第6話

文字数 1,318文字

 第三話『二〇三一年』
 木村精一、二十四歳。
 東京にある大学の研究室にいた僕はニムロデ社の社員になる事にした。僕の研究に興味を持ったニムロデ社からのスカウトだった。まず、三か月間はアメリカにある生命科学の研究所をサポートする事になった。

「木村君。木村君でしょう」
 アメリカの研究所で僕に日本人の女性が声をかけてきた。細面の黒髪の女性だ。誰だっけ。
「君は」
「覚えてないわよね。私、小学四年の時に青森で」
「あぁ。光子さん」
 青森の小学校時代、四年生の時に隣の席に居た転校生だ。
「木村君だと思ったんだ。研究チームの名簿を見た時に」
「光子さんも、このチームに」
「えぇ。一時的にね。私の専門は人工知能なの。三か月後にはニムロデ社の日本支社に転属よ」
「えっ。何で人工知能の専門家がこのチームに」
 ニムロデ社は最終的に何を目指しているのだろう。

 僕は一か月後に不思議な光景を目撃する事になる。
 そもそも、命とは何か。未だに人類は明確な答えを出していない。
 だが、人間は創造主になりたがった。今から約八十年程前にアメリカの科学者がメタン、アンモニア、水素等から試験管の中でアミノ酸を作りだした。それは僕達が生命と呼ぶものの材料だ。しかし、それはただの物質に過ぎず生命活動を起こす事は無かった。
 生命とは何なのだろう。
 まぁ、僕等、人間だって原子レベルで見れば、筋肉の活動も脳の意識さえも神経物質の伝達に過ぎない。ある意味、無機物の石と有機物の知的生命体である人間に差はない。ちょっと、精神的な言い方をすれば東洋思想の自然(じねん)に似ているのかも知れない。

 二〇三一年十一月二十一日。
 ウイルスはエネルギー代謝はしないけど増殖をして進化をする。元々、生物の進化の過程でウイルスが関わった事は分かっている。この研究所では人間の遺伝子をコピーした人工の細胞に数種類のウイルスを組み込み、放射線を当てる研究をしていた。

 その日は雲一つない青空が広がり、アメリカの乾いた大地に太陽の光が降り注いでいた。
 アメリカ合衆国東部標準時間で西暦二〇三一年十一月二十一日、試験管の中にある人間と同じ遺伝子を持った人工細胞が分裂、増殖を始めた。大きな拍手と歓声があがる。
 その時の僕は感激というより、不思議な現象を観察している心境だった。その光景からは生命の息吹という印象は感じない。
 六分後に細胞分裂は止まった。
 僕には試験管の中の物質がプラスチック製の棺桶に入った抜け殻の人形に観えた。
 僕ら研究者が考えていた生命とは、単なる科学的現象の事だったのかも知れない。だが、世間で一般的に命とか生命とか言われているものは精神的な概念の事なのだろう。その精神的な概念を生命という言葉で表現しているだけなのかも知れない。
 一滴の水も、一つの石も、小さな蟻も、僕ら人間も、きっと、それらの違いに意味はない。同じものだ。
 僕の中で人間が創り出した命という概念が、ゆらゆらと揺らめいていた。

 研究所を出ると真っ赤な太陽がアメリカの地平線に沈もうとしていた。

 二ヶ月後、僕と光子さんはニムロデ社の日本支社に戻り、それぞれの研究チームに配属された。
 僕らの研究は未来の人類に何をもたらすのだろう。


 
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