最終章
文字数 1,044文字
「ふるさとに帰ろう」
そんなふうに、ほぞを固めたぼくはいま、ふるさとの駅のホームに立っている。
古めかしい駅舎を出る。すっかりさびれてしまったアーケード街を歩く。
忸怩たる思いがあった。もちろん、母さんに対する。そのうしろぐらさから、トウキョウで就職して以来、ぼくは一度も、ふるさとの土を踏むことはなかった。だから、六年ぶりのふるさとだった。
てくてくと歩く。記憶をなぞるように、ゆっくり、ゆっくり。
ここは、たしか、デパートがあった場所だったな――ふと、ぼくは立ち止まる。その後先の前で。長く、深く、ため息をついて、ぼくはまた歩き出す。
次第に、甘酸っぱい感情がこみ上げてくる。懐かしくもあり、せつなくもある――複雑な感情がにじんだけしきが、眼差しのむこうにぼんやり見えてきたからだ。
それは、とりもなおさず、かつてりょうさんと偶然に出会い、けれど、すぐに右と左にわかれて、それぞれが、それぞれの道を進んでいった、あの四つ角のけしきにほかならない――。
いまも元気でいるだろうか――四つ角にたどり着いたぼくの脳裏にふと、りょうさんの面影が浮かんだ。
するとそのときだった――。
「ヒマワリ! 危ないから走らないで!!」
だしぬけに、道のむこうから、聞き覚えのある声がした。
え!
思わずぼくは、声のほうに、目をやる。
ヒマワリと呼ばれた、黄色い服を身に纏った女の子。幼くて、なんともいえず愛くるしい――。
その娘が、右手に赤い風船を握りしめながら、道のむこうから駆けて来る。
こらこら、走ったら、危ないよ――見かねて、思わず声をかけてしまいたくなるほど、とても危なっかしい足取りで。
そのうしろから、少女を気づかうように、あたふたと駆けて来る、母親らしき
それをなびかせながら、その女性は、道のむこうから駆けて来る。まちがいなく、彼女だ。そう、りょうさん――。
でも、どうして、ここに……。てっきり、キミはトウキョウで暮らしているものと――心の中でそうつぶやいた瞬間、横断歩道を渡っていた女の子が「あ」と悲鳴のような声をあげた。
はっとして息を吞んだ転瞬、女の子がぼくの眼前ですっころんだ。
あ! ほら、だから――声をかけるより先に体が動いていた。
「大丈夫⁈」
彼女を抱き上げる。手にしていた赤い風船。その瞬間、するりとちっさな手から抜けて、空に昇って、消えてゆく。
それと同時に、ぼくの遠い昔の思い出も、空に、ポツンと消えていた。
〈了〉