第2話 今夜はビッグ・ミス

文字数 658文字

昭和46年6月25日、いよいよその時は来た。
日陰者に相応しく、夜になっていた。
いよいよ、少し外界へ向かって押し出され始めた頃、あの時以来、久方振りに神様の声を聞いた。
「久しぶりじゃのう、元気にしとったかね?」
「アンタ、あれから何もないから、てっきり夢だと思ったよ」
会話が、出来た。
「で、算段は?」
「うむ、わしもこれまで目をかけた奴に同じ救いを差し伸べたんじゃ。しかし、彼奴ら、失敗しおった。どうも、前もってやり方を教えると、緊張するらしいな」
「救いを差し伸べた?きゃつら?こいつ、文法を知ってるのか?まあ、良い。はやくしろ?おれは、どうすれば良い?どんどん押し出されてるみたいなんだ」
「おちつけ、おちつけ。とりあえず、へその緒にしがみつくんじゃ。それから、いよいよと云うときに、わしがドラムロールを鳴らす。それが鳴り止んでからひと息、スリー、ツー、ワン、ジロのタイミングでへその緒から手を離し、四肢を使って両脇の壁に突っ張るんじゃ。そのタイミングで、母親を痙攣させるから」
「わかった、やってみる」
算段通り、ゼロのタイミングで四肢を突っ張る。
「あれっ?」
滑った。
勢い良く、放り出される。
「あなや!」
医者は首を撚った。
おぎゃあ、とひと声、泣いたかと思えば、呆けたように黙っている。
産まれてまもなく、疲れているように見えた。
「ぽかんとした赤ちゃんだな」
うっかり口が滑った。
「あ、いやいや、おかあさん、赤ちゃんも頑張って出て来たんじゃ。優しげな、かわいい子じゃないか」
煙草が吸いたい。
一仕事終えた彼女の、率直な気持ちだった。
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