたら? そう考えると、ここで立ち上がらないで見ていることが正解なのだ。
「夕子は行かないの? 元治が黙ってないんじゃない?」
「白一がいかないなら、あたしも座って待ってる!」
まだ十歳の五人の中には既に友情が存在していた。ただそれ以上に強くあったのは、愛情だ。元治は夕子のことがお気に入り。夕子本人の目の前では見せないが、恋心を抱いている。
体もガッチリしていて頼もしい元治に、気配り上手の夕子はお似合いだろう。
問題は、それが表立っているせいで白一が素直になれない点だ。本当は白一も夕子のことが好き。しかしそれを公言すれば、元治が絶対に黙ってない。
(これでいいんだよ。僕は病弱で、きっと兵隊さんにもなれやしない。でも元治は立派な軍人になって、国を支えることができるんだ)
悔しいことに、既に諦めの感情を抱いていた。そんな負に染まった雰囲気を醸し出している白一のことが心配で、夕子は隣で一緒に座りお手玉をする。
「ねえ白一、ずっとみんな一緒ではいられないのかな?」
「どうだろう……? 僕にはちょっとよくわからない」
夕子の投げかけた質問は哲学過ぎて、早急に白一は匙を投げた。でも実はそんなに深い意味が込められているわけではなく、
「みんな一緒が一番楽しいのにね。あたしは友達がもめてるところは見たくないよ」
ただ、自分たちの友情の厚さを確かめたいだけだったのだ。
数分後、元治が川から上がってきた。
「おい夕子、こっちに来いよ! すごいもの見せてやるぜ!」
呼ばれたからには、行かなければ。一瞬夕子は白一の方を見た。彼が無言で少し頷くと、夕子は立ち上がって元治に駆け寄る。
「なあに?」
「蛙だ!」
手のひらで跳ねた蛙は、夕子の顔に引っ付いた。
「ひえ!」
ビックリして振り払う夕子。蛙もそれに便乗し、草むらの中を逃げて行く。
「もっと面白いのがあるんだよ。こっちこっち」
「でも、白一がひとりぼっちに……」
「いいんだよ。少し放っておいても大丈夫さ!」
強引に腕を引っ張る元治。良いところを見せ、気を引こうと必死なのだ。
「羨ましいな、元治……」
自分にも彼のように、積極的な面があれば。いつもそう思う。元治は白一にとって、恋敵であると同時に憧れの存在なのだ。
白一は床に伏していた。
「ごほ、ごほ!」
咳が止まらない。もしかしたら、結核だろうか? そんな心配が家族の中で囁かれる。
「きっと、大丈夫。白一ならすぐに良くなるから……」
一応医者は、ただの風邪だと診断した。でも体の弱い彼にとっては、それすらも苦しい。
「今日は食べろ、白一! 兄ちゃんの分まで食べて、体を元気にすればいい!」
「あ、ありがと……ごほ!」
気持ちだけでも十分だが、兄は夕飯をちょっと譲ってくれた。布団から上半身を起き上げた状態で、白一はそれを食べる。
(元気に、なれるのかな……?)
家族はみんな励ましてくれたが、自分は希望を見い出せないでいる。もしかしたらこのまま、死んでしまうのではないだろうか。そんな疑問が頭をよぎるのだ。そしてそのせいで、体もどんどん弱っていく。次の晩には、高熱が出たほどだ。
(はあ、死ぬんだね、僕。せめて最期に夕子の顔が見たかった……)
熱くなった体温が、時間の感覚も麻痺させる。もう何時間、いいや何日経っているのだろうか、わからない。そして目を開けると、頭上には夕子の顔が。
「夢……?」
死に際に願望を見ているのだろう、これは幻覚だ。白一はそう思ったのだが、
「しっかりして、白一!」
どうやらそうではないらしい。弱っている彼を見て夕子は涙を流し、それが白一の頬に落ちた。
「夕子……?」
「早く元気になってよ! 白一が学校に来ないとつまらないよ!」
「僕はもう駄目だよ。残念だけど、もう学校や広瀬川には行けそうにないんだ」
「そんなことないよ!」
大きな声を出して、夕子は布団の中にあった白一の手を握った。彼女の温もりが、彼の体に流れ込んでいくのを感じる。
(温かい……)
発熱している自分の方が熱いのに、そう感じた。物理的な熱さではなく、夕子の優しさがそう感じさせているのだ。
「生きて、白一! お願いだから、諦めないで! 元気な姿をもう一度、あたしに見せてよ!」
また、涙があふれた。それで白一は自覚した。夕子は悲しくて泣いているのではない、と。元気になろうという意欲がない自分が、泣かせているのだということを。
(生きなきゃいけない)
そう考えると、勇気が心の中で湧いてくる。
(そうだ。僕は生きなきゃいけない。夕子に悲しい顔なんて、させられないよ!)
心臓が動いている以上、まだ引き返せる。
「生きるよ、僕は」
自然と口が動き、声が出た。瞳に熱意の光が灯った。
「だからお願い、夕子。そんな顔しないで。涙も拭いて」
「白一が、起きてくれたら……」
流石に病床の彼が今起き上がるのは無理だ。でもせめてと思い白一は手を伸ばし、夕子の頭を撫でた。今はこれしかできないが、彼なりに自分の決意を伝えたつもりだ。
夕子もそれをわかってくれて、泣き止んだ。
「お見舞い、ありがとうね。夕子、僕は生きてみせるよ。その勇気と希望をくれた夕子のために!」
時間が遅くなったので、夕子は家に帰った。でも白一の手に残された温もりは消えてない。
そして次の日には、熱は下がる。三日もすれば国民学校に登校できる程度に白一は回復したのだった。
広瀬川に集まった幼馴染みの五人は、いつも通りに遊ぼうと考えている。
「でも、白一は駄目じゃん。お前、全然体動かせないんだし」
「じゃあ今日は俺が戦艦! 白一は陸の要塞役だ!」
「そんなのつまんないよ」
「まあ落ち着けお前ら! また川で石集めしよう。何個見つけても誰も怒らないぞ!」
そう言ったのは
「でも白一は、木の下で座ってろよ?」
「はあ……」
元治、しげはる、鉄平はズボンの裾を太ももの高さまで上げると、裸足になってから川に入った。それを白一は、木陰に座って見ていた。
「行かないの?」
寂しそうに座る彼に声をかけた、
「行けないよ」
三人の言ったことは全部、正しい。現に白一は、学校で満足に運動もできないのだ。そんな友達を無理矢理引っ張って無茶をさせて、取り返しのつかないことが起きたら? そう考えると、ここで立ち上がらないで見ていることが正解なのだ。
「夕子は行かないの? 元治が黙ってないんじゃない?」
「白一がいかないなら、あたしも座って待ってる!」
まだ十歳の五人の中には既に友情が存在していた。ただそれ以上に強くあったのは、愛情だ。元治は夕子のことがお気に入り。夕子本人の目の前では見せないが、恋心を抱いている。
体もガッチリしていて頼もしい元治に、気配り上手の夕子はお似合いだろう。
問題は、それが表立っているせいで白一が素直になれない点だ。本当は白一も夕子のことが好き。しかしそれを公言すれば、元治が絶対に黙ってない。
(これでいいんだよ。僕は病弱で、きっと兵隊さんにもなれやしない。でも元治は立派な軍人になって、国を支えることができるんだ)
悔しいことに、既に諦めの感情を抱いていた。そんな負に染まった雰囲気を醸し出している白一のことが心配で、夕子は隣で一緒に座りお手玉をする。
「ねえ白一、ずっとみんな一緒ではいられないのかな?」
「どうだろう……? 僕にはちょっとよくわからない」
夕子の投げかけた質問は哲学過ぎて、早急に白一は匙を投げた。でも実はそんなに深い意味が込められているわけではなく、
「みんな一緒が一番楽しいのにね。あたしは友達がもめてるところは見たくないよ」
ただ、自分たちの友情の厚さを確かめたいだけだったのだ。
数分後、元治が川から上がってきた。
「おい夕子、こっちに来いよ! すごいもの見せてやるぜ!」
呼ばれたからには、行かなければ。一瞬夕子は白一の方を見た。彼が無言で少し頷くと、夕子は立ち上がって元治に駆け寄る。
「なあに?」
「蛙だ!」
手のひらで跳ねた蛙は、夕子の顔に引っ付いた。
「ひえ!」
ビックリして振り払う夕子。蛙もそれに便乗し、草むらの中を逃げて行く。
「もっと面白いのがあるんだよ。こっちこっち」
「でも、白一がひとりぼっちに……」
「いいんだよ。少し放っておいても大丈夫さ!」
強引に腕を引っ張る元治。良いところを見せ、気を引こうと必死なのだ。
「羨ましいな、元治……」
自分にも彼のように、積極的な面があれば。いつもそう思う。元治は白一にとって、恋敵であると同時に憧れの存在なのだ。
白一は床に伏していた。
「ごほ、ごほ!」
咳が止まらない。もしかしたら、結核だろうか? そんな心配が家族の中で囁かれる。
「きっと、大丈夫。白一ならすぐに良くなるから……」
一応医者は、ただの風邪だと診断した。でも体の弱い彼にとっては、それすらも苦しい。
「今日は食べろ、白一! 兄ちゃんの分まで食べて、体を元気にすればいい!」
「あ、ありがと……ごほ!」
気持ちだけでも十分だが、兄は夕飯をちょっと譲ってくれた。布団から上半身を起き上げた状態で、白一はそれを食べる。
(元気に、なれるのかな……?)
家族はみんな励ましてくれたが、自分は希望を見い出せないでいる。もしかしたらこのまま、死んでしまうのではないだろうか。そんな疑問が頭をよぎるのだ。そしてそのせいで、体もどんどん弱っていく。次の晩には、高熱が出たほどだ。
(はあ、死ぬんだね、僕。せめて最期に夕子の顔が見たかった……)
熱くなった体温が、時間の感覚も麻痺させる。もう何時間、いいや何日経っているのだろうか、わからない。そして目を開けると、頭上には夕子の顔が。
「夢……?」
死に際に願望を見ているのだろう、これは幻覚だ。白一はそう思ったのだが、
「しっかりして、白一!」
どうやらそうではないらしい。弱っている彼を見て夕子は涙を流し、それが白一の頬に落ちた。
「夕子……?」
「早く元気になってよ! 白一が学校に来ないとつまらないよ!」
「僕はもう駄目だよ。残念だけど、もう学校や広瀬川には行けそうにないんだ」
「そんなことないよ!」
大きな声を出して、夕子は布団の中にあった白一の手を握った。彼女の温もりが、彼の体に流れ込んでいくのを感じる。
(温かい……)
発熱している自分の方が熱いのに、そう感じた。物理的な熱さではなく、夕子の優しさがそう感じさせているのだ。
「生きて、白一! お願いだから、諦めないで! 元気な姿をもう一度、あたしに見せてよ!」
また、涙があふれた。それで白一は自覚した。夕子は悲しくて泣いているのではない、と。元気になろうという意欲がない自分が、泣かせているのだということを。
(生きなきゃいけない)
そう考えると、勇気が心の中で湧いてくる。
(そうだ。僕は生きなきゃいけない。夕子に悲しい顔なんて、させられないよ!)
心臓が動いている以上、まだ引き返せる。
「生きるよ、僕は」
自然と口が動き、声が出た。瞳に熱意の光が灯った。
「だからお願い、夕子。そんな顔しないで。涙も拭いて」
「白一が、起きてくれたら……」
流石に病床の彼が今起き上がるのは無理だ。でもせめてと思い白一は手を伸ばし、夕子の頭を撫でた。今はこれしかできないが、彼なりに自分の決意を伝えたつもりだ。
夕子もそれをわかってくれて、泣き止んだ。
「お見舞い、ありがとうね。夕子、僕は生きてみせるよ。その勇気と希望をくれた夕子のために!」
時間が遅くなったので、夕子は家に帰った。でも白一の手に残された温もりは消えてない。
そして次の日には、熱は下がる。三日もすれば国民学校に登校できる程度に白一は回復したのだった。