現代 その3

文字数 1,423文字

「あの時は正直、殴り過ぎたと思った。でも白一は私が手を挙げたことに対し、文句は言わなかったよ」

 元治によって蘇る、七十年前の記憶。祖母の記憶は何も間違ってはいなかった。多分詳しく教えられていなかっただけだろう。

 祖父は幼馴染みと結婚していた。でも直後にその幼馴染みが帰らぬ人となってしまったのだ。

「そんなことが、あの仙台空襲の時にあったんですね……」

 祖父の体験は非常に辛く悲しいものだ。愛する人を、結婚した日に失ったのだから。

「でも、お嬢さんを見て安心したよ。アイツの魂はまだ死んでない。今も白一の血は受け継がれて生きているんだ。そしてそれは、夕子が身を挺してアイツを救ったから」

 しかしあの時に夕子が祖父を救わなかったら、今の五翡はいない。

「いたずらが過ぎるわよ……」

 この話を聞かされた五翡は複雑な心境だった。もしも神様が本当にいるとしたら、相当に手を込んで祖父の人生を創ったに違いない。

 愛する人のために生きたいという希望・勇気。
 愛する人の献身でこの世に残せた命。
 愛する人の死。
 愛する人の最期に見せた意志。

 それらが全て複雑に絡み合っている。どれかが欠けても祖父の人生は成り立たないのだ。
 そして自分の命は、その人がいたために今あるけれど、その人の血は流れていない。

「私は思うんだ。命のドラマは多分、白一と夕子に限ったことじゃない。あの震災の時だってどこかであって、今も地球上の誰かがその真っ最中だ、ってね」

 四年前の東日本大震災でも、この仙台は甚大な被害を被った。その時にも、誰かがまた違う誰かをこの世に繋いだはずだ、未来に紡いだはずだ、と元治は言う。

「話、長くなってしまったね。墓参りの方、しようか」
「そうしましょう」

 本殿を出て、鳳凰家の墓の前に来る。菊の花を供え線香を灯した。墓石を水で洗い、二人は手を合わせて拝む。

「夕子さんの方のお墓はないんですか?」

 浅野家の墓は沿岸部にあったが、震災の大津波で流されてしまったと元治は言う。

「だけどここにはね、慰霊碑があるんだ。私と白一が金を出し合って建てたんだが……」

 墓地の奥の方に案内された。そこには、

「仙台空襲死没者ここに眠る」

 と彫られている。

「夕子の遺体を埋葬した場所だ。夕子はここに眠っているよ」

 五翡は手桶に水を補充し、慰霊碑もきれいに洗った。二人で目を閉じ合掌し、戦没者の霊を供養する。

「夕子さん……」

 顔は知らない。名前も、話を聞くまでは知らなかった人。でも、自分という命にとってすごく大事な人。何故なら彼女がいなかったら、五翡は生まれていないからだ。

 戦後、七十年越しに発見された一発の不発弾がまさか、自分のことをここまで案内するとは、五翡自身が想像できていなかった。まさに焼夷弾が燃え広がるかのごとく、話が飛躍していったのである。
 きっとあの不発弾は、この話……祖父の人生とその幼馴染みの物語を、元治から次の世代に語り継ぐために発見されたのだろう。不思議な運命を感じる。

「あなたが守ってくれた鳳凰家の血と魂、必ず未来に運んでみせます。どうか見守っててください」

 子供の頃に、祖父に生きる意味を抱かせ、その命を育ててくれた人。
 大人になって空襲の時に、自分の命を顧みずに祖父のことを守ってくれた人。
 そんな強い人である夕子の血は、もう未来には紡げない。でも五翡は、夕子の意志を感じ取っていた。彼女の代わりに、鳳凰家を未来に繋げる。
 それを誓って五翡は目を開いた。
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