第4話

文字数 2,505文字

 俺が自分に秘められた未知の力を暴走させてしまって引き起こした結果が社会的・経済的にどれだけ不味い事なのか。その事について、俺は青空の下で正座させられ、かれこれ一時間ほど説教されていた。慣れない正座で膝から下の感覚はもう完全に無くなっていたが、獣人美女の怒りは一向に収まる気配を見せなかった。彼女は怒りのあまり同じ話を何度も何度も繰り返していたが、内容をまとめると、問題点は主に以下の二つだった。
 第一に、森の木々は貴重な財産だという事。この森は先に聞かされた通りグゼルナット侯爵が治めているが、その所有権は何も土地に限った話では無く、森に住む獣や自生する果実、木々など、そこにある物全てに及ぶらしい。確かに言われてみればその通りな話ではあって、要するに俺は木材という侯爵様の所有物を毀損せしめた不届き者という訳だ。しかも、たかが森の木と思うなかれ、木材は各種建物の建築材や燃料など幅広い用途で用いられる貴重な資源であり、その価値は計り知れない。何でも、森の木一本の値段が彼女が二三か月で稼ぐ金額と同じ位との事。俺がダメにした木は、十本、二十本……数えたくも無いや。
 そしてもう一つ、ゴブリン等『モンスター』を狩るにもその数に上限が決まってるという事。これは最初は正直理解出来なかった。俺のイメージではモンスターは人間の生活を脅かす危険な敵であって、それを沢山倒す事の何がいけないのかわからなかった。優しい優しい獣人さんが言うには、まず彼女達『冒険者』(この呼び名は自称らしい)は『冒険者ギルド』なる組織に加盟している。そしてそのギルドとやらが、領主や商人、街・村の代表などからモンスター討伐やその他諸々の仕事を請け負い、それを冒険者に斡旋する。ここで重要なのは、冒険者ギルドはあくまで冒険者達のための互助組織だという点だ。モンスター討伐を依頼した側からすれば、冒険者が余分に沢山のモンスターを狩る事について文句を言う理由は無い。だが、一人の冒険者が調子に乗ってモンスターを狩りまくるのは、そこに住むモンスターの個体数をいたずらに減少させ、結果的に他の冒険者の仕事を奪う結果に繋がるというのだ。その指摘は目から鱗だった。俺は何となく無意識に、モンスターなんてゲームの敵キャラみたいにどこからともなく無限に湧いてくる物だと思っていたが、現実にはモンスターもまた人の手で管理されている『資源』なのだ。まぁ、純粋に人の役に立つ資源というよりは多分に大人の事情という側面が大きいけど……。
 そんな訳で俺は、こちらの世界に来て早々に、領主と冒険者ギルドという巨大権力に唾を吐きかけた形となってしまった訳だ。全くロックだぜ……いや、ここまで来るとアナーキーと言った方がいいかな。
「いやぁ……ヤバいですね俺。どうしましょう……」俺はすがる思いで獣人に訊ねた。
「こっちが聞きたいわ!本当にどうするんだ!」取り付く島も無いとはこの事だな。実際彼女も、想定外の事態に気が動転してる様だった。もはや出会った時のクールな美女のイメージは無かった。
「とにかく……ここまで派手にやらかしてしまった以上、もはや誤魔化しや隠し立ては考えない事だな。とりあえずギルドに報告するしかない」彼女は頭を掻きむしりながら言った。「街に戻って、起きた事は全てギルドに報告し、指示を仰ぐ。私一人で対処できるレベルじゃ無い」
「街……」
「グゼの街だ。今回のゴブリン狩りもその街からの依頼だった。ここからそう遠くない」なるほど、グゼルナット侯爵が治めるグゼの森があって、そのそばにグゼの街もある、と。
「ついて来い。逃げようなんて考えるなよ」
「わかりました、ええと……」
「エク・チュアフ……エクでいい」彼女はそう名乗ると、足早に歩き出した。
「はい、エクさん……あ、待って、足が痺れて!置いてかないで下さい!!」彼女は、俺を振り返ろうともせずにずんずんと歩いて行った。あぁ、エクさん、まだ怒ってる……。



 グゼの街は、森から一時間ほど歩いた所にあった。周囲を城壁に囲まれた如何にも城塞都市と言った趣のこの街は、狭い道路の両脇に木造や石造の建物が所狭しと並び辺りは糞尿の異臭が漂う、公衆衛生という概念とは無縁の恐るべき場所だった。時間帯のせいなのか人は疎らで、お世辞にも活気のある街という雰囲気では無かった。道のあちこちに汚物が落ちていて、蠅がそこら中に飛び交っていた。日本じゃ嗅いだ事も無い臭いに吐き気すら覚え、俺は我慢がならずに鼻をつまんだ。
「お前も気になるか?私もこの街の臭いは苦手だ」意外な所でエクは俺に理解を示してくれた。まぁ確かに、獣人の嗅覚ではこの街の臭いは辛いだろうな。
そんな街のひっそりとした裏道に、交差した剣と盾のレリーフが描かれた看板を掲げている木造の建物があった。それがギルドの支部だった。その建物は周囲のそれよりやや大きかったが、今にも崩れそうなほどボロボロだった。中に入ると、カビとススの臭いで一瞬気が遠くなりかけた。建物には窓も無かったので、換気もままならないのだろう。薄暗い店内には、最初は人の姿は見えなかったが、来客者の気配を察したのか、奥から一人の禿げた中年男がのっそりと顔を出した。
「何だ、犬っ娘か」男はエクを見て吐き捨てる様に言った。エクの顔が、一瞬痙攣した様に見えた。あぁ、俺はその一言だけで、こちらの世界の悲しい現実を垣間見てしまった気分だった。男の態度には、明らかに獣人に対する差別が見て取れた。そうか、異世界でも差別はあるんだな。いやまぁ、前の世界じゃ同じ人間同士でも肌の色や産まれた国が違うだけで差別し合ってたんだ。ましてや完全に別の種族ともなればそういったものがあっても何ら不思議じゃない。理屈は確かにそうなんだが、それでもやはりそれを目の前に突き付けられると、良い気持ちはしなかった。
「随分早いじゃねぇか。しくじったか?」男は挑発する様に言った。
「ある意味そうだ。アクシデントがあった」エクは努めて冷静を装っていたが、その怒りと苛立ちは俺にも嫌と言うほど伝わって来た……。
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