第9話

文字数 771文字

 第六話『二〇三九年』
 二〇三九年八月十五日。木村精一、三十一歳。
 お盆休みで実家の青森に帰った。父、母、妻の光子さんと墓参りに行く。
 夕方の帰り道。薄暗くなった道をしばらく歩くと通りの向こうの彼方から人影が現れた。
 小学校時代の同級生だった岩永だ。岩永の御父さんに御母さんに奥さんがいた。皆、喪服を着ている。岩永の手には今年、十歳になる息子の遺影があった。
 僕の父が挨拶をしている。妻の光子さんは悲鳴に似た泣き声を出し、崩れ落ちそうだ。
 岩永が頭を下げる。僕は言葉を探した。
「どうして」
「うん。元々、産まれた時から心臓が悪くて。今年の春から入院していたんだ」
 岩永は哀しげに微笑んだ。
 知らなかった。どうする事も出来なかった。
 我が家の家計は裕福ではないが、たまたま僕の仕事の関係で四年前に僕の母は命が助かった。
 岩永の息子は何故、幼くして亡くならなくてはいけなかったのだろう。
 日の暮れた暗闇に、遠く猛禽(もうきん)の声が響き、津軽の郷に木霊(こだま)した。

 二〇三九年八月三十日。木村精一、三十一歳。
 東京の街中でパレードをしている。夏祭かな。騒々しい音楽を響かせ、派手な仮装をした若者が踊る。
 聞けば、有名なロック歌手が亡くなったそうだ。正確には亡くなる寸前で冷凍保存されたらしい。十年前に出来た法律で尊厳死が認められた。ロック歌手は日本の現在の法的には死亡した事になっている。しかし、ファンのみならず世間の人達はロック歌手は眠っているだけだと信じている。
 世の中は急激に変わりつつあった。死の尊厳や価値観が崩れていくようだ。
 死亡した人間の冷凍保存による蘇りだけでなく、亡くなった人のクローン人間をつくり、人権を認める法律が世界各国で審議されている。
 僕の勤めるニムロデ社でも、アンドロイド・プロジェクトと同額の予算が人間クローン計画に割り当てられた。


 
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  • 第一部 太陽の霊嗣 編 第一章 天磐船 第一話『時空の雨音』

  • 第1話
  • 虚空の太陽

  • 第2話
  • 天空の揺り籠

  • 第3話
  • 第二章 御霊の柩《みたまのひつぎ》   第一話『草薙守、三十五歳』

  • 第4話
  • 第二話『天海千代、九十一歳』

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  •  第三話『二〇三一年』

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  • 第四話『「二〇三五年』

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  • 第五話『二〇一七年』

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  •  第六話『二〇三九年』

  • 第9話
  • 第七話『木村光子、三十七歳』

  • 第10話
  •  第八話『昭文、六十八歳』

  • 第11話
  • 第九話『天海守、六十三歳』

  • 第12話
  • 第十話『二〇四五年十一月二十二日』

  • 第13話
  •  第十一話『昭文、二十七歳』

  • 第14話
  •  第二部  黄泉国の太陽《よもつくにのたいよう》編  第一章 魂のゆくえ

  • 第15話
  •  第二章 黄泉比良坂《よもつひらさか》の扉

  • 第16話
  •  第三章 言の葉に宿るもの

  • 第17話
  •  第四章 太陽の箱舟

  • 第18話

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