第5話 キッズ・アー・オールライト

文字数 557文字

しかし彼は、悧発に育った。
貧乏が彼を鍛えたのだ。
母親の仕事の都合で街の幼稚園に通っていた彼は、2つの通園手段を与えられた。
弟が前に、彼が後ろに母親の自転車に乗せられた日は気楽だった。
居眠りしてても良かった。
時たま弟とふたり、子供だけで路線バスで通うのは緊張した。
乗り越してはいけない。
「スガジンジャイリグチ」
母親に聞いたバス停を聞き逃さないよう、吐きそうな緊張のなかアナウンスと表示、車窓の景色を頭に叩きこんだ。
そのうちに、途中のすべてのバス停の漢字の読みや、車窓から見える看板の文字を覚えていった。
また、料金表を見て、自然に簡単な計算もしていた。
ちいさな弟が、また自分も怪我をしないように、完全に停車してから席を立つ事を心掛けた。
この時、いわゆる学習癖が付いたようで、テレビの小学生向けの教育番組はだいたい理解出来るようになっていたし、だいたいの常用漢字の読み書きは、幼稚園のうちに出来るようになっていた。
そんな彼を、母親は少し自慢げに扱うようになった。
妙に訳知りで、子供らしくない彼を、周囲の大人たちは「賢い」「良い子」「先が楽しみ」などと褒め、母親はまんざらでもなさそうだった。
これで彼の役割は決まってしまった。
一生、それを演じていかなければいけない。
いや、それが彼の幸せだ。
と、しばらくの間思い込んでいた。
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