第1話
文字数 5,033文字
ここは東京近郊の武蔵野にある村山台市。新宿へ急行で30分で行ける京武線沿いの街だ。
ここ数日続いていた長雨が止んで、夜明け前には天気が回復して朝からほぼ雲のない晴天に恵まれ、散歩には持ってこいの日だ。
僕はいつもどおり午後のパトロールに出かけていて、日課のコースを足取り軽く歩いていた。
呑気に空を仰いで見てると飛行機が飛んでるのが見えて一筋の直線の雲を作っていった。
消えてゆく飛行機に見とれていると、心地いいそよ風が吹いて来て僕のヒゲを揺らした。
するとそんなのどかな空気を壊すがごとく、背後からヘビーなプレッシャーを感じた。反射的にそっちを振り返えると、そこに一匹のキジトラの猫が立っていて僕を睨んでいた。
この界隈で、僕と一進一退の縄張り争いをしているオス猫だ。しっぽが半分欠けていて人相も悪い又蔵という名の猫だ。僕とそいつが互いに重心を落としてにらみ合いを続ける間を一筋のつむじ風が吹き抜けていった。
マタ蔵は起源が悪いのか一歩も譲らずつもりがないらしい。ガンの飛ばし合いで見えない火花が散り、僕の背中の体毛が自然に逆立つ。
又造は動きこそ遅いが、歴戦のダメージのせいで両耳とも角がちぎれてしまっているその頭は、とてつもなく堅く頭突きでコンクリートも砕くと噂されている。奴のパンチを避けられたとして、その後に追撃で頭突きを食らったら、ただではすまないだろう。
無言のにらみ合いは収まりどころが見つかぬまま、二匹の視線の衝突は激しさを増してバチバチテンションが上がってゆくばかりだ。もう一触即発はどうにも避けられそうになかった。意を決して遂にやりあうしかないのか・・・・。
肚が決まり先手必勝とこちらから仕掛けそうと動いたその瞬間、ヒリヒリした空気を壊すかの如く、背後から甲高い人間の笑い声が聞こえてきた。
おもわずそちらの方を振り返ってみた。すると声の主は、この辺でよく見かける制服を着た二人の女子高校生だった。二人の少女はおしゃべりに夢中になったまま、僕らの方に近づいてきた。
メガネの少女が膝を折ってしゃがみこむと、手を伸ばして僕の喉元を撫でてきた。僕は彼女の成すがまま撫でられながら、又蔵の方を静かに目で追うと、奴は姿を消していた。あいつは僕と違って、若い人間が苦手なのだ。おかげて助かった。僕はありがとうと言う気持ちを込めて猫なで声を発した。
「にゃ〜ん」
途中そんなんで、二人の間の空気にすこし険悪なものを感じたけど、いつのまにか話に夢中になっているうちにけっこう歩いて来ていて、もう少しで村山台駅という所まで来ていた。
ちなみに彼女たちが話題にしたビルのことは僕も知ってる。
そんな感じでおしゃべりを続けた二人は、もうほどなく村山台駅という地点まで来ていた。このまま次の四つ角を直進すれば駅中央改札入り口のロータリー。または右手に曲がりその道をまっすぐ歩いて行けば100メートルもしないでその右手に噂していた廃墟のビルディングがあるはずだ。
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