第14話 武御雷の神

文字数 8,887文字

朝の五時半を過ぎたが、夏の太陽はすでに辺りを明るく照らしていた。境内はシーンとしており、遠くで掃き掃除をする音がした。両側が森のようになった参道を五分ほど歩いて本殿の方に向かうと、年配の女性が玉砂利を竹ぼうきで綺麗に均していた。昨日お弁当を持ってきてくれたヒメのお婆さんだった。

「おはようございまーす」

僕たちが挨拶をすると、お婆さんは振り返ってにっこりとほほ笑んだ。

「若いのに朝早くて感心だねえ。朝の境内は気持ちがいいだろう?」

ヒロトが元気な声で答えた。

「はい、空気がきれいで頭がすっきりします」

「みんな仲が良いんだねえ。勉強の合宿なんてするくらいだからねえ。人生で一番楽しい時期に勉強って、わしゃ信じられないよ」

合宿の本当の理由を伝えたらお婆さんはひっくり返ってしまうだろう。そう思った時、お婆さんは僕が手に持っていた剣に気が付いた。

「それ、その手に持ってるのは刀かい? 七支刀じゃないか」

神職として働いているだけあって日本の歴史には詳しいようだ。でも、これが本当は何物かを説明しても、きっとわかってくれないだろう。

「はい、そうなんですが……、でも、これ刀じゃないんですけどね。はは…」

そう苦笑いしながら返事をすると、お婆さんはさらに感心して僕たちに神社の神事について教えてくれた。

「そう、刀だけど刀じゃないのさ。若いのによく知ってるじゃないか。うちにも夏にそれと似た刀を祀る神事があるけども、昔は刀を使って雷を落としていたのさ」

「雷ですか?」

「そう、雷がたくさん落ちた年は豊作になるって言ってな、刀を田んぼの近くに立てておくと雷がそこめがけて落ちるのさ」

するとヒロトが興味深い話をした。

「そういえば聞いたことがあるよ。雷が水田に落ちると化学反応が起きて水中の窒素が増えるって。窒素は植物の肥料になるから結果として豊作になるんだ」

咄嗟に以前三人を我が家のカフェに呼んだときの母の話を思い出した。僕の住む古民家の以前の持ち主だったお婆さんが『この土地は不作だったことがない』と豪語していたのは祠で祀っていた剣のおかげだったのかもしれない。なぜならそこをめがけて雷を落とすことで田んぼの栄養素を与えることができるからだ。さらに日本の歴史書である古事記には建御雷神という雷の神様が出てくるが、その登場シーンが風変わりなのだ。なんと、刀の上に胡坐をかいて登場するのだが、それはまるで雷が刀に落ちる様子を例えているようだった。
その時だった。まさに頭上に雷が落ちたのごとく夢で聞いた剣の秘密を思い出したのだ。

「思い出した、剣に足りないのは電力だ!」

ヒロトが噴き出した。

「えっ? 電力って、これ電池で動いてんの? まじか! あっははは!」

「よくわからないけど、家の裏でずっと土に埋もれてたから電池切れみたいになってるらしいんだ。雷で充電できるって夢で聞いたんだ」

それを聞いていたヒメがスマホで天気を調べ始めた。

「今日は朝夕は雷がありそうだよ。レーダーを見ると雷雲も近づいてる!」

そういえば、神社に着くまでの車窓から、周りに水田地帯があったことを思い出した。雷は学校のグランドなど何もない広い場所に落ちることが多いから気を付けるようにと、よく親や担任から言われたものだ。水田であれば、まさにその条件に適している。

「近くの田んぼで試してみようよ!」

すると、ヒメが神社の裏の田園地帯まで案内してくれた。

「じゃあ、こっちから行こう!」

ヒメのお婆さんは不思議そうな顔をして、僕たちを見送った。

神社の裏参道を通り裏門から神社の敷地を出た。そこはお土産屋で賑わう表参道の大通りとは違い、静かな水田地帯が広がっていた。稲は青々と健康的に育っており、若い稲穂たちが風に揺られていた。辺り一面がすべて田んぼで、どのあたりに剣を設置したらよいのか迷ったが、田んぼの真ん中あたりに少し盛り上がった空き地のような場所があった。僕たちはあぜ道を通って空き地に忍び込み、剣の柄の部分を土に埋めてまっすぐ天を突くように立てた。あとは、雷が落ちるのを見守るだけだ。

「バスは一時間くらい来ないから、ここに座って待とうよ」

裏参道の鳥居の脇に設置された古びたバス停のベンチに座って雷を待つことにした。そのバス停にはトタンで屋根が貼ってあり、急な雷雨が来てもしのげそうだ。それから二十分くらい大した会話もなく時間が過ぎると辺りは薄暗くなり、先ほどまで遠くに見えた積乱雲はいつのまにか頭上までたどり着いていた。

「来たね」

ヒメの言うとおり、ポツリポツリと雨粒がトタン屋根にあたる音がした。遠くの方で鳴っていたゴロゴロという雷の音も近づいていた。

「あの剣は雷を呼び寄せる性質があるみたいなんだ、きっと落ちてくれると思う」

「心配して農家の人がやってこないうちに急がないとな」

辺りは益々暗くなり、雲の隙間から漏れていた僅かな青空も完全になくなった。雷が近づいてきたと思ったその時だった。ほんの一瞬の出来事だった。一筋の稲光が剣に向かって伸び、ドーンという重低音の大音響とともに目の前にあるすべてのものが真っ白に光った。

「うわあ!」

みんなの叫ぶ声が聞こえた。まるで僕たちに直撃したかと思うほどの強烈な音と光だった。ベンチから立ち上がって剣のある方を見ると、剣は吹き飛んで遠目からは見えなくなっていた。もしもあの場所に人がいたら大事故になったはずだと思ったら顔が青ざめた。

「あれは危ない、夢で言っていた通り、本当に落雷を呼び寄せちゃったんだ。ケガ人が出る前に早く撤収しよう」

間近で落雷を見たのは生まれて初めてのことだったのだろう。他の三人は驚いてポカンとしたまま声が出ないようだった。それくらいすさまじい光景だった。雷雲が通り過ぎるのに五分くらいかかっただろうか、やっと雲の切れ間から青空がのぞき始めた。まだパラパラと小雨が降っていたが、僕たちは小走りで剣を立てかけておいた空き地へ向かった。空き地の真ん中に立てかけておいた剣は、雷の衝撃で空き地の端っこへ飛ばされていた。

「すごいな、剣は無傷だ……」

何気なしに落ちていた剣を手に取った瞬間に、僕はいつもの夢を見ているときと同じ感覚に襲われた。夢が現実で、現実が夢となる、あべこべの世界に一瞬のうちに意識が支配されてしまったのだ。怖くなって『わぁ』と声を上げて剣を投げ捨てた。

「大丈夫かダイスケ!」

ヒロトが心配そうに声をかけて、僕の肩に手をまわした。

「大丈夫? 感電した? 手の辺りが青く光ったように見えたよ」

「ありがとう、体はぜんぜん大丈夫。すごく不思議なんだけど、手に持った瞬間に夢の世界にいたんだ。一瞬で意識が遠くなって……」

その言葉を聞いて僕たちより二、三歩ほど後ろの方にいたヒメも同じようなことを言い始めた。

「これは遺跡で感じたパワーどころじゃないよ。パワーが強すぎて、こんなに離れていても頭がクラクラするもん。ここが今、世界一のパワースポットになってる……」

ヒロトが僕の代わりに剣を手に取ると、ヒロトも何か感じたようだ。

「気のせいか確かに手がビリビリするような感覚がある。よくわかんないけど充電されたってことかな? 」

僕が剣を持つと夢の世界に入ってしまうため、ヒロトに剣を持たせた。僕たちは周りをキョロキョロと確認しつつ足早に田んぼを後にした。
神社の詰め所に戻ると、この恐るべきパワーの剣を前にして一同沈黙して五分ほどが過ぎた。ヒメとヒロトは怯える僕を急かすことはしなかったが、僕の方をチラチラと見ていた。寝不足のミヒロはウトウトしているようだった。このまま眺めていてもどうしようもないし。そろそろ覚悟を決めなければならない。

「ちょっと怖いけど、これから宇宙船を操作できるかやってみる。もしもオレが、おかしなことになったら助けてほしい」

「もちろん、すぐに救急車とか呼んでやるからな」

救急車というヒロトの言葉を聞いて逆に怖くなったが、覚悟を決めた僕は再び剣を手に取った。先ほど手に持った時と同じように、僕は瞬間的に剣の持つ周波数、つまり宇宙船の周波数に支配された。夢を見ているときと同じような感覚に一瞬で切り替わったのだが、不思議なことにヒロトやヒメが周りにいるのは視覚として知覚できた。眠そうなミヒロの様子も見えていた。

「すごい、頭の中では夢の世界にいるのに、現実の世界も見えてる!」

「おお、すごいな!」

ヒロトの声が聞こえたが、でも同時にヒロトとは別の誰かの声が僕にアドバイスをしているようにも感じた。

「気を付けてください。眠りに落ちると宇宙船の操作ができなくなります」

誰だったか聞き覚えのあるこの話し方は雪女、いや、マテラスだった。朝方に見た夢では会えなかったのに、なぜか今、この時だけはそこに彼女がいた。

「眠ってはいけない? みんながいる前で眠るわけないよ。でも、どうして?」

「ここで眠ってしまうと、あなたは地球から離れてしまいます。地球から離れると地球の制御システムが働いて地球に干渉できなくなります。あなたは、地球にいる人間、ダイスケとして、宇宙船を操作しなければ目的は達成できません」

そうだ、地球のルールがあったことを忘れていた。地球は外部からの干渉を一切受け付けない制御システムが働いていたのだ。地球の運命を決定するのはサノロスでなくダイスケでなければならないのだ。

「そうだったね。でもオレは今眠ってないし、こうして、ほら目覚めているよ」

「サノロス、あなたは眠りと覚醒の合間にいます。覚醒の状態を維持するには、継続的に現実からの刺激を受け取ることが助けになるでしょう。あなたの世界でいえば、誘導催眠と呼ばれるものが参考になるでしょう」

「催眠術のこと? 言いたいことはわかるけど、その必要はないよ。ヒロトやヒメ、三人の姿も見え、あれ、いや、見えない、どこに行ったんだ?」

「サノロス、夢も現実なのです。その境界線は明確ではないのですよ」

マテラスの言葉を聞いた瞬間だった、僕の体に衝撃が走った。地震でも起こったかのように、ゆさゆさと体を激しく揺すぶられる感覚だった。

「おい、おい、大丈夫か?」

目が覚めるとヒロトが心配そうに僕の肩をゆすりながら顔を覗き込んでいた。僕はいつのまにか仰向けで寝ており、ヒメもミヒロも僕の顔を覗き込んで心配そうにしていた。何が起こったのかまったくわからなかった。こんなに短い瞬間に眠りに落ちたとでも言うのだろうか。

「ヒロト、オレはもしかして寝てた……?」

「いや、寝てたとかじゃなくて、剣をもって十秒くらいしたらいきなり倒れたから死んじゃったかと思ったんだよ」

ヒロトから自分の様子を聞いて驚いた。わずか十秒で寝てしまったのだ。

「いや、倒れたっていうか……、剣を持った瞬間に眠って夢を見始めたんだ」

ヒロトは信じれらないような顔をして僕を見た。

「寝てただけだったのか。じゃあ起こしてすまなかった! もう一度夢を見てくれ」

「ちがうんだ、夢の中に雪女が出てきて、眠ったらいけないって言われたんだ。眠ったら宇宙船を操作できなくなるらしいから、オレが寝ないように見守っていてほしいんだ!」

とは言ってみたところで、また剣を手にしたら眠ってしまうに違いなかった。そして夢の中で再びマテラスに寝てはいけないと注意され、恐らく延々とそれを繰り返すだろうことは容易に想像できた。するとミヒロが僕に言った。

「じゃあ、みんなで声をかけるから、それに答えるってのはどう? そうしたら眠っちゃうヒマもないでしょ?」

なるほど、僕はマテラスの言葉を思いだした。

「そうか、それだよ! 誰かに誘導してもらえって雪女からアドバイスをもらったんだ」

僕がそう言うと早速それをやろうということになった。僕はみんなの目を見て、始めるよと合図を送り、再び剣を手に取って身構えた。すると早速ミヒロが僕を誘導し始めた。

「今何が見える?」

「今、ミヒロちゃんが見えるよ、でも、不思議なんだ、目を開けているのに、目の前に夢の世界も同時に見える。目で見てるわけではないんだけど……」

「夢の世界には何があるの? 誰かいるの? 」

矢継ぎ早にミヒロから質問が来て眠るスキがなかった。ありがたかった。しかも片思いのミヒロの声のせいか、胸のときめきも眠気覚ましになった。これはうまく行きそうだ。

「宇宙船が近くにある。近くには雪女、いやマテラスがいるはずだ……。あ、あれ? いない、さっきまでいたのに! 」

不思議なことにマテラスの気配を感じることができなかった。

「うん、わかった。ダイスケ君、次は宇宙船の操作について思い出して」

僕は宇宙船の操作方法に焦点を合わせた。すると、今朝夢を見た時の記憶が思い出された。操作方法を直感的に思い出した。

「今、その方法を思い出した」

「すごい! じゃあ、早速宇宙船を操作して宇宙ステーションを守ろう!」

僕は宇宙船と一体になった自分をイメージをした。すると宇宙船から見える景色が僕の脳内スクリーンに映った。

「了解、宇宙船を今、オレたちの頭上にもってくるよ」

その時、僕の言葉を聞いて目を丸くしたヒロトが窓辺まで走っていくのが見えた。

「ダイスケ、この窓から見えるか? 見えるように操作してよ」

僕は目いっぱい地球に近づいたが、これ以上近づくと機体に損傷が加わる可能性を直感で察知した。

「これが限界、あまり近づくと何者かに攻撃されそうな気配がある。でも、地球の何人かは宇宙船に気が付いたと思うよ。五、六人くらいの人間がこっちを見てることが感覚として分かったんだ」

「うぉー! み、見えた、あの白い米粒みたいなのがそうか? 」

「そうそう、オレもヒロトがこっち見てることに気が付いた」

仕組みはまったくわからないが、僕は無機物である宇宙船と完全に一体になっていた。まるで宇宙船が鳥のような生き物であるかのように、宇宙船になった自分が地球上にいる人間の目線を知覚したのだ。恐らくあまり近くまで来ると自衛隊や米軍のレーダーに探知される可能性があったのだろう、同時に危機感も感じていた。僕はレーダー探知から逃れるためのシールドを宇宙船全体に張り巡らせた。すると窓から上空を見ていたヒロトが驚いて叫んだ。

「消えた! すっと消えた! どうなってるの? すげえ!」

すると再びミヒロが僕を誘導しはじめた。

「ところで宇宙ステーションはどうかな? 誰かに狙われていたりするのかな?」

僕は宇宙船から国際宇宙ステーションに意識を移した。宇宙船からシールドを国際宇宙ステーションに飛ばして意識を移すと、中に何人かの人間たちがいることを知覚した。そして、その軌道上に謎の人工物が近づいているような直観を得た。

「宇宙ステーションに何かが近づいてくる。でも、それに乗員たちは気が付いていない」

ミヒロの声が大きくなった。

「それは何かわかる? ミサイルとか何か?」

近づいてくるものに意識を向けると、それは人工衛星だった。しかし、何者かに制御機能をハッキングされて軌道を変更されていたのだ。なぜ宇宙ステーションはそれに気が付かないのだろうか、再び宇宙ステーションに意識をフォーカスした。すると、驚くことに宇宙ステーションもハッキングされており、障害物の探知機能が無効にされていたのだ。

「ミサイルじゃないみたい。何物かが使い古された人工衛星をハッキングして、それを宇宙ステーションに衝突させようとしてる。宇宙ステーションもハッキングされているからそれに気が付かないんだ」

「それを止めることはできますか? 止める方法はありますか?」

僕はそれを阻止する方法に意識を向けた。すると、それは可能であるが、根本的な解決には至らないと直観的に理解した。それは以前にヒメが見た未来と同じだった。衝突を防いでも、また何年か後に同じようなことが起こる未来が待っていたのだ。

「止める方法はあるみたい。でも、それをしても同じようなことが何年後かにまた起こるみたいだよ」

「……、それは何年後かわかるかな?」

未来の様子に意識を向けると、僕の住んでいる古民家が見えた。僕は次の終わりの時には実家にいるようだ。珈琲を飲みながらパソコンで何かを打ち込んでいた。大学は、仕事はどうしたのだろうか。そしてもう一人、家に誰かいるようだが両親ではなかった。
その時、ふと部屋の壁に貼ってあったカレンダーが目に入った。その日付から、今見ている未来は十年後であることがわかった。つまり、今回のテロを阻止すれば十年間は地球の破滅を逃れることができるということだ。

「わかった、それは十年後だ。つまり、今回のテロを防げば十年間は平和なんだ。なぜなら十年後の自分が元気に暮らしている未来が見えたんだ」

「10年もてば十分だよ! 早速、宇宙ステーションの救出作戦を実行しようよ!」

ミヒロに笑顔が戻った。そしてヒロトも緊張した面持ちながらも穏やかな気持ちに変化したことが直感的にわかった。ヒロトは僕を心配そうに眺めながらも、絶対にやってくれるという期待感にあふれていた。不思議なことに、なぜかヒロトの感情が手に取るようにわかったのだ。
さらにミヒロの心の中もわかった。彼女はとても緊張しており、成否は自分の誘導にかかっていると気負っていた。僕を誘導しつつも、僕の体と精神をとても気遣ってくれていた。
面白くなった僕はヒメの心の中も覗いてみた。ヒメは相変わらず剣の波動が強すぎるのか、一人だけ二、三歩ほど後ろに下がって祈りながら様子を見守っていた。彼女は心の中で必死で神様に祈っていた。そしてその思いは明らかにエネルギーとして僕に力を与えていることが直感的にわかった。大きな光の手をイメージで作り出し、僕が夢の世界に落ちないよう守ってくれていたのだ。神への祈りなどというものは現代でこそ単なる迷信として扱われているが、それは人に影響を与える実態あるものとして確実に存在したことが証明された。
ミヒロの声が聞こえた。

「どう? 救出作戦は実行できそうかな?」

再び衝突してくる人工衛星に意識を向けると、それを操作している組織が地球上にあることに気が付いた。その組織にフォーカスを当てると、どこか外国の諜報機関のようだった。様々な情報をスパイを使って取得して、その情報をもとに人工衛星と宇宙ステーションの制御機能をハッキングしていた。

「国際宇宙ステーションに危険を伝えてみる」

僕は宇宙ステーションの乗員に意識を合わせてみた。人間そのものに意識を合わせて、影響を与えようとするのは初めての試みだった。宇宙ステーションの制御機能がオフになっていることを慎重にイメージで送ってみた。すると、その乗員は『はっ』と何かに気が付いたように、システムのモニタの前に移動し、オフになった制御機能をオンに切り替えた。そして、誰がオフにしたのか周りの乗員に確認をし始めたが、だれも知る者はおらず困惑していた。

「異常に気が付いたみたいだ」

ミヒロは続けて指令を出した。

「自分たちが何物かに狙われているって教えてあげることはできそう?」

僕は再びその乗員の脳内に、黒い悪魔のような者たちが狙っているというイメージを送ってみた。すると、乗員は急に怯えたような表情に変わり外部とのネットワークを遮断し、非常用ネットワークに切り替えた。

「ハッキングに気が付いたみたい、いい感じだよ!」

次は衝突してくる人工衛星を避けなければならなかった。宇宙ステーションの軌道を変えるか、または人工衛星の軌道を変えるか。僕が迷っているとミヒロの指令が来た。

「次は人工衛星の軌道を変えてみよう! できる?」

宇宙船の機能を使って軌道計算をしてみると、確かに宇宙ステーションと人工衛星は同じ軌道上で衝突するルートを通っていた。人工衛星にフォーカスを合わせると、外国の古い実験用衛星で既に利用価値のないものであり、もともと海に落下させる予定だったようだ。それを地上からリモートで不正に操作して、落下しないように軌道を徐々に修正していたのだ。
そこで衛星の軌道を変える方法にフォーカスを合わせた。すると二つの合わせ技が同時に思い浮かんだ。まず最初に太陽光を遮って人工衛星の太陽電池を空っぽにさせること。さらに地上のテロ組織からの不正電波を遮断して推進装置をストップさせれば、自然と地球の重力に負けて海に落下することがわかった。

「なんとかできそうだよ。やってみる」

僕は宇宙船のシールド機能を最大限に出力させた。太陽光や地球からの人為的な電磁波を遮断する程度なら非常にたやすいことだ。シールドの種類を吟味し、調合が終わるとそれを球状にして人工衛星に向けて放出した。うっすらと緑色に包まれた人工衛星は、太陽光と外からの電波を遮断されて機能を止めた。これで徐々に軌道は変わって、衛星は海に落ちていくだろう。

「うまくいったみたいだ! 」

「やった! ミッション成功だね!」

ミヒロが喜んでそう言った時、僕の中でテロ組織の連中に猛烈な怒りの感情が芽生えた。なぜこんなに酷いことを平然とすることができるのか理解できなかったのだ。
そこで、彼らの心にフォーカスを合わせてみた。衛星を操作していたその本人は、もとはシリコンバレーの優秀なエンジニアだったようだ。彼は国際情勢に詳しいわけでもなければ、政治ポリシーも確固としたものを持っているわけではなかった。ではなぜこんなことをするのか彼の心の奥を探ると、驚いたことに単に報酬と自尊心のためにこれをやっていたのだ。
次は彼に命令した組織の幹部は何の目的がありこんなことをさせているか探るため、幹部の一人に焦点を合わせると別の場所でゴルフに興じていた。彼は彼の信じるところがあり、このテロ行為自体を全く正当で当たり前の行為だと思っていた。
その背後には彼とその先代たちが長年かけて得て守ってきた様々な資産があり、それにより彼は全世界の半分を動かせるほどの力を持っていた。この支配構造を未来永劫維持するために、このようなことを延々と繰り返す必要があると固く信じていたのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ダイスケ……受験勉強でストレスをためる高校生。古代史好き。

ヒロト……ダイスケの親友。発想力豊かな楽天家。

ミヒロ……ダイスケの片思いの相手。親が政治家。

ヒメ……ミヒロの親友。強力な霊能力を持ち、アルバイトで巫女をやっている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み