第6話 地球がリセットされる日

文字数 9,775文字

ミヒロに会えなかったせいで、帰宅してもなお暗い気分のままだった。僕はクローゼットを開けて剣を取り出した。今日は忘れてはいけないと剣を持ちながらベッドにゴロンと横たわった。剣を手に取ると眠ってもいないのに夢の世界の独特な感覚が蘇ってくる。

(あのあとサノロスは地球に行って人間になった。約百年後に人生を終えて、また月のエントランスゲートに戻って来たのかな。サノロスは地球が住みやすい土地だとわかったら仲間を迎えに来るんだったな)

サノロスについていろいろと思いを巡らしていると、徐々に眠りに落ちていった。剣を手に取ると、不思議と普段より意識が遠のいていくまでの時間が早かった。

「サノロスは戻ってきました」

吹雪の雪山に迷い込んだかと思ったら、寒々しく雪女が現れた。前回は最後に興奮して目が覚めてしまったが、今日こそは冷静を保とうと決意した。

「こんにちは、今日は冷静にあなたから全部聞き出したいと思ってます」
「あなたに話せる限りのことを話すことができますが、あなたが冷静でいることは難しいかもしれません」

初っ端から嫌味を言われて気分を害した。しかし夢の中で腹を立てると目が覚めてしまうので、彼女の言葉に反応せず、サノロスたちの話の続きから聞いてみようと思った。

「サノロスは仲間と一緒に地球に住み始めたんですか?」
「サノロスは地上で肉体を失い、月のエントランスゲートに戻ってきました」
「良かった、地球の楽しい土産話を仲間に伝えたんでしょうね」
「サノロスは仲間たちに地球の情報を持ち帰りましたが、それは仲間たちに大きな失望を与えました」
「失望?」

すると突如場面が変わり、僕は月のエントランスゲート付近に漂っていた。月の近くには三人の宇宙人が待つ宇宙船が待機していた。
その時、地球から一筋の光がスウッと月へ伸びた。サノロスが戻って来たようだ。
ふと周りに目をやると、サノロスと同じような軌跡を描いて、無数の光が地球から月のエントランスゲートへ円弧上に伸びていた。地球で死を迎えた魂が続々と転生のため月のエントランスゲートに戻ってきているのだ。とても神々しく荘厳な様だった。
サノロスが呆然とエントランスゲートで佇んでいるとマテラスからテレパシーで連絡が入った。

「サノロス、やっと見つけました。だいぶ見分けにくくなりましたが、私たちの問いかけが聞こえたようですね」
「ああ、聞こえたよ、だからここに来た。ていうか引っ張り込まれたんだ。いったいどういうつもりだ?」

サノロスの言葉はなぜか以前よりも荒々しかったが、それに怯むことなくマテラスは冷静に経緯を話した。

「あなたは百年後にエントランスゲートに戻る予定でした。しかし、あれから千年ほどの地球時間が過ぎています。私たちの恐れていたリスクが発生しました」

「だからどうした、無礼なやつだ。おまえは誰なんだ? 」

サノロスは千年ほど人間になったことでマテラスのことを忘れてしまったようだ。しかも、あまりに人間臭い荒くれ者の雰囲気に変わっていた。これはつまり、人間を体験したことでサノロスの性格が変わってしまったということだろう。

「サノロス、あなたは地球の記憶が強いようですから、少し思い出すきっかけを与えます。我々は宇宙船で地球までやってきて滞在地の検討中でした。ポイントIVⅡが一万年の洪水期を迎えるため我々は短期滞在地を探していました」
「なぜ私の名を知っているのだ? 星の洪水期? そんなことはわかってる。でも、それどころではなかったのだ、部下たちが私を毒殺したのだ! だから私はすぐさま王の孫として生まれ変わらねばならんのだ。月など経由しなくても、生まれ変わるための最短ルートを見つけたのだ」

サノロスが言うには人間に生まれ変わるゲートは「月」以外にも存在するとのことだ。確かに、地球と月の間を飛び交う魂たちの流れには、毎回月に戻ってくる者たちと、まったく月に戻らず地球の周りを周回しながら出たり入ったりを繰り返す二筋の流れがあった。
なるほど、サノロスは後者のショートカットルートで地球に素早く転生していたのだ。わざわざ百年ごとに月に戻って契約更新しなくても、地球を周回する軌道からすぐに転生できるルートを見つけたのだ。これはゲームで言うところの、裏技みたいなものか。

「このあとの転生で王国を立て直そうとする予定だったのだ。それなのに月まで連れてこられたら、次に人間になるまでの間、別のやつが王になってしまうではないか……。
ん……?
おや、そうか、君はマテラスだったのか、すまない、王国はこっちの話だったな、失礼した、待たせてすまなかった。久しぶりだな」

サノロスが過去の経緯を思い出したようだ。まさに夢うつつの状態から目覚めたように彼の様子が変わった。

「サノロス、地球はリスクが大きいようです。別の星を探しましょう」

「そうかもしれないが、肉体と宇宙船を地球管理者が一万年の間維持してくれるのだ。これは良い取引だ。そして最初に言ったはずだが、地球の記憶を得ることは、我々の星の維持のために役に立つことが直感的にわかったのだ。ここを離れるわけにはいかない」

「しかし、地球の記憶が自らの存在を破壊する可能性もあります。今、それを垣間見ました。あなたが地球の海と呼ばれる場所で彷徨ってるとき、偶然あなたが我々を求めたおかげで、サノロスの周波数をキャッチすることができたのです。さくもなくばサノロス、あなたはどうなっていたことか?」

サノロスは黙ってしまった。実際に彼は人間世界のドラマにどっぷりとつかって、まんまと巻き込まれてしまったのだから何も言い返すことはできなかった。

「君はいいやつだ、私を心配してくれるんだな。でも安心してほしい、地球には確実に我々の星に役に立つ未知のエネルギーがある。現時点でミッションが成功に終わる確率は百%だ。それを手にいれたら星に戻ってみんなで仲良くやろうじゃないか!」

マテラスはサノロスの言葉に激しく混乱したようだ。『いいやつ』だの『仲良くやろう』などという言葉は地球由来であり、人間経験のないマテラスは感覚的にその言葉のニュアンスが理解できなかったようなのだ。

「さあ仲間たちよ、私と一緒に地球に行くか、ここにとどまるかどうする? 一万年は長いぞ。君たちに待てるかな? 君たちが一緒に来れば地球探索の成果も早まるだろうに……」

すると景色が変わり、再び雪女の解説が始まった。

「サノロスが言う通り、裏口ともいえるエントランスゲートが地球の周辺にはいくつも存在します。これは月のエントランスゲートとは異なり、人間体験者たちが仮想的に一時的に作り出したニセモノの契約更新の出入口です」

「なるほど……、でも、どうしてそんなことをする必要があるの? 月のエントランスゲートまで戻ってくれば済む話なのに、なにかメリットがあるの?」

「月のエントランスゲートは正規の転生ルートへの入り口ですが、手続きが面倒なのです。閑散期なら早いですが、繁忙期には順番待ちも発生します。希望通りの人生を初期設定してエントリーするのに百年、二百年待ちの時もあります」

「そうか、だから正規の入り口を通らずに、裏口からエントリーして次の人生をさっさと始めようって魂胆なんだ」

「そうです。しかし、裏口から人間へエントリーした場合は人生の初期設定がうまく働きません。思ってもない出生ポイントに生まれたり、設定にない人生を歩むことが増えてしまうのです。しかも過去の記憶を整理して思い出さないまま次の人生を始めるため、人間体験を始めた当初の目的を失いやすくなります。あなたがたの言葉で言えば、裏口とはまさに裏口入学と同じことなのです」

なるほど、ズルをして入学すると入学してから苦労するのだ。雪女の例え話は毎度僕のツボにはまる。彼女はいったい何者なのだろうか。

「裏口入学のサノロスが当初の目的を忘れてしまったら、ただ欲望のままに地球学校で快楽を追及するだけで卒業できないってわけか」

「地球での人間体験は中毒性が高く、一つの生を終えると多くの人間はとにかく早く生まれ変わりたいと願うのです。これを『人間中毒』と呼びます。例えば裕福な人生を歩んだものは、より裕福な人生を目指し、貧しい人生を歩んだものは、次こそは裕福な人生を目指そうとします。ましてや、サノロスのように一国の王となり物質的快楽の極みを長らく味わうと、人間中毒から抜け出すのは至難の業でしょう」

なるほど、サノロスは王になったのだ。なかなか条件の良い転生先だ。

「もう一つ大きな問題があります。地球が定期的にリセットされてしまうことです」

リセットという言葉は聞き覚えがあった。地球の営業マンが度々話題にしていたからだ。それはもしかしたら地球が初期状態に戻るということだろうか。例えばノアの洪水のような大破局が起きて、地球から多くの生命が消えてしまうという意味だろうか。

「その通りです。それは定期的に起こり、彼ら四人が地球に来たときは、まさにリセットの直後でした」

なるほど、恐竜が滅びた原因も破局噴火か、もしくは隕石が落ちて地球が寒冷化したからだと言われているが、このような種を全滅させるようなイベントが地球では定期的に起こるというわけだ。しかし、リセットが起こればサノロスは死んで肉体を失い、再びエントランスゲートに戻ってくるのだから問題はないはずだ。

「地球がリセットされて文明がなくなると、原始的な生活から地球は再スタートします。ところが先進文明まで生きた人間中毒者は、再び退屈な原始的生活には戻れない、いえ、戻りたくはないのです」

 それは僕も同感だ。今のような便利な生活に慣れてしまったら原始時代のような生活になど戻りたいとは思わない。それは中毒などではなく、ごく自然なことだ。

「そうです。先進文明で得られる快楽・恩恵の物理量を、原始的文明で同じだけ得ることは不可能だからです。そこで人間中毒者は、地球以外の場所で人間体験を始めるため宇宙へ向かいます。月のエントランスゲートどころか、広い宇宙を永遠に彷徨い二度と戻らないのです」

ふと人類の火星移住計画が頭をよぎった。人類が長らく火星に居住の可能性を求めてきたのは自然の流れだったのだ。恐らく人間中毒にかかった人類の支配者層は地球のリセットを知っているのだ。今のうちに火星に拠点を作れば、いつ地球がリセットされても火星で物質的快楽にあふれた先進文明の続きを生きることができると考えたのだ。

「その仮説は間違いではありません。しかし人間中毒者のための場所は未来の火星だけではありません。宇宙には地球のような時空間世界を体験できる星がいくつか存在します。サノロスはまさに中毒者のように、そのような星を探し求めて、永遠に宇宙を彷徨い続けるのです。サノロスは仲間との関係性を永遠に断ってしまうのです」

やはり僕にはまだ理解ができなかった。人間がそこまで楽しい生き物とは思えないのだ。僕がもしもサノロスだったら地球など早々に抜け出すだろうし、可能なら僕が代わりに宇宙船に乗ってやっても良いと本気で思うほどだ。
などと考えていたら、心なしか冷淡な雪女がほほ笑んだように感じた。

「それは不可能なことではありません」

雪女の言葉に僕は耳を疑った、それが本当ならぜひそうしてほしいものだ。受験勉強地獄を脱して、宇宙へ旅立つのだ。

「あなたは本来自由なのです。あなたが今、あなたであるのは、あなたが選択した結果です」
「何を言ってるのかよくわからないけど、だったら早く、宇宙へ連れ出してくれませんか? 」

すると場面が切り替わって、再びサノロスが月から地球へ旅立つ瞬間に立ち会っていた。
どうやら雪女にはぐらかされたようだ。

「マテラス、君たちは一緒に来ないのか?」

サノロスの問いかけに、マテラスが答えた。

「サノロス、私たちがあなたと一緒に地球で人間になってしまえば、故郷の星を管理するものが誰一人もいなくなるリスクがあります」
「そうか、君たち自身も自分を忘れてしまうリスクがあるからな。わかった、では留守を頼む」
「わかりました、我々はここで引き続きあなたを監視し補佐します。なるべくナグラスロッドの周辺に生息するよう努めてください」
「ナグラスロッドか、あれは自由意志を阻害するからな……、まあ考えておく」

サノロスはそういって地球の営業マンの方に向かい、前回と同じように人生の初期設定を済まして、地球へ一筋の光となって消えていった。
サノロスが地球へ向かうとすぐに、マテラスは地球の営業マンとコミュニケーションを取り始めた。

「サノロスとの契約内容を確認させてください」

地球の営業マンはあきれた口調でマテラスに答えた。

「それは構いませんが、契約は本人のみ有効です。他人が途中で変更できませんよ」

営業マンは空中から本のような形をしたホログラムの契約書を取り出し、マテラスに送信した。マテラスは飛んできた契約書を受け取った。それを読み取るやマテラスは落胆した。サノロスはナグラスロッドのことなど人生の設計書にはまったく組み込まなかったようだ。サノロスがナグラスロッドを使わないと決意したということは、サノロスは彼らと地上から交信ができないということを意味した。つまりマテラスたちは、その必要がある場合は自分たちの方から地球をスキャンしてサノロスを見つけねばならず、それは気の遠くなる作業だった。

「お客さん、あなたたちが外から仕掛けをするのは自由ですが、やりすぎると地球で得られるはずの宝物を得られませんよ」

 マテラスは何かを考えているようで黙っていた。

「残念ですが彼が月のエントランスゲートまで戻ってくるのは次の地球リセットの時でしょうな。一度でも裏口を使った者は最後まで裏口を使いますからね」

 それでもマテラスは黙っていた。

「リセットがいつ起こるかは自動制御になってるから予測できませんが、一部の例外を除いて人間が地球を壊すようなリスクが生じた時点でリセットが起きるのです。しかし一万年ほど待てばその間には必ず起こりますよ。人間とはそういうものです」

僕は地球の管理者の言葉に胸を痛めた。自分が管理してるなら、そうなる前にどうにかすれば良いではないかと思った。
マテラスは地球の営業マンとの通信を終了し、宇宙船の仲間と向かい合って三人で話し合った。サノロスは恐らく一万年ほど待たないとここには帰ってこないし、待ったところで再び別の星での人間体験を求めて広大な宇宙空間へ飛び去ってしまう恐れがあった。
サノロスは彼らの星の意思決定役であり、彼らにとってサノロスのいない三人だけで故郷の星で活動するなどということは想像すらできなかった。なぜならサノロスの意思決定は百パーセントの確率で誤りがなく、彼らの星を今日まで大きく進化させてきた功績の多くはサノロスのものだったからだ。しかし、今回だけはサノロスが誤ったと残された三人の仲間たちは確信したようだ。

「サノロスはその後も何度か王という地位につき、新たな生を与えられるたびに、人々の上に立つことを自ら求めました。時代が過ぎてもそれは変わらずに、いつの時代も王や宰相としての地位、名誉、財産を求めて生きました。まさに人間中毒と言っても過言ではない状況に陥りました」

なるほど、仲間たちの悪い予想が当たってしまったのだ。現代で言えば酒と女とギャンブルにおぼれ、借金を繰り返すダメな亭主のようなものだろうか。

「サノロスは意外と困ったやつなんだね……」

僕がそう言った時、心なしか雪女が表情を緩めたような気がした。

「残された仲間たちは、サノロスの気配を探知して宇宙船からモニタリングしていましたが、いつの日か彼の気配は探知できないほどに微弱になりました。彼らの予想通り、サノロスは人間経験を無数に重ねて、サノロスでなくなってしまったのです。そのため、仮に地球のリセットが起きてサノロスがエントランスゲートに強制的に戻ってきたとしても、彼を判別できず捕まえることができない可能性が高まりました」

振り返れば小学生の時の僕は、高校生の僕とは全く違うわけだし、一つの人生の中でも人間はガラッと変わることができる。それを考えれば、人間としての人生を何度も経験すれば、一番最初の自分だった時の性格など消えてなくなってもおかしくはないだろう。
でも、僕は僕だ。自分自身が消えることはない。

「次にサノロスがここへ戻るのは、地球がリセットされる一万年後。実際に彼らは宇宙船で根気よく待ち続けました。サノロスが人間を終える日が来たら決して見失わないように月のエントランスゲートで彼をスキャンしてキャッチし、宇宙船に引き戻さないといけません」

確かにその通りだが、仮に彼らがサノロスに気が付いたとしても、サノロスが彼らの星へ戻る意思がなかったら長らく待っていた意味がない。サノロスは再び火星で人間体験を始めるか、または第二の地球を求めて宇宙を彷徨い続けることになる。もちろん、そうなっても彼らはサノロスのことをあきらめることはしないだろうけど……。

「そこで彼らは、一万年目のリセットを迎えるその直前にサノロスの救出方法を考えました。その方法をとればサノロスが戻ってくる確率が上がると分析結果が出たのです。しかしそれには勇気ある決断が必要でした」

それを聞いて安心した。冷酷な印象だった仲間たちも、やはり仲間のサノロスを助けたいのだ。

「彼らはサノロスと同じように人間になり、彼を救出することを決めたのです」

人間になってサノロスに会って説得するということだとすれば、そんなことができるはずがないし、それは無茶な話だ。なぜなら地球に転生した時点で過去の記憶を全部消去されるからだ。この作戦は失敗したに違いない。

「確かに記憶は消去されますが、生まれる前にあらかじめ人生の設計図を初期設定することができます。彼らはサノロスの住む場所の近くに生まれ変わり、サノロスを権力や物欲から解放し、ともに静かに生きるという人生を初期設定したのです」

確かにそれは可能かもしれないけど、かなり不確定要素があるし、百パーセント確実な方法ではないはずだ。それに彼らの仲間が万が一『人間中毒』になってしまう可能性だって否定できない。

「彼らが中毒に陥る可能性は一%程度でした。なぜなら地球がリセットされる直前は物質的に高度に進化した状況であるため、自ずと多くの人間は物質的価値観に依存しなくなる方向へ進むからです。そのため、中毒から脱する人間たちが増える時期でもあるのです。このような人間中毒にかかりにくい安全なタイミングを見計らって地球に転生する宇宙人たちも多いため、結果として地球の人口が爆発的に増える時期でもあります」

なるほど、リセット直前のタイミングで一回だけの人間体験なら、仲間たちも人間中毒にかかりにくいというわけだ。三人の仲間がよってたかってサノロスを取り囲めば、物質的価値観を解放させることくらいたやすいことだろう。
と思ったら、雪女から意外な言葉が返ってきた。

「サノロスの救出がうまくいく可能性は五十%です」
「へー、思ったより低いんですね」
「ですが、今現在その可能性は八十%まで上がっています。サノロスは既に最後の人生を悟り、考え方を変えつつあります。すべてうまくいきつつあります」
「それは良かった……。って、え? ちょっと待った! 現在? 今、現在って言いましたよね? 」

『現在』というのは、まさに僕が生きている今の時代を指すのだろうか。そういえば世界の人口が爆発的に増えているのも現在の話だ。物質的価値に執着せず持続可能な世界を求める人たちが増えてきているのも現在だ。今の今、現時点で、サノロスは僕と同じ地球上のどこかに生を受けており、人間中毒から脱しようとしてる最中ってことだろうか。

「その通りです」

急に怖くなった。雪女の話してくれたサノロスの物語は、洪水で沈んだと言われているムー大陸やアトランティス大陸の神話の時代でも、聖書のノアの洪水の時代でもなくて今だったのだ。サノロスが地球に降り立ってから一万年後がまさに今だとすれば、地球リセットというのは僕の身にも降りかかる災厄を意味する。そしてヒロトやミヒロ、ヒメたちも、さらには僕の両親や僕の故郷、いや世界に住むすべての人が、地球のリセットを目前に生きてるということだ。これが最初に雪女の言っていた最終列車という意味だったのか。

「その通りです。あなたは自分自身で意味を悟り、そして理解しました。地球のリセットはまもなく起きます。それが起こることが確定したので三人の宇宙人は人間になったのです」

地球のリセットなど起こったら困るのだ。辛い受験を乗り越えれば楽しいキャンパスライフが待っている。両親も言うように、良い大学に出れば良い就職先に恵まれるし、人よりも豊かな人生を送ることもできる。その楽しみを僕は享受できない運命だったとは衝撃だ。

「リセットとともにサノロスは戻ってきます。しかし、まだ確定した未来ではありません」

サノロスが戻ってきても地球が破壊されたら意味がないのだ。サノロスのことよりも僕たち地球人の心配をしろと雪女に言いたかった。それにまもなく起きると言うが、まもなくとはいつなのだろうか。数年という意味なのだろうか。

「我々の時間の概念は状態の変化と同義です。明日かもしれないし、百年後かもしれませんが、それは必ず起こります」

もはや、この話をただの夢の話として片づけることはできなくなった。実際、大きめの地震も頻繁に発生しているし、ここ数年ほど異常気象も続いていたので、地球リセットが本当に起こっても不思議ではない。

「今あなたは最初の第一歩を踏み出しました。歴史を知るということは自らを知ることにもつながります。自らを知ると、次に何をするべきか明確になるでしょう」

次に何をするか……、地球が大破局を迎えるなどという話を聞いてしまったら、未来の話など考える気も失せるというものだ。どうせ終わりなのだから……。

「あなたはあなた自身を知る必要があります。しかし、この先しばらく、我々はコミュニケーションが取れなくなるでしょう。再会するまで、あなたが良い方向に向かうと信じます」

近々大破局が待ち受けているに、雪女はどこか旅行にでも行くつもりだろうか。雪女はいつも具体的ではなかった。今回くらいは親切に、次に何をしたらよいか教えてくれてもよいものだ。それとも、言えない理由でもあるのだろうか。

「あなたは自分で自分に制約を課しているのです。その制約のため、私の言葉はあなたの心に伝わらないように地球によって制御されているのです。これは地球とあなたの契約、つまり地球の制御システムの働きによるものですから、どうしようもないことなのです」

なるほど、雪女はわざと意地悪ない言い方をしているわけではなかったのだ。地球に転生する時に僕は自らの人生に『なぞなぞ』を設定した。しかし、自分が設定した『なぞなぞ』は、他人から直接答えを聞けないというわけだ。つまり、雪女との会話の流れから地球リセットの事実を探り出したように、自分自身で答えを見つけなければならないと言うことだ。

「その通りです。自分で作り出した初期設定の制約に気が付いて自分でそれを外せば、すべてが理解できるようになります。そして自分への制約を外すのは自分しか不可能です。あなたは実際に今一つの制約を外し、地球の未来の可能性を得ました。そして次にすべきことも既にあなたは答えを出しつつあります」

と、言われたところで、思い当たる節も何もないのだが、少々気になるのは、雪女がしばらくコミュニケーションが取れなくなると言っていた点だ。これから大破局が来る前に僕は一人ですべての疑問を解決できるのだろうか。

「ダイスケー、夕御飯だよー」

ふと母の声が聞こえた。強制的に現実に引き戻された僕は、剣を手に持ちながらベッドで寝ころんでいた。学校から帰宅して、そのままベッドでうたた寝をしてしまったのだ。ふと、ヒメから『ミヒロに何か声をかけてあげて』と言われたことを思い出したが、こんな夢を見てしまった今、それどころではなかった。
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登場人物紹介

ダイスケ……受験勉強でストレスをためる高校生。古代史好き。

ヒロト……ダイスケの親友。発想力豊かな楽天家。

ミヒロ……ダイスケの片思いの相手。親が政治家。

ヒメ……ミヒロの親友。強力な霊能力を持ち、アルバイトで巫女をやっている。

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