第5話 女性たちの注目と祥子のイラダチ

文字数 2,216文字

首相の説明を聞いた後、雅は、祥子と席を辞した。
再び来た道を戻ると思ったが、どうやら違うようだ。
祥子に促されて、通路の角にあるエレベーターに乗り込む。

「まあ、歩きませんか?銀座で食事しようか」
「どうせ、昨日だってサンドイッチ一個でしょ」
「今朝だって、お寝坊雅君は、何も食べていない」
祥子は再び腕を組んできた。

「え?・・・」
「う・・・うん・・・」
雅は驚いて祥子の顔を見る。
何故、サンドイッチの話を見抜かれているのか、全く理解できない。
しかし、サンドイッチを一個だけ、昨晩食べたのは、まぎれもない事実であるし、朝は大混乱で残りのサンドイッチを食べるどころではなかったのも事実。

「ほらほら、そんなキョトン顔しない」
「私を誰だと思っているの?」
祥子はケラケラ笑顔で雅を見つめて来る。

「えっと・・・祥子さん・・・」
一応、答えたが、祥子は雅の顔を見つめているばかり。

「・・・もしかして、大天使のガブリエル様?」
さっき天使長ミカエルから聞いた話を思い出した途端、雅の頭に突然厳かな声が響いて来た。
「大天使ガブリエルは、智天使の長、預言と啓示の天使であり、全てを知りえる力を持つ」
まぎれもない、さっき聞いたばかりの天使長ミカエルの声だ。
雅は、ますますキョトン顔になってしまった。

「だから、全て雅君のことは、知ろうと思えばお見通しなの」
「まあ、そんなだから、とにかく何か食べよう」
祥子は、腕の組み方を段々と強くしている。
それには、雅もますます困惑する。

「あのね、雅君」
困惑する雅に祥子はますます密着して来る。

「・・・はい・・・」
雅は、例の「ウブなシドロモドロ状態」に陥っている。

「この密着状態も、意味があるの」
「街に出たら、すぐにわかる」
祥子は、声を低くして雅にささやいた。

「・・・え・・・?」
雅がようやく声を出すと、エレベーターのドアが開いた。
本願寺の中らしいが、驚いたことに、振り返るとエレベーターの扉は消えていた。
何か、特別の仕掛けがあるのだろうか。

「さあっ、銀座に出よう、まあ、その前にわかるだろうけれど・・・」
雅は、祥子に引きずられるように、本願寺を出た。

「ふうっ・・・やはりねえ・・・」
「ほら・・・周りをみてごらん」
祥子は、本願寺を出た途端、ため息をついた。
そして、雅に周囲を見回すように促した。

「えーーーー・・・・・」
雅も全くわけがわからない状態だ。
「どうして、こんなにたくさんの女性が?」
とにかく、周囲に女性が多くなっている。
そして、雅のことを見ている。

「あのね、光り輝く大天使ラファエルの御力よ、天使の中でも最高に近い人気だもの」
「そのうえ、雅君は自分では全くわかっていないけれど、お母さん譲りの美形なの」
「全くAI美少年だもの」
「とにかく、女性という女性は、雅君に注目するし、寄ってきちゃうよ」
「だから雅君を保護するための、強めの密着をしているの」
祥子が、小声で雅に解説というか状況説明を施す。

「そんなこと言われても・・・」
雅にとっては本当に「そんなこと言われても」である。
まさに何をどうしたらいいのか、全くわからない。

「いやー・・・築地でこんなだから、銀座まで歩いたら大混乱になるね」
「まあ、この状態では仕方がないか・・・」
祥子は銀座での食事はあきらめたようである。
すぐにタクシーを拾って、乗り込んだ。
もちろん、腕を組まれたままの雅も、そのままタクシーに乗り込むほかはない。

「こうなると、ホテルの個室で食事かなあ・・・」
「それとも・・・うん・・・あそこが安全」
祥子は、タクシーに乗り込み少し考えていたが、ようやく運転手に行き先を告げた。
「有楽町の教会まで」
雅の耳には確かにそう聞こえた。
祥子は、タクシーの運転手に行き先を告げた後、スマホで誰かと話をしている。

そうなると、教会での食事になるのだろうか、そんなことを考えていると祥子が少し難しい顔をした。
雅は、それが少し気になった。
「祥子さん?どうかしたの?」
一応尋ねてみる。

「え?食事のこと?ああ、知りあいの教会があるから、そこでね」
「たぶん、美味しいものを出してくれると思うよ」
「うん、それは問題ないよ」
祥子はそこまで言って、ニコッと笑った。
まるで、バラの花が咲いたような愛らしさと可愛らしさに満ちた笑顔。
しかし、その直後、祥子の顔が少し曇った。

「でね、天使の力とか何とか、関係ないけどね」
「今日ね、その教会にね、私の知りあいの女の子がいてね、雅君のこと興味津々なんだって、もしかして雅君とも知りあいかもね」
「全くホテルの個室にすれば良かった」
祥子は、少し口を尖らせてブツブツ言っている。

「・・・祥子さん、全く意味がわからないんだけど」
雅は本当に祥子の「ちょっとした不機嫌」が、わからない。
「祥子さんの知りあいの女の子の自分に対する興味津々」も、「ホテルでの個室食事」も、そもそも今日の朝には、全く存在しない事案だった。
またしても、キョトン顔の雅になっている。

「まあ、とにかく、もう着いちゃうからさ、食べるだけ食べて早く帰ろう」
確かに教会が見えて来ている。
それにつられて、祥子はしかめっ面になって来ているようだ。
祥子は、再びつぶやいた。
「もーーー・・・せっかく雅君を一人占めできると思ったのに・・・あいつは私より若いし、まあ顔は同格だなあ・・・スタイルは私でも少し負ける・・・でも若さで負けるのが口惜しい・・・」
祥子の「ほとんどイラダチツブヤキ」は、ますます雅の理解を超えていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み