現代 その2
文字数 2,636文字
「へえ、おじいちゃんにそんな過去が……」
生まれたころに亡くなった、五翡の祖父。その幼少期の話を彼女は今日、初めて聞いた。抱いた率直な感想は、
「素敵な話だわ! 戦時中ってどうしてもマイナスなことばかりに目が行きがちだけど、そういう今と変わらない日常的な生活や恋があったのね」
というもの。
自分の先祖は、体の弱い人だった。でも支えてくれる幼馴染みのおかげでどうにか生きる意志を抱いて立ち上がり、あの激動の時代を生き抜いてみせたのだ。
「愛がなせることだわ!」
祖母は、あの時代は辛かったと何度も言う。でもその辛さ悲しさをどうにか乗り越えようとする人たちのドラマが確かにあって、何なら祖父もその中に登場する役者の一人だった。
「もう今日は遅いから、寝なさいね五翡。明日、お墓参りに代わりに行ってくれる?」
「オッケー任せて!」
ふと時計に目をやると、もう十一時を過ぎている。夜更かしは健康に良くないと学校で教えている五翡がそれをしては示しがつかないので、歯磨きをして就寝した。
朝になってから、
「おばあちゃん、あの話は六緋も知ってるの?」
気になって聞いてみる。すると首を横に振った。どうやら尋ねられたことがないらしい。
「じゃあ教えた方がいいわね」
この素敵な話を弟と共有したい。そんな欲求に駆られた彼女はスマートフォンを手に取って電話帳を開き、六緋に電話をかける。
「もしもし姉さん? 何だい急に?」
「あー六緋? おじいちゃんの話って聞いたことある?」
「………おじいちゃんの? いや、ないと思うけど。それがどうかした?」
墓参りに来れない彼に、伝える。五翡は祖母から聞かされた話を完璧に伝えられるほどに、それを咀嚼できていた。
「爆弾とは関係はないみたいだけど、良い話だと思わない?」
「感動的ではある」
同じ感想を抱いた。やはり二人は姉弟なので、感性が似ているのだろう。
「そうでしょ? あんたに伝えて良かったわ」
それ以外にも、五翡は自分の意見を述べた。
「病弱だった私たちのおじいちゃん、そしておじいちゃんを支えた幼馴染み。きっと大人になって結婚して、幸せになったに違いないわ!」
よくある話だ。
体質ゆえに前向きな考えを持てなかった祖父と、祖父に生きることの意味を与えた幼馴染み。二人には互いを愛し合う素質があったのだろうと簡単に想像できる。
「未来に紡ぐ勇気と希望を与えることができる人と、与えられた想いを治癒に昇華させて未来に繋ぐことができた人……。私たち、そんな人たちの血を受け継いでいるのよ!」
朝からテンションの高い五翡。
だが六緋は冷静で、あることを呟いた。
「でも、一か所変じゃない?」
「何が?」
聞き漏らさず五翡はそれについて尋ねる。彼女は祖母から聞かされた話を忠実に、それこそ嘘臭い創作を入れずに弟に教えたはずだ。
でもその彼が指摘する変な点は、そこではなかった。
「おばあちゃんって、石巻出身だよね? おじいちゃんと結婚して、仙台に来たんだ……よね?」
「あっ!」
そうだ。
祖父は仙台の人だったらしいが、祖母は嫁ぐまでは石巻の人だった。
「え? じゃあ何よ? 幼馴染みはどうなったって言うの?」
「わたしに聞かんでくれよ。どうしてか、なんて、知らないし………」
ここで五翡の頭はこんがらがりそうになった。
まさか、祖父が幼馴染み以外の人を生涯の伴侶に選んだのだろうか? いいや、あり得ない。祖父はそんな人じゃないはずだ。
(でも、そうしていないと私や六緋……いいや父さんが生まれてない)
だが、実際にはそうなっている。
「おばあちゃんはなんて言ってる?」
「聞くの……?」
やましい事情があるかもしれない。昨日教えてくれなかったということは、そういうことなのだろうと察してしまう。そうすると、
「やめておいた方がいいかも……」
もう亡くなっている祖父のことを悪く言いたくない。祖母に批判させたくない。そう感じた二人は同時に呟いた。
だがモヤモヤしたまま、五翡は墓参りに行くことになってしまう。
「どうだったんだろう? おじいちゃんはどうして、話に出てくる幼馴染みと結婚しなかったんだろう?」
一緒にいないといけないほど、強く深い存在ではなかったのだろうか? もしそうなら、祖父の、生きるという決意はハリボテよりも薄っぺらなまがいものだ。二人は確かに、愛を誓い合ったはず。
「そもそもあの幼馴染みが、架空だったりする……?」
祖母はもう八十歳なので、ボケている……色々と記憶が食い違い、勘違いしている可能性も否定できない。文章や写真に記録が残っていない以上、あの話をそのまま鵜呑みにするのは危険だ。
でも、あの美談が冗談だったとは思えない。複雑な心境の中、墓参りの準備は着々と進み、五翡は花屋で菊の花束を購入。後は寺に向かうだけだ。
「線香、マッチ、蝋燭、お花……。手桶と柄杓はお寺で借りるとして、他に必要なものはないわね」
まだお盆のちょっと前であるためか、訪れているのは五翡だけのようだった。彼女は瑞鳳寺の本殿の前まで来ると大きな声で、
「すみませーん! お墓に水をやりたいのですけど……!」
住職を呼んだ。
「はいはい。ちょっと待って……」
現れたのは、もうよぼよぼの男性。多分九十近い齢だろう。でもまだ元気そうである。住職は手桶と柄杓の場所を教え、蛇口を開けてくれた。
その時、五翡と目が合った。
「もしかしてお嬢さん、鳳凰家の人かい?」
「はい、そうですけど……?」
何故わかったのか、彼女にとっては不思議なことだが住職にとっては簡単で、
「白一と同じ目をしているね。だからすぐにわかったよ」
知っている人と同じ瞳をしていたからだ。
「え、おじいちゃんのことをご存知なんですか?」
「ああ。アイツとは幼馴染みだったから」
その他にも何か、知ってそうである。そう踏んだ五翡は、
「私、祖父のこと全然知らないんですけど、教えてくれませんか?」
「もう死んで二十年近くになるからね。若いあんたが知ってるわけがないな。いいよ、上がりなさい。お菓子とお茶を出すから」
頼み込むと了承してくれて、本殿に上げてくれた。
住職は、名前を松山元治といった。
「私には、四人の幼馴染みがいてね、いつも一緒に遊んでいた。私は親が戦死した後、このお寺に預けられてこの道に進んだ。お嬢さんのおじいさんは戦争に行けるほど、体が丈夫じゃなかった。でもそれで幸せだったんだろうね、残る二人は出兵し、帰ってくることはなかった……」
生まれたころに亡くなった、五翡の祖父。その幼少期の話を彼女は今日、初めて聞いた。抱いた率直な感想は、
「素敵な話だわ! 戦時中ってどうしてもマイナスなことばかりに目が行きがちだけど、そういう今と変わらない日常的な生活や恋があったのね」
というもの。
自分の先祖は、体の弱い人だった。でも支えてくれる幼馴染みのおかげでどうにか生きる意志を抱いて立ち上がり、あの激動の時代を生き抜いてみせたのだ。
「愛がなせることだわ!」
祖母は、あの時代は辛かったと何度も言う。でもその辛さ悲しさをどうにか乗り越えようとする人たちのドラマが確かにあって、何なら祖父もその中に登場する役者の一人だった。
「もう今日は遅いから、寝なさいね五翡。明日、お墓参りに代わりに行ってくれる?」
「オッケー任せて!」
ふと時計に目をやると、もう十一時を過ぎている。夜更かしは健康に良くないと学校で教えている五翡がそれをしては示しがつかないので、歯磨きをして就寝した。
朝になってから、
「おばあちゃん、あの話は六緋も知ってるの?」
気になって聞いてみる。すると首を横に振った。どうやら尋ねられたことがないらしい。
「じゃあ教えた方がいいわね」
この素敵な話を弟と共有したい。そんな欲求に駆られた彼女はスマートフォンを手に取って電話帳を開き、六緋に電話をかける。
「もしもし姉さん? 何だい急に?」
「あー六緋? おじいちゃんの話って聞いたことある?」
「………おじいちゃんの? いや、ないと思うけど。それがどうかした?」
墓参りに来れない彼に、伝える。五翡は祖母から聞かされた話を完璧に伝えられるほどに、それを咀嚼できていた。
「爆弾とは関係はないみたいだけど、良い話だと思わない?」
「感動的ではある」
同じ感想を抱いた。やはり二人は姉弟なので、感性が似ているのだろう。
「そうでしょ? あんたに伝えて良かったわ」
それ以外にも、五翡は自分の意見を述べた。
「病弱だった私たちのおじいちゃん、そしておじいちゃんを支えた幼馴染み。きっと大人になって結婚して、幸せになったに違いないわ!」
よくある話だ。
体質ゆえに前向きな考えを持てなかった祖父と、祖父に生きることの意味を与えた幼馴染み。二人には互いを愛し合う素質があったのだろうと簡単に想像できる。
「未来に紡ぐ勇気と希望を与えることができる人と、与えられた想いを治癒に昇華させて未来に繋ぐことができた人……。私たち、そんな人たちの血を受け継いでいるのよ!」
朝からテンションの高い五翡。
だが六緋は冷静で、あることを呟いた。
「でも、一か所変じゃない?」
「何が?」
聞き漏らさず五翡はそれについて尋ねる。彼女は祖母から聞かされた話を忠実に、それこそ嘘臭い創作を入れずに弟に教えたはずだ。
でもその彼が指摘する変な点は、そこではなかった。
「おばあちゃんって、石巻出身だよね? おじいちゃんと結婚して、仙台に来たんだ……よね?」
「あっ!」
そうだ。
祖父は仙台の人だったらしいが、祖母は嫁ぐまでは石巻の人だった。
「え? じゃあ何よ? 幼馴染みはどうなったって言うの?」
「わたしに聞かんでくれよ。どうしてか、なんて、知らないし………」
ここで五翡の頭はこんがらがりそうになった。
まさか、祖父が幼馴染み以外の人を生涯の伴侶に選んだのだろうか? いいや、あり得ない。祖父はそんな人じゃないはずだ。
(でも、そうしていないと私や六緋……いいや父さんが生まれてない)
だが、実際にはそうなっている。
「おばあちゃんはなんて言ってる?」
「聞くの……?」
やましい事情があるかもしれない。昨日教えてくれなかったということは、そういうことなのだろうと察してしまう。そうすると、
「やめておいた方がいいかも……」
もう亡くなっている祖父のことを悪く言いたくない。祖母に批判させたくない。そう感じた二人は同時に呟いた。
だがモヤモヤしたまま、五翡は墓参りに行くことになってしまう。
「どうだったんだろう? おじいちゃんはどうして、話に出てくる幼馴染みと結婚しなかったんだろう?」
一緒にいないといけないほど、強く深い存在ではなかったのだろうか? もしそうなら、祖父の、生きるという決意はハリボテよりも薄っぺらなまがいものだ。二人は確かに、愛を誓い合ったはず。
「そもそもあの幼馴染みが、架空だったりする……?」
祖母はもう八十歳なので、ボケている……色々と記憶が食い違い、勘違いしている可能性も否定できない。文章や写真に記録が残っていない以上、あの話をそのまま鵜呑みにするのは危険だ。
でも、あの美談が冗談だったとは思えない。複雑な心境の中、墓参りの準備は着々と進み、五翡は花屋で菊の花束を購入。後は寺に向かうだけだ。
「線香、マッチ、蝋燭、お花……。手桶と柄杓はお寺で借りるとして、他に必要なものはないわね」
まだお盆のちょっと前であるためか、訪れているのは五翡だけのようだった。彼女は瑞鳳寺の本殿の前まで来ると大きな声で、
「すみませーん! お墓に水をやりたいのですけど……!」
住職を呼んだ。
「はいはい。ちょっと待って……」
現れたのは、もうよぼよぼの男性。多分九十近い齢だろう。でもまだ元気そうである。住職は手桶と柄杓の場所を教え、蛇口を開けてくれた。
その時、五翡と目が合った。
「もしかしてお嬢さん、鳳凰家の人かい?」
「はい、そうですけど……?」
何故わかったのか、彼女にとっては不思議なことだが住職にとっては簡単で、
「白一と同じ目をしているね。だからすぐにわかったよ」
知っている人と同じ瞳をしていたからだ。
「え、おじいちゃんのことをご存知なんですか?」
「ああ。アイツとは幼馴染みだったから」
その他にも何か、知ってそうである。そう踏んだ五翡は、
「私、祖父のこと全然知らないんですけど、教えてくれませんか?」
「もう死んで二十年近くになるからね。若いあんたが知ってるわけがないな。いいよ、上がりなさい。お菓子とお茶を出すから」
頼み込むと了承してくれて、本殿に上げてくれた。
住職は、名前を松山元治といった。
「私には、四人の幼馴染みがいてね、いつも一緒に遊んでいた。私は親が戦死した後、このお寺に預けられてこの道に進んだ。お嬢さんのおじいさんは戦争に行けるほど、体が丈夫じゃなかった。でもそれで幸せだったんだろうね、残る二人は出兵し、帰ってくることはなかった……」