第5話

文字数 3,401文字


(風太)
「 うんっ まつぼっくり、とりにいきたいの。ゆうまね、みせるとすごくよろこぶんだ。だから、たくさんおおきなのあにうえといっしょにとりに行きたいの。」

(桜)「 行ってあげたら? 風馬。」


(てんとう虫でもご機嫌な勇真)
「 たいッ!」

(風太)
「 コレ? てんとう虫も欲しいの? ゆうま。じゃあ、いっぱいさがしてあげる。」

「 ねぇ いこうよ。風馬にぃちゃん。いいでしょ?」

(風馬)「 分かった、分かった。」

(桜)
「 風太、いい? お山へ行ったら何でも茂みの中に入っちゃだめよ。周りをよく見てスズメバチの巣の近くには絶対近づかないこと。近くを飛んできてもビックリして大きな音や決して慌てないこと。」

「 風馬も一緒にいてくれるけど、もしマムシに遭遇したら自分で見分け方、ちゃんと分かるわね?毒性のある植物には絶対手でさわっちゃダメよ。」


(風太)
「 うんっ、大丈夫。ちゃんとまもってるよ。」



(風馬)「 ───…。」

「 風太、」


(風太)「 ? …わぁっ!♪ あにうえのかたぐるまだ! やったぁ。えっへへへっ 」


(風馬)
「 母上、それじゃあちょっと行ってきます。」


(桜)「 えぇ、行ってらっしゃい。…風馬、」


(振り返る)「 …?」


(桜)「 ありがとう。風太のこと… お願いね・・。」



…その一年後に、雨天だったあの日、
あの落石事故は、母さんの命を簡単に奪い去ってしまった。



ザァァァァァァァァ────────…ッ!
(雨の中、残された風太と勇真)


(風太)
「 …ッ! ……ひぐっ..。ははうえ・・!!」

(勇真)「 うわぁぁぁぁん!!」





(風馬)「 ……、」


“ この子に罪はありませぬ…っ!”


“ お願いです、あなた、この子は……死ぬ気です…。


罰せられるべきはもう、せめて… この子だけは…っ “


父親の末路を見届けると最初から自分も覚悟が決まっていたのか死を見つめた眼差しで桜花の刀の前に紫苑は立った。


大牙丸(たいがまる)
「 ───・・ 子供? (せがれ)の方か。」


高王(たかおう)
「 おそらくな、まだ成人してねぇガキとはいえ、そいつも朝廷に並ぶ大臣(おおすみ)の跡取りだろうが。」

「 戦場に立ってる以上は、自分の置かれた甘くねぇ状況くらいそいつも分からねぇはずはないだろう。」



(桜花)「紫苑、…と言ったな?」


(紫苑)「 ……。」



“ 死を選ぶことが正しい償いになれるとは思っていなかった。”


けれど、それ以上に

生きることを

今ここで自分が選ぼうとするのは、

決して許されない罪を

自分達は民に犯してしまった重さだけは事実だった。


だから逃げることも 命乞いもせず

最期となる自分へ向けられた刃。

生きる道を、

正しい生き方をしてきた

この人になら

然るべき父上の過ちを罰し、

決して間違った裁きをしないと

今ここで斬られたとしても

その運命は、

自分もその命をもって受け入れるべき けじめだと思ったから

死ぬ迷いなど無かった。


だから・・・

自分に出来る事が

どれだけ今更 無力だと思い知らされたか

本当の意味で父親を救えなかったのは


(紫苑)「 ……、」


刺し違えてでも

“ あの人を止めたかった…。 ”


それが出来なかったのも、

多くの命が父の命令一つで一瞬に終わった


…それが、

俺の全ての罪だった。


風馬の父親は朝廷の下につく東国各地をおさめていた豪族の統括人物、彼は大臣(おおすみ)の身分であり、これまで莫大な財力と兵を動かし、従わない民を見せしめに数え切れない罪なき命を横暴な手段で手に掛けてきたのである。

そんな風太の父、桜花はこれまで独自に築き上げてきた西国の諸国に渡り、同盟和国を結んだ様々な部落に存在している少数民族のまとめ役として西の国を統括していたが、
西国もまた朝廷の制圧による激しい領土争いの混乱の危機に、桜花は各部落の首領と討伐にあたり兵を殲滅(せんめつ)させたのだった。


その結果として紫苑が最後の一人に残った。


(紫苑)
「 …うっ!……っ !!


─── ・・、……。(膝をつく)


(紫苑)
「あぁぁぁ…………っ !!!」


(高王)「ボウズ…。」

 
紫苑は込み上げる感情を言葉に絞り出した。


「 ・・・・。声を…、声を聞いて欲しかった..。あの時一度でもいい、自分の手を・・・振り払わず 」

“ 信頼しあえる臣下、愛した母上も居なくなってしまったあなたには、父上… ”


(紫苑)「 わたしなど最後まで息子ですら無かったのですか…っ!? どんな冷たいあしらいも……死んだ母上を思えば、残されたあなたを決して一人になどさせなかった・・」

「 でも、もう…っ!二度とその言葉だって
貴方には…… 届かない・・ うぅっ! 」



“ 父さん…… “


(大牙丸)
「 紫苑、お前 …。」



“ ──────…・・。”



(桜花)「( この少年… ) 」


最期まで自分の父親のことを・・



(桜花)「 ……。」



せめて救えたものなら・・


“ 子供の前で斬るべきではなかった。”




(虚しみに横たわる父親の遺体)


どんな父親であっても、紫苑にとっては…


“ 親に変わりない。”


(息絶えた父親の方をもう一度見る)

(桜花)「 …。」


「 ( この子にはもう…… ) 」




(大牙丸)「どうするんだ? 桜花。」

(桜)
「 ─────・・あなた…っ 」



(桜花)「 …桜、もういい。」

(刀)
カシャン…。(鞘に収める)


(高王)「 …!、 ─────・・ったく、分かっちゃいたが、うちの総大将ときたら..。どーすんだよ紫苑は、そいつはもう大臣(おおすみ)の身分ですらいずれ朝廷に剥奪されちまう身だろ、普通に故郷にいれる居場所すらねぇだろうに。……、」

(大牙丸)「 戻ってもあれだけの兵を俺達が全員殺ったんだ、一人でも兵力を失うことはそれだけ国の死活問題にも関わる。この結果を朝廷が黙っていると思うか?」

(高王)「 んなこたぁ、最初から分かってるよ。」


..チャキッ・・!! (槍)


(高王)
「…チッ、」

「( ひと思いか…。) 」

“ ただの討伐と違って国絡みが関われば殺す必要の無い相手まで最後まで殺らなきゃならねぇのが恨みつらみの血生臭せぇ戦争の世だ。”


“ …けど、あいつ(桜花)だけは違う。”


刀を鞘に収めたということは、死罪を咎めないという事だった。



「 ………… 」

“ 私には、責任がある 。”


「 紫苑、」

(桜花)
「 お前に言っておかなければならない。」


(紫苑)「・・・はい … 」



──────…、

桜花は同じ目線にしゃがみ、紫苑の涙の頬に優しく手をやると真っ直ぐ彼に向けて偽りの無い言葉を放った。

(桜花)
「 ……目の前で そなたの父親を斬ったこと… 許してくれ。」







(紫苑)「!」


(桜)「 …あなたは、自分の命を粗末にする必要なんてないの。」


“ 罪の重さも償いのやり方は人それぞれ ”

絶望に生きるだけじゃなく、

その中でも

自分のこれからの幸せを生きてく為の道を見つけ、

あなた自身の手で作ってゆくのも


(桜)「 また 大事なことなの。」


“ 今はまだ罪の苦しさから遠い道のりになってしまうかもしれないけれど “


いつかこれで良かったのだと

自分自身を許してあげることが出来たら、

自然と人生は人を幸せへと導き

“ またそこから本当のあなたの生き方が始まっていくのよ ”


これからは


(桜)「 誰もあなたをもう、一人にしないわ 」


私達がずっと、側にいてあげるから…


“ いつか、本当の幸せを見つけなさい”



“ …紫苑、私達の子になるか? ”


(桜花)「 お前はここに居て構わない。自分で決め、これから先、どう生きていくのが本当に自分にとって何が一番幸せなのか、私達の元で少しでも道を選ばせたい。」


(紫苑)
「 生きても…いい・・・」


“ 自分自身の為にも ”



「 “ 風馬 ” 」

(桜花)「 ……純粋な思いやりを持つその馬は、何人たりとも捕らわれない風のように遥か大地を駆け抜け、その足はどんな逆境をも切り抜けられるまさに神の起こす風と言えよう」


“ この名を今から授ける。“


(桜花)「 とてもお前に似合う名だ。風馬 」


そして桜が優しく触れると、全てを包み込むように母親の愛情を示してくれた。

風馬の本当の母もまた、この世にはいなかったのだ…。


目からあつい涙が溢れ落ち
強く抱きしめられた。
その温もりが彼の心の心境に一番大きな影響を与えたのだ。








─────…やがて、

少年は十五、六の成人を迎えた頃、風太が生まれた。



“ ありがとう…。”

(桜)
風馬・・風太と勇真を、お願いね…。



“ 母上っ…!!!”


(桜花)
「 “ お前がいてくれて助かる… ” 」
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