第1話

文字数 4,988文字

ここは東京近郊の武蔵野にある村山台、新宿まで急行で30分の京武線沿いの街だ。


昨日まで続いた長雨が止んだ後、今日の朝からはほぼ快晴の天気で、いま僕は午後のパトロールのため日課のコースを足取りも軽く歩いていた。


久しぶりの晴天で、そんな青空を仰いでいると飛行機が飛んで行くのが見えた。青空にひこうき雲の細く白い線が伸びていくのをしばらく見ていた。適度にそよ風が吹いて来てヒゲを揺らした。とにかく散歩には持ってこいの日だった。


 


のどかな空気の中リラックスした僕の意識を刺激するように、後方から嫌なプレッシャーを感じた。そして素早くその方へ振り返ってみると、そこに一匹のキジトラ模様の猫が立っていた。この界隈で僕と一進一退の縄張り争いをしている目つきの悪い猫だ。しっぽが半分欠けていて人相も悪い又蔵という名前のオス猫だった。僕とそいつは地味なにらみ合いのなか二匹のあいだを一筋のつむじ風が吹き抜けていった。


僕と又蔵は一歩も譲らず、そのままガンの飛ばし合いをし続けた。見えない火花が散り、僕の背中の毛は自然に逆立った。


又造は動きこそ遅いが、片方の耳が縮れたその頭は物凄く堅く頭突きでコンクリートも砕くと噂される喧嘩慣れした猫だ。奴のパンチを避けられたとして、その後に追撃を食らった場合、ただではすまないだろう。


 無言のにらみ合いを続ける中、二匹に挟まれた空気はバチバチとボルテージが上がってゆくばかりだ。どうやら今日のヤツの虫の居所は悪いらしい。一触即発はどうにも避けられそうになかった。もうここはやりあうしかないのか・・・・。


僕の肚が決まり前進仕掛けた瞬間、そのヒリヒリした空気を壊すかのように背後から甲高い若い人間の笑い声が聞こえてきた。


 反射的に振り返ると、その声はこの辺でよく見る制服を着た二人の高校生だった。二人の少女はおしゃべりに夢中になってこっちの方に近づいてくる。


「うわぁ〜かわいい!!」

…どうやら僕のことを言っているらしい。
「地域猫かな?この辺りでよく見るよね」
「だね!この黒猫さん名前あるのかなぁ??」

 メガネの少女が膝を折ってしゃがみこむと、手を伸ばして僕の喉元を撫でてきた。僕は彼女の成すがまま撫でられながら、又蔵の方を静かに目で追うと、奴は姿を消していた。あいつは僕と違って、若い人間が苦手なのだ。おかげて助かった。僕はありがとうと言う気持ちを込めて猫なで声を発した。

「にゃ〜ん」

「うわ〜!!なんて可愛いのぅ。欲しいなぁ!ウチに来ちゃう?」
「この子は飼い猫にはならないよ。外猫で生きることを自分で選んでるって目をしてるから」
「そうなの?」

「にゃ〜」

「毎日通ってるんだからいつでも会えるって」
「そりゃそうか。それじゃぁまたね♡クロちゃん♪」
そう言って手をひらひらさせると、少女二人は再びおしゃべりしながら村山台駅方面へ向かって歩いて行った。
「そういえばさ〜知ってる?あの廃墟になってるビルで心霊現象が起きてるって」
「え?どこの話?」
「村山台駅のホームから正面に見える細長い廃墟ビルディングだよ」
「ああそういえば、夜も真っ暗なビルあるよね。たしか廃墟だよね。あれのこと?」
「そう、それ!」
「で、どんな話?」
「うーんとね・・・人によって違う話があるみたいなんだだけど、一番有名なのが夜中に誰もいないはずのビルの中で、赤く光ってる二つの目が見えるっていうやつ」
「それってあれなんじゃない?窓ガラスに映ったネオンとか、通りがかったクルマのテイルライトが反射した光とかじゃないの?ってかそういえば、この前マユカから私もその話聞いた気するわ・・・」
「なーんだ知ってたの?私が聞いたの話は、うちのお姉ちゃんの彼氏の友達がその廃墟に行った時、実際にその赤い目の女の人影らしいモノを見たんだって・・・・」
「それって本人から聞いたの?」
「え?いやぁ・・・お姉ちゃんからのまた聞きだけど」
「怪しいなぁ・・・・にしてもその赤い目って何なのよ?」
「えーと噂だとそのビルでね、ビルの上から飛び降りた女性がいたらしいの。十年くらい前の話らしいんだけど、ビルの管理会社の人がその死んだ現場を見たらしいの・・・。それでその時倒れてた女の人は全身血まみれなわけなんだけど、何よりも恐ろしかったのが・・・・死んでるのに両目が真っ赤に染まってて大きく見開かれたままだったって。目も出血してたのかもだけど・・・・」
「あの廃墟ビルの高さ十階あるかないかだよね。でも確かに飛び降りってあったのかもね」
「うん・・・。それでその飛び降り事件の後いつからか、あのビルで赤い目の幽霊が出るって噂されるようになったんだって。一度その赤い目と目が合ってしまうと、その女の幽霊に憑り殺されてしまうって・・・・」
「それな。それってよくあるパターンな感じ」
「あっヨウコ!そういうこと言うの?馬鹿にしてるとマジで祟られちゃうからね!お念ちゃんもあそこはリアルガチな事故物件だって言ってたもん!事故物件拡散サイトの青島テルミにも書いてるし!」
「祟られるってそういう言葉簡単に使うけどさ、それどうかと思うよ。事故物件っていう言葉はキャッチーで分かりやすいけど、それってさ結局PV稼ぐのが目的じゃないの?人の不安を言葉でたくみに煽るのって、オカルトや似非スピリチュアルで食ってる人たちの定番のやり口だからさ・・・・ってまぁいいや、最後まで聞く。そしてその続きは?」
「えーとねぇ・・・・赤い目を目撃してしまったビル管理人の男性は夢の中で、毎日のように暗闇の中で赤い二つの光を見るようになっちゃったんだって。一晩に何度も悪夢を見るから最終的に不眠症にちゃっちゃって、困り果てたその男性は、ある縁切り神社に行ってお祓い受けたらしいの。でその時相談した神社の宮司さんには、夢の中に出てくる赤い光の正体がそのビルで自殺した無念の女性の地縛霊に違いない!って言われたんだって。お祓いを受けたおかげでそんな悪夢は見なくなったけど、亡くなった女の怨念がさあまりに強すぎるからビルの除霊のほうは残念ながら不可能!って言われたらしくて、結局その男性はビルの管理人の仕事を辞めてしまったんだって」
「いやちょっと待ちなってレイカ、冷静に考えよう。 まずひとつは、本当に自殺した女性がいたかも怪しいよ。十年前の自殺ってさ、あのビルが廃墟になったのって、もっと前のことじゃなかった?なのにビルの管理人がいてその自殺現場を見たってどういうこと?そしてふたつ目は、またメタ突っ込みなっちゃうけど『取り憑かれる』とか『怨念』とか『お祓い』とかのワード全部、さっき言ったようにベタ過ぎるんだよ。どうしても胡散臭さが消えないっててか、私はそこに誰かの思惑が透けて見えてしまう気がするよ」

「お祓いとか祟りとかの何処が胡散臭いの?」
「それじゃ例えば、事故物件住みましたっみたいなYouTuberとか芸人いるでしよ?」
「うん」
「あれなんか逆に祟りなんかないっていう証明をしてるようなもんだよ」
「え?どういう意味?」
「事故物件が怖いて感じるのは、そこで死んだ人の怨念とか生者への逆恨みとか想像してでしょ?」
「まぁそんな感じかな?」
「それ普通の感覚だと思うけど、さわざわざ事故物件を選んで住んでそれをエンタメにしようって人は、別に怖いとも気の毒とも思っていないから出来るんじゃない?。それどころか逆に不遇な死者を利用した自分の知名度とお金が目的でしょ?思うんだけど祟るとするなら自分の死を利用する、そんなヤツが第一候補だと思わん?もし私が事故物件で死んだ怨霊で祟れるんだったなら、間違いなくそいつから最初に地獄に落とす!」
「すげぇ怖いこと言うよなぁ・・・。もしかしてもう取り憑かれてる?たしかに一理あるかもしれないけどさぁ、霊感のない人が気づいてないだけで怨念とか祟りってあるんだと思うよ。この話も確かに胡散臭い噂話かもだけど、煙の立たないところに火が付かないだっけ?とか言うでしょ?」
「それわかるけど、かなりレイカの頭オカルト脳になってない?たしかに今は空前の怪談ブームとからしいから無理もないかもだけど」
「な、なにその憐憫の眼差し・・・。いやいや!そもそもヨウコのほうがさ、ガチってかこういう手の話好きじゃん?いわゆるオカルト系の話ってよっぽど私なんかより詳しいじゃん?だから話したんだけどなぁ・・・」
「いやそれはたしかに好きは好きだけね。ここでオカルト業界の大御所、アラマタ先生のお言葉を借りればさ、現代社会の大量消費されるファストフードみたい消費されるレイワの時代の怪談話の多くが、こすられまくったのテンプレ寄せ集めで、ヒップホップミュージックと同じような作りをしているって言ってるんだよ」
「ラップ?」
「いや、ヒップホップはサンプリングっていう手法を使ってるんだけど、怪談も同じような感じで、過去に受けた怪談話を幾つか見繕って、筋や表現を継ぎ接ぎして新たに作ってるっていう意味。つまり魂のないプラスティックで出来た綺麗な造花や合成樹脂みたいなものだって。受けがいいからって即席的怪談業界人が増えてから仕方ないんだろうけど、いまや実話怪談と言っておきながら、ホラ吹きデマボークみたいな人たちの話にも見境なく手を出して痛い目に遭っちゃう怪談師もいるらしいよ。あとAIで作ってんのに実話とか言ってる怪談師ならぬペテン師もいとか・・・。だからレイカも人から又聞きした話を簡単に信じないほうがいいって」
「そんなこと言ってヨウコのほうこそ怪談とか好きなくせに。オタクっていうかほとんどマニアじゃん」
「もちろんまともな怪談師もいるし、その人たちの話って芯を食ってむっちゃエグ刺さるのしってるよ。ただあたしはなんでもかんでも心霊とか信じてるわけじゃないよ。あと怪談ていう枠でくくってるわけじゃなくて、幽霊や死者が出てくる話ってさ、物語として引き締まるんだよね。時々ガラスの天井突き破ってエモさが限界突破するし」
「言ってることちょっとわかるけど、あーしそのアラマタ先生て何者か知らんし」
「まあそっか、アラマタ先生隠居してあんま表に出ないからね。それは置いておいてさぁ、そもそもオカルトって言うのは、ラテン語で『秘められた』『隠された』っていう意味で、真実や因果が判明しないからこそオカルトなんだよ。だから真相とか因縁とか説明は必ずしも必要ないんだってこと。例えば、その廃墟のビルで自殺した幽霊で間違いないんだよ!って断言したら、もうすでに本質がオカルトじゃなくなるってわけ」
「なんでそんなこと知ってんの?女子高生普通知らんて。てかあたし難しい話は苦手だしさ」
「はいはいごめんごめん・・・あやまるって。てかまあレイカくん、都市伝説とか噂話をそのまま真に受けたらイカンのだよ。それが知り合いに直接聞いたとしても話半分にしてたほうがいいっていう結論」 

途中そんなんで、二人の間の空気にすこし険悪なものを感じたけど、いつのまにか話に夢中になっているうちにけっこう歩いて来ていて、もう少しで村山台駅という所まで来ていた。


ちなみに彼女たちが話題にしたビルのことは僕も知ってる。


 そんな感じでおしゃべりを続けた二人は、もうほどなく村山台駅という地点まで来ていた。このまま次の四つ角を直進すれば駅中央改札入り口のロータリー。または右手に曲がりその道をまっすぐ歩いて行けば100メートルもしないでその右手に噂していた廃墟のビルディングがあるはずだ。

「せっかくだからさぁ、ちょっと近くで見てみない?」
「えっマジで?いまから?」
「実物見てみるのもいいでしょ?ヨウコ実際に見てどう思うか聞かせてよ?そのビルってこっからすぐ近くじゃん。あっちに曲がった先だよね?」
「そういや小さい時にはもうあのビルもう廃墟になってたけど、不気味っていうより変に不思議な存在感あったよね。なんかうーん・・・話に聞いてて気になるっちゃーたしかに気になる」
「でしょでしょ?行ってみようよ」

 そんな感じでヨウコとレイカは、駅ロータリーへまっすぐに進まず、きまぐれな好奇心に突き動かされたか、不思議な力に導かれてしまったのかわからないけど、分かれ道を廃墟ビルディングへ向かって歩いて行くのだった。


To be continued.

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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。紙の本が好きで勉強も得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格のため成績はそこそこ。根はやさしいくリーダー気質だが何事もたししても基本さばさばしているため性格がきついと周りには思われがち。両親の影響のせいか懐疑派だが実はオカルトに詳しい。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。母子家庭で妹が一人いる。性格は温和で素直。そのせいか都市伝説はなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも恐怖耐性はあまりない。

コタロー。村山台の地域猫。ナレーションができる猫である。

赤い目の女。

イケメン警官

ヘリコプターのパイロット

レンジャー部隊のホープ。職務に忠実な若者。

赤い目の女の悪霊

謎の少年

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