現代 その1

文字数 2,902文字

「父さん、この家はもう狭いよ? 母さんも同じこと感じてるでしょ? それに弟が戻ってきたら、余計に窮屈!」

 そんな文句を呟いたのは、鳳凰(ほうおう)五翡(ゆきひ)。この一家の長女であり、県内の中学校で教師をしている。彼女は夏休み、久しぶりに実家に戻って来た時に自分たちの成長を感じたのだ。

「でもお金がな……」
「私だって働いてるんだよ? 少しくらいなら、出せるわ!」

 パンフレットを見ながら消極的な発言をする父に、五翡はそう言った。今まで住んでいた家に愛着がないわけではないが、両親の老後、自分と弟が結婚して孫を連れて来た時のことを考えると、今住んでいるマンションでは足りない。

六緋(りゅうひ)はなんて言ってるんだ?」
「賛成でしょ、多分」
「確認してないの?」

 母が尋ねてきた。流石に家族に無断で引っ越しをさせるわけにはいかないために、五翡は一人暮らしをしている弟に電話をかける。

「もしもし、六緋? 今年の夏は、秋田から戻って来ないわけ?」
「もう旅行の計画してしまったから、わたしの代わりに墓参りに行っておいてくれない?」
「ああ、わかったわ。って、用件はそうじゃなくて!」
「うん?」

 六緋はてっきり姉が、この夏休みに戻って来ないことを確かめるために電話をしたと思っていた。でも違うのだ。

「あんた、引っ越したいとは思わない?」

 急に話を振ったわけだが、それでも五翡はわかりやすく自分の意見を説明した。彼女としては是非とも、弟の賛成票が欲しい。

「そうだな……。一軒家に引っ越すんなら、いいかも」

 でも五翡が良いと感じた物件は、市内のタワーマンションだ。

「何でよ?」
「だって、そういうのには憧れるよ。今は学生寮だし、姉さんもアパートで暮らしてるでしょう? 広さを求めるなら一軒家一択!」
「値段が違うのよ? 土地を買うことから始めないとだし………」

 ここで五翡は、ある疑問を抱いた。

「そもそも鳳凰家って、土地あるの?」
「さあ? 父さんと母さんに聞いてみたら?」

 説得できなかったし、弟から別のプランを提案されたので、五翡は電話を切る。弟は賛成でも反対でもなかった。

 受話器を置いて、改めて両親に尋ねる五翡。

「うちにはさ、土地ってある?」
「えっと確かな……」

 父、一二三(ひふみ)がそれについて詳しかった。彼は引き出しに仕舞ってあった書類を探し、一枚の地図を見つけ出すと、

「昔はここに家があったんだ」

 と、広瀬川沿いを指した。

「でもそれ、戦前の話じゃなかったっけ……?」

 母、四季(しき)は結婚前にそのことを聞いたことがあったらしく、駄目押しした。戦後はそこには住まなくなったので手放したのだ。

「じゃあ、今はもうないのね……?」

 ガッカリした顔で五翡は言う。

「ま、引っ越しなんてそんな面倒なこと、まだいらないよ。父さんも母さんも今の家で満足してるから。それに狭いだの孫だの云々は、それこそ結婚してから言いなさい」
「はい……」

 すっかり意気消沈し、さっきまでの勢いを失った五翡。テーブルに広げたパンフレットを片付けて自室に戻った。


 スマートフォンが鳴っている。この着信音は家族しか設定していない。今、父も母も家にいるので、電話の相手は一人だけ。

「六緋? どうしたのよ?」
「ああ、姉さん。わたし好みなニュースを見たんだけど、こっちじゃ詳細は全然放送されてなくて。そっちで調べられないかな?」
「何のこと?」

 テレビの電源を入れると、上手いタイミングでそのニュースを報道していた。

 昨日、広瀬川の河川敷で不発弾が見つかったそうだ。既に自衛隊が処理を済ませたらしい。

「仙台の、どの辺なのかを知りたい。多分仙台空襲の時の不発弾なんだろうけど、今頃掘り出された経緯とかも」
「ちょっと私も興味あるわね」

 五翡は壁にかかっているカレンダーを見た。今は二〇一五年八月、太平洋戦争から七十年の月日が流れている。そんなキリの良い節目の年に、かつて空襲を受けた仙台で爆弾が見つかったのだ。社会科の教師である彼女が関心を抱かないわけがない。

「今日は暇だし、現地に行ってみるわ」
「本当? 助かるね、ありがとう!」
「その代わり、お土産ちゃんと買ってきなさいよ? きりたんぽはいらないから!」
「わかってるよ。楽しみにしててくれ」

 連絡の内容は本当にそれだけだった。でもそれで原動力は十分。この土曜日は終日家で涼もうと思っていた五翡は、早速準備をして出かける。

「広瀬川なら、八幡からなら歩いて行けるわね」

 日傘を差して熱い太陽が照る中、彼女は歩いた。
 一口に広瀬川と言っても、その名に違わず長く河川敷も広い。ニュースの映像だけで場所を特定するのは困難だ。

(まずは昨日見た、戦前に家があった場所に……)

 地図を頼りに、そこに向かう。家があったというところはもう道路になっていた。

「あちゃ~。これじゃあ手放したと言うより、立ち退いただわ……」

 しかしそんな思いはすぐに彼女の頭から飛んで行ってしまう。何故なら、規制線の痕跡が近くの河川敷にあったからだ。

「んん?」

 思わず二度見した。そこはニュースで見た場所だ。もっと近づいてみる。何やら穴があり、その周囲が立ち入り禁止になっている。

 ビンゴ。思わず頭の中で五翡は指を鳴らした。
 早速スマートフォンを取り出し写真を撮って、弟に送る。

「まったく米軍も迷惑なサンタだわ、昔の家の近くじゃないのよ! 直撃したら、どうしてくれるわけ?」

 自分でそう言っておいて、心の中で、

「いや、もう家ないのに何文句言ってんのよ、私!」

 とツッコんだ。

 改めて周囲を見回す。今はもう、立派な町で現代の社会を回す歯車の一部になっている。でもかつては木造家屋が並んでいて、そして米軍機が落とした爆弾で焼き払われ、更地になった。
 そう考えると、たったの七十年でここまでよく復興したと感慨深くなる。

「すごいわね……」

 これが日本の技術力だということは、社会を生徒に教えている彼女自身が一番わかっている。そしてこれは授業に使える。そう思ったから、記録に残そうと写真をいっぱい撮った。もっと調べ、生徒たちに教えようとも。

 しかしこの時、彼女は全く感じていなかった。まさかその、七十年越しに見つかった一発の不発弾が、自分を先祖の悲しい過去に巻き込むとは……。


 まずは何を調べようか。悩んだ五翡は、家がここにあったということは、自分の先祖はここで暮らしていたことを考慮し、祖母に聞いてみることにする。あの辛く酷い時代を実際に行き抜いた証人として、一番相応しい相手だ。
 お盆になって、五翡は一人で祖母の家に向かった。話を聞くついでに墓参りも済ませてしまうつもりである。

「ごめんなさいね五翡、おばあちゃんは嫁いでこの地方に来たから、その前の話は詳しくなくて……」
「全然大丈夫よ。おじいちゃんからは何か、聞いてない?」

 祖父はもう二十年近く前に亡くなった。だからこの地で生きていた人の話は聞けないのである。

「そうね…。おじいさんは確かに仙台の人だったかしら? 昔話に出てくる川は広瀬川ばかりで、いつも水遊びしてたみたい……」

 もう何十年前に聞いた話だろうか。それを祖母は五翡に、覚えている限り鮮明に説明した。
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