第13話

文字数 3,286文字

 第十話『二〇四五年十一月二十二日』
 天海守、六十三歳。
 俺は妻と娘二人を連れて、久しぶりに昭文さんの家に行く事になった。今日は娘二人の誕生日でもあり、昭文さんの家で誕生日会をやってくれる。
 娘の照は産まれた時から脳に障害があり、身体も自由に動かせず言葉も上手くしゃべれない。意思表示をするのも難しい。家族は食事、排せつ、寝返り、などの介護に明け暮れる毎日だ。今日の移動も車椅子の(そば)には、万が一の為にと人工呼吸器を備えている。
 言葉では表現が出来ないが久しぶりの外出で照も嬉しそうに観える。

 昭文、六十八歳。
 今日、うちの家に守君が家族を連れてくる。しかし、あの草薙守君が、まさか天海家の婿養子になり、天海の姓を名乗るとは思ってもいなかった。
 天海家とうちは親戚と言っても、曾祖父が兄弟というのだから遠い繋がりだ。しかし、代々、天海一族は血統を重んじている。本家の天海家に血脈が絶えないようにと血縁を大切にしてきた。
 天海一族の各世代の口伝だが天海一族の先祖は遥か昔、二千年以上前の古代から、今でいう関西地方辺りに住んでいて太陽神を信仰する農耕部族だったそうだ。
 やがて、古代の各部族が連合し、太陽神を奉る一人の巫女、つまり、日巫女(ひみこ)を共同でたてた。その後、部族同士の争いが起きた。それが世に言う倭国大乱と言われるものだという。
 そして、大和王権を中心とする連合王国が誕生するのだが、この時点では各豪族は強大な力を持っていた。恐らく、物部氏は各豪族の祭祀、祭器をまとめ上げ三種の神器の原型を作り、天皇家を神格化する事で国をまとめる事に貢献したのだろう。
 部族連合の集まりが天皇を中心とする一つの民族国家になる契機になったに違いない。そして、大和朝廷の成立後に伝えられた歴史では物部氏の祖神が饒速日命(にぎはやひのみこと)となっている。
 饒速日命のモデルになった有史以前の関西地方の古代太陽神こそが、天海一族の先祖の崇敬する神だったというのだ。有名な十種神宝(とくさのかんだから)の原型になった物もあったらしい。古代からの原始的な信仰の象徴だったのだろう。死反玉(まかるかゑしのたま)の絵図を見た事があるが見ようによっては女性器にも観える。天海家に伝わる秘宝の石にそっくりだ。天海家では一万年以上、昔から伝わる秘宝だと言われている。
 どこまで信じていいのか分からない話だ。
 今や二〇四五年。那美のアンドロイドが我が家で生きた人間のように生活している世界だ。
 この二週間、キラキラと輝くように活動する那美のアンドロイドを見ると、まるで違和感がない。那美が生きているように錯覚してしまう。
 ただ近頃、那美の魂が、どんどん消えていく感覚になるのだ。

 天海守、六十三歳。
 那美だ。紛れもない那美だ。呼吸もしている。息遣いも、薫りも、体温も那美だ。那美が立っている。俺を見ている。
『守、歳、とったね。あっ。ごめんなさい。初めまして。えっと、守さんの奥さんの美代さんですね』
「えっ。はっ、はいっ」
 三十九年前に死んだ那美が俺の妻に挨拶をしている。妻も動揺している。やがて、妻のきつい目つきが俺に向けられた。嫉妬か。知るもんか。俺の知った事じゃない。しかし、俺の心臓の鼓動と呼吸が早くなっているのが自分でも分かる。落ち着かなくては。
「あっ。あのぉ。那美ぃ。さん。あの、この二人、うちの娘。明と照」
 俺は平静を装ったが声が上ずっているのが自分でも分かる。
『こんにちは。お会いできて嬉しいわ』
 まるで、生きているように振る舞う那美のアンドロイドと接していて違和感は全くない。しかし、何だか今まで俺の中で生きていた那美が死んでいくような気がした。
「あっ。とにかく、奥へどうぞ」
 昭文さんにうながされて居間に通された。
 居間には昭文さんの娘さんの光子さんと旦那さんの木村精一さんも居た。光子さんはニムロデ社の社員で那美のアンドロイドを作ったチームリーダーらしい。旦那さんの精一さんも研究者だと聞いている。
「こんにちは。どうも、お久しぶりです。あっ。明さんと照さんですね。初めまして」
 光子さんは、うちの娘達とは初めての対面だ。
 光子さんにはアンドロイドの事とか聞いてみたい事が沢山あった。例えば、アンドロイドは那美と同じ感情を持っているという。今の状態の自分自身をどう感じているのだろう。そうだ。
 いつか、那美が話していた死反玉(まかるかゑしのたま)の事を、このアンドロイドに、聞いてみよう。
「あのぅ。那美ぃ、さんに、聞いてみてもいいですか。あのう、昔、那美さんが言っていた、死反玉を信じてますか。人って、蘇ると思いますか」
「あなた、ぶしつけに何よ」
 妻の美代が俺の腕を引っ張る。那美のアンドロイドは黙ったまま動かない。光子さんが笑顔で答えた。
「ごめんなさい。実は那美さんのアンドロイドは、まだ、完璧ではないんです。一番の課題が、命の問題。この部分の思考回路に触れるとフリーズするように設定しているんです。命というデリケートな問題を既に亡くなっている人間の思考回路に質問すると、今の自己否定にも繋がりかねないので。過去の実験でアンドロイドが自殺しかけた事があったんです」
「あっ。すみません。無神経な事をして」
 俺は謝りながら、実は安心していた。やっぱり、アンドロイドは生命ではなかった。だが、動かなくなった抜け殻の人形を観ていると那美の魂の柩のようで哀しかった。
「死反玉ならありますよ。あっ、あのぅ、天海家では、そう伝えられている秘宝ですが」
 明が照の車いすから絹の布を取り出し、中から黒い玉を出して言った。
「わぁ。私、初めてなんです。噂の天海家の秘宝ですよね」
 光子さんは初めて見る石に大喜びだ。そうだ。光子さんに石の成分を分析してもらいたいなぁ。そうもいかないか。二千年だか一万年だか知らないが天海家で代々受け継がれている秘宝だから。謎は謎のままが良いんだろうなぁ。
「わぁぉ、あぁぉ、あぁぉ」
 静かだった照が何か叫び出した。時々は有る事なのだが何だろう、何かを求めているようだ。
「あっ。はいっ」
 明が照に石を手渡した。明は照と会話が出来る。産まれた時から二十七年間、一緒に居る双子だからな。
 右手に石を握りしめた照が、左手で動かない抜け殻のアンドロイドの手を握っている。
「今、動かしますから」
 光子さんがアンドロイドの耳の後ろをいじっている。出来れば俺は、このまま、あの抜け殻の人形が動かず、那美に似た言葉を喋らないでいて欲しい。
 突然、アンドロイドに表情が生まれ話し出した。
『生物は一度、死んでしまうと同じ生命体としては生返らないの。でも、人間は生きていても死んでいても目に見えないものを信じれば蘇ることが出来るわ。一生懸命に生きた人の魂は残された人の中で永遠に生き続けるわ』
「えっ、はいっ」
 俺は思わず、返事をしてしまった。
「あっ。ありがとう。那美さん。休んでね」
 光子さんが那美のアンドロイドを椅子に座らせた。
「人工知能は学習もしますので、人間にあわせて哲学的な事も言うんです」
 光子さんが解説し終えると木村精一さんが呟いた。
「生きものの生死は脳の活動の有無じゃない。人の魂とは意識の有無じゃないんだ」
 那美のアンドロイドは再びフリーズしてしまったようだ。光子さんはアンドロイドのスイッチを入れなかった。

 太陽が沈み、外は急に暗くになった。庭にある池の水面(みなも)で満月が揺れている。
 薄暗い居間で黙ったままの昭文さんと奥さん。抜け殻の人形に寄り添う光子さんと旦那さんの精一さん。俺の妻の美代に娘の明と照。全員が言の葉をなくし感じていた。
 窓に映る月影(つきかげ)が、二十二か二十三歳くらいの黒いワンピースのドレスを着た女性になる。化粧っ気のない細面の顔は長い黒髪で左半分が隠れている。
 女性の御霊が俺達に語りかけてくる。
『目に見えないものを信じて。そうすれば、あたしの魂は生き続けるの』
 やがて、女性に観えたものが消えていく。

 あの言霊(ことだま)は、まるで三十九年前の生きている那美の言霊のようであり、那美が大好きな山本アカリ御婆ちゃんと天海テル御婆さんからの言霊のようでもあった。


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