第13話 同窓会

文字数 7,041文字

眠りに入ってからどれだけの時間が過ぎただろう。目が覚めると宇宙船にいた。
宇宙船の中は円形のワンフロアになっており、五十人程度なら余裕で入れるほどの広いスペースだった。壁面に沿って均等な間隔を置いて四人の座席があり、恐らく僕と思われる人物、つまりサノロスの肉体が座席をリクライニングさせて横たわっていた。よく見ると、四人とも同じスタイルで座席を倒して横たわっており、抜け殻のようにピクリとも動かずに眠っていた。
ところが、地球での旅を終えた僕は座席に横たわったサノロスの体に戻ろうとしたのだが戻れなかった。肉体に戻るのは簡単なはずだった。肉体の識別コードをただ意識すればよかった。それなのにうまくいかず、一向に体に戻れなかったのだ。
どうにかして戻る方法を考えなければならないと悩んでいると、僕のすぐ隣あたりにすっと何らかの生命体の気配が近寄った。仲間の一人のギーニだった。

「ギーニじゃないか、なぜここにいるんだ」

「サノロス、何を身構えてるんだ、ていうか、まるで地球人みたいだなあ。あはは」

「『あはは』って、君こそ地球人みたいだ」

「この『あはは』はオレのお気に入りの感覚なんだ。この特異なエネルギーを星へ持ち帰って研究するつもりさ」

「それはギーニに任せるけど、オレたちはなぜ肉体に戻れないんだ?」

「サノロス、君は長い間地球にいたから記憶が交錯するのは仕方ないかもしれないけど、オレたちはまだ地球で人間として生きてるんだ」

「そうだったかな? やっと宇宙船に戻って来たと思ったのだけど」

僕はこの時、ダイスケとしての記憶を消失していた。

「地球にいる間は、地球に置いてある肉体とリンクしてる。月のエントランスゲートまで解除に行くか、無理やりにでもリンクを遮断しないとこっちの肉体には戻れないんだ」

ギーニはそう言って宇宙船の窓から見えた地球を指さした。そういえば、ギーニが言うような契約を一万年ほど前に地球の営業マンと交わした記憶があった。

「ギーニ、思い出したよ、ありがとう!」

僕がこの場に来たときは、まるで夢から覚めたような感覚を覚えたのだが、実はさかさまだった。夢から覚めたのではなく、地球で眠りについて夢を見始めた状態だったのだ。なぜか、宇宙船に戻って来たと錯覚したのだが、実際には合宿と称して地球を救うための方法を探しにここへ来たことを思い出した。

「そうだギーニ、君はヒロトだ、ヒロトじゃないか」

「その通り」

しかし、ヒロト以外の仲間を探してみたが見当たらなかった。今まで一連の不思議な夢の中に必ず登場してきた雪女、いや、マテラスもいなかった。

「ところで、マテラスとサーヤがいないけど、どうしたんだろう?」

「サーヤならそこにいるよ」

僕は宇宙船の周囲をぐるっと意識を集中させた。

「なんだ、いたのか、そうかサーヤ、君はヒメだ。でも、マテラスがいない。いつもいるんだけど」

サーヤが笑った。

「マテラスは今少し席を外しているみたい。私もギーニも、そしてサノロス、あなたもマテラスにここへ連れてきてもらったのだけれど、覚えてないのね」

「まさか、オレは目が覚めたら自動的にここにいたんだ」

「さあ、どうだったかな。マテラスが私たちの周波数を見分けて誘導しなければ、宇宙船にはたどり着けないの。地球人であるうちは肉体から意識体で抜け出して自由に行動することは至難の業なの」

僕は今までマテラスを雪女などと呼んで妖怪扱いしていたが、確かに彼女が今まで僕を誘導してくれたからこそ、僕は自分の過去を知ることができたし、仲間たちとこの場で再び会うことができたのだ。

「マテラスは地球と宇宙船を行ったり来たりして、私たちのサポートをする役割なの。それは私たち三人で決めたこと。マテラスがいなければ、私たちは地球で迷子になったでしょうね。」

なぜ、マテラスがその役目に選ばれたのだろうか。その問いにギーニが答えた。

「オレたち仲間が四人そろって星へ帰るためには、マテラスが裏方に回ることが必要だったんだ。仲間の中でもっとも冷静に論理的に物事を分析して対処できるからね。そもそも裏方の仕事ってのは、陰に隠れて誰にもわからないようにうまくやるものだよ」

以前にマテラスは夢の中で僕に話してくれたことを思い出した。僕がなかなか地球から帰ってこないから、仲間三人でそろって人間に転生して僕を救うことを決意したことを。地球がリセットされる前に一度だけ地球に降り、人間中毒になった僕を救うために人間になる作戦だ。この一連の夢も、そしてヒロトやヒメの人生も、全てが僕を救うためのシナリオなのだ。

「君たちには感謝してるよ、おかげでもうすっかり思い出した。これで星に帰ることができる。随分引っ掻き回してしまった。でも故郷の星へのお土産も盛りだくさんあるし、君たちも嬉しいはずだ」

僕が二人に感謝を伝えると、サーヤが僕に言った。

「私だって何度も人間になったら重度の人間中毒にならずに済んだかどうか怪しいと思う。でもサノロスが何度も人間になったおかげで得られたものもあるからね」

ギーニも同じ意見だった。

「オレはここへ来て、すぐにすべてを思い出した。人間中毒は軽症だったと言うことだ。サノロスのように何度も人間になっていたらこうはいかないよ。でもサーヤの言う通り、リスク以上に得るものの方が大きいんだ。いや、オレのヒロトとしての一度だけの人間体験でも収穫は大きいよ。ましてやサノロス、君は地球一万年の卒業生だから大偉業だ」

ギーニの雰囲気も口調も、まるでヒロトにそっくりだった。同一の存在だから当たり前と言えば当たり前なのだが……。

「そりゃそうさ、オレはオレだよ。あはは。さて、計画はもう完了したも同然だけど、君の頭の片隅にはまだ何か引っ掛かりが残っている」

「そうだ、思い出させてくれてありがとう。オレたちは地球を救わなければならないんだ。でも、なぜか夢の世界に来ると地球を救うモチベーションが下がるんだよ……」

「あはは、そりゃ当然。宇宙の片田舎の地球がどうなろうとオレたちには関係ないことだからね。オレたちが星に帰るのに、必ずしも正義のヒーローのような真似はしなくても良いんだけど、君はダイスケに戻ると、どうしてもそれをやりたくなるみたいだ」

地球の大ピンチをギーニが軽くあしらうのも理解できた。夢の中の世界では視界が広がり、大宇宙の中の小さな地球での出来事は、たとえ大規模テロだといえども小さすぎてどうでも良く感じてしまうのだ。

「でも今日は前回と考え方が変わったんだ。地球のピンチを救うことも、また一つ地球での新たな経験を得ることになるからね。別にそれをしなくても良いのだけど、してもかまわないだろ?」

「わかってるよ。地球に残した彼女のことが気になっているんだろう。もちろんオレたちも協力するよ。キミが現生で再び人間中毒に陥る可能性も低いし、オレも地球での友情ってやつをもっと味わってみたいからな」

「うん、頼むよ。オレはもう人間中毒からは完全に脱したよ」

「でも、地球を救うなんて簡単なことだよ。宇宙船からシールドを放出すれば良いだけだ。そんなことも忘れてしまったのか?」

「そ、そうか、そう言われて思い出したよ。思えば簡単なことだった。なぜオレはそんなことまで忘れてしまったのだろう。先が思いやられるよ……」

宇宙ステーションをテロから救う方法を自ら一瞬で思い出した。宇宙船に装備されたシールドと呼ばれる電磁波的な波動制御の仕組みを使えばよかったのだ。しかし、ギーニが促さなければ思い出すことはなかった。記憶障害に陥ってしまったかのように、驚くほどたくさんのことを、しかも僕たちの星では常識だったことを忘れてしまい、僕はこの先が不安になった。

「あはは、心配に及ばない。君は地球でのリンク時間がオレたちよりも少し長かっただけだ。地球とのリンクが切れればもう少し早く思い出せるようになるよ」

確かに地球とリンクしているうちは地球の制御システムの影響を強く受けて、記憶を思い出しにくくなると雪女ことマテラスから聞いていた。しかし、リンクを切ることは死を意味する。

「でも、オレはまだ死ねないよ。少なくとも、地球を救う計画を実行するまではね。すまないけどオレが忘れてることをいろいろと教えてくれよな。では、早速、とりかかろう。とにかく急がなければ間に合わないんだ」

僕は急いで宇宙船の操作パネルに移動した。するとサーヤが焦る僕を横から制した。

「そうそう、忘れているかもしれないけど。地球の物理的な事象を宇宙から直接干渉してはいけないって契約があって。宇宙船から直接それをしようとしても地球の制御システムで防御されちゃうからね」

「そ、そうか、そうだったな。忘れていた。とすると宇宙船からシールドを出すことはできないということか……」

最善の策を思い出すことができて喜んだのも束の間、地球のからくりに行く手を阻まれた。

「でも、地球にいる私たちが宇宙船を操作すれば、それは可能なのよ」

「地球にいるオレたちはただの人間だよ。宇宙船の操作などできるわけがないと思うけど?」

「大丈夫、剣を使えば遠隔で操作できる。剣、つまりナグラスロッドは宇宙船と同じ周波数を出しているから、宇宙船へのショートカットのようなものなの。宇宙船と一体になりさえすれば、あとは感覚で思い出すはず。その方法を教えるから、ちゃんと覚えておいて」

「覚えておくも何も、サーヤ、君が夢から覚めたらそれをすればいいじゃないか」

僕がそう言うとサーヤは困ったような表情でギーニと目を合わせた。

「サノロス、ここは注意して聞いてほしい」

「う、うん、どうしたの? 神妙な顔をして」

「オレとサーヤも君を助けるという最大の目的の達成のため、自分に対して絶対に破れないブロックを初期設定したんだ。そのブロックのせいでオレもサーヤも地球上のヒロトとヒメの体に入ったとたん、今日見た夢のことをすっかりと忘れてしまうんだ」

「そうだったんだ……。でも、どうしてそんな思考のブロックを自分に課したんだ? 」

「オレが地球上でギーニの記憶を少しでも戻したら、君に良い影響を与える確率が極端に減るんだ。実際君はオレを警戒するだろうし、オレに近づいて友達になることもなかったかもしれない。オレもサーヤも、サノロスが一万年かけて作り上げた少々ひねくれた心配性キャラクターの期待に上手に応えるよう、丁寧に愛情深く君を啓発する人間として自分自身を初期設定した。ギーニやサーヤの記憶が入ると、そのキャラを壊してしまうんだ」

僕はギーニの言葉を聞いて心が痛んだ。僕を救うためだけに、僕へ愛情を注ぐためだけに二人はリスキーな人間として地球へ生まれたのだから。

「あはは、恐縮する必要はないよ、時空間に生きる人間の悪い癖だ。君は忘れているけど、オレたちは無限の存在だし、ヒロトの人生なんて一瞬だ。星に戻ってからも長い長い長い冒険が待ってるんだ。永遠だぜ? さあ、作戦を始めよう」

「ありがとう。でも、覚えていられるかな宇宙船を操作する方法」

僕は再び宇宙船内の操作パネルへ移動した。壁面にはシンプルなグレーのパネルが埋め込んであり、パネルに意識を合わせるとそれは白く光り輝いた。同時に宇宙船がまるで自分の体の一部のように感じられた。

「操作は簡単さ。自分が宇宙船そのものになること。オレたちは肉体のような有機物だけじゃなくて、鉄などの鉱物などとも意識を共有できるんだ。マテラスの授業で教わっただろ、それを思い出すことだ」

「そうだったな、もう既に思い出しているよ。とても簡単なことなんだ」

僕はパネルに手を当てて、そのまま頭の中で宇宙船を右へ左へと動かしてみた。すると宇宙船は僕が意図した通り小さく右へ左へと動き出した。このまま宇宙ステーションに向かって宇宙船と同じ波動を高出力でシールド送信して包み込めば、宇宙ステーションを自由に操作できる。簡単に言えば、意識で物体をコントロールするのである。

「ところが、こんな簡単なことが地球に降りるとできなくなっちゃうのよね」

サーヤの言う通りだった。マテラスと花畑で話したとき、知らない花の名前が自然と頭に浮かんだが、夢から覚めたとたんにできなくなった。夢の中ではすべての事象が疑いようのない現実として認識できたのに、地球に戻ると感覚や記憶があいまいになってしまうのだ。

「そうそう、一つ注意点があった。ナグラスロッドは宇宙船と同じ周波数を強力に出してるんだけど、計算すると出力が足りないんだ。長年地中に埋まっていたせいでエネルギチャージ機能が働かなかったみたい。例えば、雷にでも当たれば一時的に出力を上げることができるのだけど……」

「雷だね、了解!」

「ナグラスロッドは雷を寄せる力もあるから扱いには気を付けてね」

「OK、それだけ聞けば十分だよ、ありがとう!」



チュンチュンと鳥の鳴く声が目覚まし時計代わりに優しく耳に入ってきた。ゆっくりと薄目を開けると大広間の障子の隙間から朝の光が漏れていた。少し頭を上げて周りを見渡すと、三人が剣に頭を向けて寝ておりやっと状況を理解した。

「そうだ、夢で見たことを忘れる前にメモをしておかないと!」

そう呟いて、夢で見た内容をスマホのメモアプリに入力し始めた。ところが驚いたことに、夢の中で確かに見聞きしたことが曖昧にぼやけて細部をまったく思い出せなくなっていた。ぞっとした。話の流れはだいたい思い出せるのだが、細かいことが思い出せないのだ。剣を使って宇宙船を操作してテロを防ぐことができるところまでは理解したはずだが、方法が思い出せなかった。絶望のあまり思わずスマホを畳に投げ捨てると、ヒロトが物音に気が付いて目を覚ました。

「ダイスケ、早いな……、ってまだ五時前かよ……」

僕は静かにヒロトの枕元に歩み寄り、布団の横に座って小声で夢の内容を確認した。

「ヒロトおはよう、どうだった? 夢は見た?」

「あぁっー!」

ヒロトは大きな声で叫んだ。

「どうした?」

「まったく夢を見なかった……」

ヒロトの『あっ』という声でミヒロとヒメも目を覚ましたようだ。

「あー、ごめーん、私も夢見なかったよー」

ヒメが残念そうに天を仰ぐと、ヒロトがヒメに声をかけた。

「でもまだ明日もあるし、そのための合宿だから! なんなら二度寝しようぜ!」

ヒロトの言葉で思い出した。確か夢の中でヒロトとヒメは、地球人でいる間は自らの宇宙の記憶を思い出せないようにブロック設定したと言っていたことを。

「ヒロト、ヒメちゃん、二人がどうして夢を見なかったか教えてあげるよ」

僕はその場でさっき見た夢の内容を話した。夢の中で三人が集合したこと、僕たちの計画がうまく行っていることも伝えた。そして、ヒメとヒロトは夢で見た宇宙の世界を決して夢から覚めても思い出せないよう自ら思考にブロックをかけていたことも伝えた。

「まさか、そんな仕掛けがあったなんて……」

ヒメは酷く落胆したが、しかし、それは僕たちの目標達成のために必要なことであり、その理由も最後にすべてがわかるのだと伝えると二人は納得した。

「とすると、ダイスケに期待するしかないってことだな……」

ヒロトの言う通り、結局のところ宇宙の夢を見ることができるのは僕だけであり、僕が記憶していることだけが唯一の手掛かりだ。しかし、困ったことに夢の内容をはっきりと思い出せなかったのだ。何かのきっかけさえあれば思い出せそうなのだが、手がかりも何もない状態では先へ進まなかった。

「とりあえずその宇宙船を操作する方法ってのを見つけるのが先決だね。しかし、宇宙船ですら本当にあるのかどうかわからないし、それを操作するって、想像もつかない話だな」

ヒロトがそう言うと、ヒメが剣を手に取って目を閉じた。

「これを手に持つと体が揺れるくらい強いエネルギーを感じるの。このエネルギーの波動みたいなものを感じようとすると……。なにかを感じるのだけど……。結局何かはわからないのよね……。どうして私は自分にブロックかけちゃったかな……」

ヒメの発した『波動』という言葉から、僕は夢の一端を思い出した。

「そうだ、周波数だ、剣から出てる周波数は宇宙船の周波数と同じで、その周波数に自分を合わせると宇宙船と一体になった感じがするんだ。そうすると、宇宙船は自分が思った通りに操作できるんだ」

「へー、脳波で操作するなんて先進的だな。宇宙船にはハンドルやスイッチは存在しないってことか」

徐々に思いだしてきた。しかし、自分で剣を手に取って集中してみたところで宇宙船を操作している感覚はなかった。何度か試すうちに、この剣だけでは操作できないことを思い出した。

「何かが足りないんだよな。その何かを探さないと宇宙船は操作できない。残念だけど、それがなんだか思い出せない……」

僕たち四人は十五分ほどジャージ姿のまま布団の上に座ってしばらく考えたが何も思い浮かばなかった。ヒロトもヒメも宇宙では僕の記憶を思い出させてくれた当事者だったのに、腕を組んで難しい顔をしているだけで役に立たないのだ。すると今まで蚊帳の外にいたミヒロが口を開いた。

「ごめん、実は緊張してたのか全然眠れなくてさー。今眠くて仕方ないんだー。眠気覚ましに、ちょっと場所を変えてみようよ。早朝の神社ってマイナスイオンですごく気持ち良いいから頭も冴えるはずだよ。みんなで散歩しない?」

ヒメは大賛成して僕たちを案内した。
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登場人物紹介

ダイスケ……受験勉強でストレスをためる高校生。古代史好き。

ヒロト……ダイスケの親友。発想力豊かな楽天家。

ミヒロ……ダイスケの片思いの相手。親が政治家。

ヒメ……ミヒロの親友。強力な霊能力を持ち、アルバイトで巫女をやっている。

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