第5話

文字数 2,671文字

「おめぇの言ってる事は無茶苦茶だ!」
「でも事実だ!」
 ギルドの中年男とエクは、ほとんど怒鳴るような声で言い争っていた。エクも最初はなるべく事実を淡々と喋るように努めていたが、もともと根は感情的な彼女だ、すぐに男のペースに巻き込まれてヒートアップしてしまった。そんな二人を、俺は脇から眺めているしかなかった。俺は正直逃げ出したかった……他人の喧嘩をただ眺めているなんて、拷問でしかないじゃないか。だが、それは不可能だった。理由は単純、他でも無いこの俺こそが、二人が言い争っている原因そのものだから。
「じゃあおめぇは、この、自分がどこから来たかもわかんねぇガキが魔法を使って森を破壊したって言うのかよ?!そんな事ある訳無ぇだろ!」
「ある訳無いと言われたって、実際にあったんだから仕方が無いだろう!!」
「つくならもうちょっとマシなウソをつきやがれ!」男は壁を蹴飛ばして叫んだ。おいやめろ、ボロい建物が倒壊するだろ。「このガキがどこぞの領主様のご子息って言うんなら、そりゃあ魔法だってもしかしたら使えるかも知れねぇけどなぁ!このガキが!そんな風に見えるかってんだ?!あぁ!!」人を見た眼で判断するとは、つくづく嫌な奴だ。しかしそう言われて初めて俺は、自分の格好を振り返ってみた。犬の散歩の途中だったので、服装はカジュアルそのもの。黒のトレーナーにインディゴのジーンズ、白いスニーカー。この服装が何に見えるかと聞かれれば、少なくとも王侯貴族には見えないだろうな……。しかし、領主の子供なら魔法が使えるというのはどういう事だろう?
「だが……!」
「おめぇの言ってる事は埒が明かねぇ!そこまで言うんだったら、今すぐこの場でそのガキが魔法を使って見せろってんだ!」男の指摘は尤もだった。確かに俺が魔法を使える事の最大の証明は、俺が魔法を使って見せる事だ。頭に血が上ってるようでいて意外と的確な意見だ。
「建物が吹っ飛ぶぞ!」エクは慌てて止めようとした。
「へっ、やれるもんならやってみやがれ!」男の方は完全に売り言葉に買い言葉だった。そこまで言われたら、俺としては正直このボロ屋敷を吹き飛ばしてやりたいと思わないでも無かった。
 だが、正直なところ……あの時自分が何をどうしたのか、俺自身でもわからないのだった。あの時はゴブリンに襲われて、俺は死ぬのかと本気で思った。そんな恐怖の感情に心が支配された時に、謎の力が身体に溢れて来て『光』が辺りを破壊し尽くした。だが、あの時の感覚を思い出そうとしても、どうにもあの力が溢れて来る感覚は得られなかった。俺は焦った。俺のせいでエクが嘘つき呼ばわりされるのは我慢がならなかった。だが、どうにもならない……。歯がゆさと不甲斐無さが俺の心にこみ上げて来た。
 そんな時だった。薄暗い建物に、一人の老人が入って来たのは。
「カジモド様……」中年男が老人を見て呟いた。



「カジモド……?」俺はその老人の方に目をやった。白い眉毛に白い顎髭。顔付きはどう見ても後期高齢者といった感じだが、その背筋は下手な若者よりもよっぽどシャキッとしていた。杖を持ってはいたが、足取りも老人のそれには見えなかった。俺はエクの方を見た。彼女は俺と目が合うと、無言で首を振った。彼女も知らない人物らしい。
「呼び捨てにするんじゃねぇ!失礼だろが!!」中年男は、いきなり俺の頭にゲンコツを食らわせて来た。俺の目から火花が飛び散った。
「何すんだ!」口だけならともかく、暴力まで振るって来るならこっちもそれなりの対応をさせて貰うぜ!俺は男に向き合って拳を構えた。
「二人とも止めぬか!」俺達の喧嘩を制止したのは、カジモドと呼ばれた老人だった。腹の底から響いて来た様なあまりにも大きな声だったので、俺は身がすくんだ。エクも中年男もビクッとして老人の方を振り向いていた。俺達が恐怖で黙っていると、カジモド老人は、はっはっはっ、とはつらつに笑い出した。
「驚かせたな、若いの」そう言うと老人は、中年男に殴られた俺の頭を雑に撫でた。「悪いな、お前達の話は聞かせて貰った。おいトム、儂はこいつらと話がしたい。ちょっと外してくれ」
「へ、へぇ……」トムと呼ばれた中年男はちょっと不満そうだったが、この老人には逆らえないらしい。カジモドに軽く会釈をすると、そのまま素直にボロ屋敷から出ていった。これでは俺が殴られ損じゃないか、とちょっと言いたかったけど、流石に自分の今の立場を考えて言葉を飲み込んだ。
「話は聞かせて貰った、って……」エクが怪訝そうに訊ねた。
「言葉通りの意味だ。お前がエク・チュアフか、噂は聞いている。腕利きの獣人冒険者がいるとな」この老人は、人の話を盗み聞きしておいて、悪びれる様子も無い様だった。
「それはどうも。ですが、私はあなたの事を存じ上げません」
「名前はカジモド。立場は、さっきのトムとのやり取りで察しろ。とりあえずはギルドのお偉いさんだとでも思っててくれ」この爺さん、自分で言いやがった。「……で、ケン」
「え、はい!?」急に名指しされて、素っ頓狂な返事になってしまった。
「お前、身体から奇妙な『光』が出て、それがゴブリン共や森を滅茶苦茶にした……そうだな?」
「え、えぇ、まぁ、そうです」
「それが、魔法の力だ」カジモド老人は、目を細めて言った。「お前にはその素養がある」
「でも、俺、あの時何をどうやったか自分でもわからないんです。もう一度同じ事をやろうとしても、さっぱり……」
「それはそうだ。魔法を使いこなすには訓練がいる。恐怖に支配されて力を暴走させるのではなく、己の力を制御する訓練がな」顎髭を撫でながら老人は言った。「お前、自分がどこから来たかもわからないそうだな。その様子だと、この先行く当てもあるまい。ましてや、自分がやらかした事の後始末なんてとても無理だな」
「は……はい」悔しいけど、それは紛れも無い事実だった。
「うーむ……」カジモドは、何事か考え始めた様だった。俺の今後の事を考えてくれているのだろうか?そうだとしたら何故?この老人、何を考えているのか?会ったばかりの人物に事の成り行きを取り仕切られるのは不安しかなかった。しかしそれでも、今の俺は何の身分も地位も無い身の上だ。成り行きに身を任せる以外、どうしようもなかった。
「そうだ!」急にカジモドがデカい声を出したので、俺はまたしてもビクッとした。老人は、俺とエクを交互に眺めてこう言った。
「ケン、お前、エクの元で世話になれ」
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