第7話

文字数 2,860文字

 夕方。カジモドから紹介された仕事のために俺とエクはガンギンという街に向かっていた。そこはグゼから一日でたどり着ける距離ではないので、俺達は道中で野宿する事になった。その時にエクは、魔法の練習で薪に火を付けてみろと俺に言った。俺は、積み上げた薪――森の木の枝を勝手に拾うと泥棒になるので、わざわざ途中の農家から買わないといけないのだ――から十歩ほど離れたところに立った。エクは横から俺の事をジッと見ていた。美女に見られて緊張しながら、俺は魔法の教科書の内容を必死で思い返した。ええと確か、まずは自分の体内のエネルギーの流れを意識する。エネルギー……エネルギー……。前の世界だったらこんな事をやってる奴は、武道の達人かオカルトに傾倒する変人のどちらかだろうが、その時の俺は真剣そのものだった。グゼの森で『光』を放った時の感覚を、一生懸命に思い出そうとした。
 何となくだが、自分の身体の中に、何かがグルグルと循環している様な、してない様な、そんな気がしてきた。下腹部の辺り……いわゆる『丹田』という場所だろうか?いや、俺もそういうのに詳しい訳では無いけど、とにかくそんな感じ。一度自覚出来れば、何となくそれで合ってる気がしてきた。エネルギーの流れを意識出来たら次は、そのエネルギーをコントロールするのだ。丹田に溜まっているエネルギーを、俺は右手に集めようとした。しかし、これがなかなかに難しい。右手に集中しようとして、俺は変に力んだり、指を動かしたりしたが、自分のエネルギーなのにどうにも上手くコントロール出来ない。それでも色々と試しているうちに、少しだけ俺の右手が、淡く暖かい光を放ちだした。
「おぉ」エクが感心の声をあげた。だが、もう少しエネルギーを右手に集めなければ。俺は全身汗だくになりながら意識を右手に集中させた。そうすると右手が放つ光も徐々に強くなり……それはついに、小さな炎になった。今だ!
「イヤーッ!」俺は忍者みたいに奇妙な雄叫びを上げ、右手を薪の方に伸ばした。右手の炎は火の玉となって薪に飛んで行き命中!そのまま薪は少しずつ火の勢いを増し、焚火となって周囲を照らし出した。
「上手くいったじゃないか。初心者にしては悪く無いんじゃないか?」エクは拍手して褒めてくれた。成功は素直に褒めるという彼女の教育方針は大変有難かったが、自分的にはまだまだだな、というのが正直なところだ。小さな火を放つだけでこんなに疲れ果てていてはねぇ。まぁそりゃ、最初から上手くできる訳も無いんだが。俺は額の汗を腕で拭いながら、更なる修練を誓った。



 俺とエクは、焚火を囲んで大麦とえんどう豆の粥をすすった。お世辞にも美味しいとは言えなかったが、この粥はエクが作ってくれたもので、つまり俺にとっては産まれて初めて食べる家族以外の異性の手料理でもあった。そう考えると、この質素極まり無い食事も実に感慨深いものがあった。しかしただ、食事中エクは、全くの無口なのが若干気まずかった。もちろんそれは彼女の性格なのだろうが、前の世界では家庭でも学校でも人と喋りながら賑やかに食事を取るのが当たり前だったので、この沈黙は俺にとっては地味に辛かった。
「なぁ、エク……」
「何だ?」エクがぶっきらぼうに訊き返した。俺は、話しかけてからエクに振る話題を考えた。
「……エクってさ、何で冒険者になろうと思ったの?」
「変な事を訊くんだな」エクは一瞬ちらりと俺の方を見た。「別になろうと思ってなった訳じゃない。他に選択肢は無かった」
「そうなの?」
「そうか、お前はそういう事も知らないのか」俺の質問は、こちらの世界の住人にとっては訊くまでも無い事の様だ。
「じゃあ逆に訊くが、冒険者にはどういう連中がなると思う?」
「どういう?……そりゃあやっぱり、エクみたいに強い人?」
 フ、とエクが一瞬笑った。俺の回答はどうやらハズレの様だ……。
「違う。冒険者というのはな、金も自分の土地も無く、どこにも住む所が無い様な奴が、他にやれる事が無くてなるんだ」
「エクもそうなの?」
「私の両親も冒険者だった。二人ともモンスターにやられて死んだがな」随分と重たい過去をサラリと言ったな……。「冒険者ってのはそういうものだ。冒険者の子が冒険者になる、食いっぱぐれた貧乏人が冒険者になる……。貴族の放蕩息子が趣味で冒険者の真似事をするというのもたまにあるが、それは例外だな。逆に元冒険者でも、上手くやって財を成した奴がこの家業から足を洗うという話も無くは無い。だが、いずれにしてもそんな事はめったに無いな」
「そっか……」うーむ、沈黙に耐えられなくて適当に振った話題だったが、予想以上にシリアスな内容だった。彼女は両親も冒険者で財産も無く、おまけに獣人という被差別種族だ。定住して真っ当な職に就くなんてのは不可能だったのだろう。貧困の連鎖というやつか。そう考えると、彼女がカジモドから与えられた『チャンス』を逃したくないと思うのも自然な事だ。
 俺は、それ以上は何も訊けなかった。エクも何もしゃべらなかった。粥を食べ終わると、そのまま俺達は寝てしまった。



 ガンギンは鉱業を主要産業とする国王直轄領だ。赤茶色の禿山にへばりつく様に作られたその街は、乾燥した風が巻き上げる砂ぼこりと、グゼの街の糞尿の臭いとはまた違う硫黄の様な悪臭が目や鼻を刺激した。エクも口には出さなかったものの、街に入ってからあからさまに瞬きの回数が多くなっていた。やっぱり目が痛いのだろうか。粘土質の地面、枯れた草、木造のあばら家と、目に見える全ての物が茶色く、鮮やかな色彩とは無縁の街だった。そういう目で見てると、そこに住んでいる住人までもが、日に焼けた肌に薄汚れた布切れを纏い、街の色彩に溶け込んでいる様だった。俺とエクは、この街ではあからさまに余所者だった。
 俺はもう、ここのガラの悪い連中に喧嘩でも振られるんじゃないかと内心ビクビクだった。がしかし、エクは流石に歴戦の冒険者だ。この明らかにアウェイな環境でも堂々としてるのは実に頼もしかった。俺達は、ガンギンの街のギルド支部――その場所は事前に連絡を受けていた――に向かって歩き出した。ギルド支部はどこの街でも、グゼの街にあったそれと同じ様に交差した剣と盾の看板を掲げているらしい。言われた場所に行ってみると……。
「あれじゃないか?」
「あれだな」建物のボロさも、グゼの街のものと変わらなかった。
 ギルド支部に入ると、中には痩せこけた六十代位の男がいた。その男もやっぱり茶色い肌、茶色い服……おまけに目も黄ばんで、濁っていた。男はその濁った眼で俺達を一瞥すると、蚊の羽音の様な消え入りそうな声で言った。
「アカースドの冒険者というのは、お前か?」
 エクの顔が、また一瞬ぴくりと引きつった。アカースド?また聞きなれない言葉が出て来たな。意味はわからんが、エクの反応を見る限り、少なくとも良い意味では無さそうだな……。
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