第5話

文字数 1,982文字

「あ、あの!」
ん?今、知らないやつの声が……。まさか、俺が鳴宮と話してるところを見られたのか?いや、鳴宮は俺にしか見えないわけだから、つまり……俺が墓場で大声でひとりごとを言ってる変人だと思われたってことか。
あぁ最悪だ。
「すみません。うるさくして。なんでもないので――」
「殺す相手を探してるんですか?」
「へ?」
その人は同じ高校の制服を着ているが、高校生にしてはだいぶ背が低い。ショートヘアの黒髪を揺らして、目を合わせず視線をあちらこちらへ動かしながら、うつむき加減に小さく声を発する。
「今、話してる声が聞こえて……。あの、もし、殺す相手を探してるなら、その……わ、私、立候補させていただきたいのですが……」
「……」
「……」
「はあ?」
「ひゃ、ごめんなさい!急に声をかけて……!」
何度も頭をさげてくる。
「いや、そうじゃなくて、え?どういうこと?」
殺してほしい……ということか?
奇しくもこのタイミングで鳴宮の言う“死にたがり”が現れたことに作為を感じる。じろっと鳴宮をみたが、当の彼女は我関せずといった感じで明後日の方向を向いている。
「そ、その、人気者の浅石さんが殺す相手にしては私は釣り合わないとは百も承知ですが、殺す相手を見つけるのも大変でしょうし。その、どうか、私で許していただけませんか……?」
「ん?ん?」
ちょっと待てひとつも理解できてない。
「ってかなんで俺の名前」
「あっ、それは浅石さんが有名だから知っているだけで、決してストーカーというわけではありません。決して!」
そもそも学校からこんなに離れてる場所で、しかも平日の昼間に同じ高校やつに会うなんて怪しすぎるのだが。それに、大して有名でもないし。
まあそれは置いておいて……。
「えっと、なんで殺されたいの?」
「……言わなきゃいけませんか?」
「だって、そんな理由も聞かず殺すなんて」
いや、そもそも人を殺そうなんて、なにを考えているんだ?もうなにもせず、自分の運命を受け入れようと腹をくくっていたのに、こんな都合よく死にたがりが現れたからか決意が揺らぐ。
そしてそれくらいで決意が揺らぐ自分に幻滅する。
「真面目ですね……」
「いや、普通だから」
「わかりました。そこまで言うなら」
「そんなに言ってないけど」
ううん、とわざとらしく咳払いすると、死にたがり(と呼ぶのはなんとなく憚られるので、ストーカーと呼ぼう)が話し始める。
「ありきたりでつまらないかもしれませんが、私は家でも学校でも、なんというか居場所がなく……気がついたら浅石さんを追いかけていたというか」
「え、なんでそこで俺?」
「それは、浅石さんが人気だからですよ!」
「はい?」
全くもって意味がわからない。とにかくこのストーカーはやばい奴だと言うことはわかった。
「そ、そのなんと言いますか、浅石さんを見ているとまるで自分もクラスに馴染めている普通の高校生な感じがしてきて……続けていたら、だんだん癖になってき――」
「いや、うん。もういいよ」
言葉の途中で遮るのは悪いが、これ以上聞いていられない。というか口ぶりからして、ストーカーと俺は同じクラスらしいけど……まずい、記憶にない。
そうなるとストーカーが自分の居場所を学校に見いだせなかったのは、一部俺の責任でもあるのだろうか。確かに俺は自分の周りだけよければいいやと言う感じで、そんなに周りは見えてなかったと思う。でもだから罪滅ぼしとして殺してあげる、というのもおかしな話だろう。かといって、根本的に解決させるなんてことはそう簡単にはできない。
「うーん……」
困ったな。無意識に鳴宮の方を振り返る。
「……いない」
あいつ、いつの間に逃げたんだ。
「とにかく!浅石さんのお手を煩わせる訳にもいきませんので、早速今から凶器でも発掘しに行きましょう!あ、それともどこかから突き落としますか?いえいえ、いっそ首を絞めてもらっても――」
「おいそれ以上言うな」
話がどんどん危ない方向へ進んでいく。このままじゃまずい、どうにかして流れを変えなければ。
「あっ。確かに、そんな方法じゃ犯行がばれて浅石さん捕まっちゃいますもんね!じゃあー、うーん。どうすれば……」
うんうん唸りだすストーカー。こいつ、いきなり饒舌になったな。
「あ、あのさ?やっぱりこんなことやめ――」
「あ、そうだ!いいこと思いつきました。さあ私についてきてください!」
「ぅえっ、ちょっ」
突然腕を掴まれて、ずんずん歩き出すストーカーに引きずられ墓場を後にする。振り払うこともできるだろうが、そんなことをして逃げ帰ってもこのストーカーの前では大して意味をなさない気がする。それならばついて行ってこのストーカーを見張っていたほうが、今どこかから見られているのだろうか、なんていう心配をする必要もない。妙に瞳が輝いているストーカーに胃が痛くなりながらも、俺は彼女と共にバスに乗り込んだ。
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