コンプレックス

文字数 4,083文字

はぁ……

(貴重な高2の夏がこんなことになって、一生後悔しないだろうか……)
どうしたの夏月?

今朝からため息ばかり、今ので13回目だよ。
”私”が野球部に入部してしまうのを止めることが出来なかった。

だから青春との別れを惜しんでいるの……。
それは大変だったね、”私”さん。


でもマネージャーになるってことだよね?

そこに青春は存在しないの?

存在したら惹くわ。
なんで……。

野球部は女子の間でも人気あるのに。
ただ部長が頑なに女人禁制を通すから、見学すらままならず影から見守るしかない状況でしょ?
それが許されたってことはロマンス的な何かがあったんじゃないの?
私はノーマルなのっ!
イマイチよく分かんないけど、もしかして泰陽君絡みだから拗ねてるの?

ま、まさか……禁断の……
待て、戻って来い、遊菜!

私の目を見て! 現実を置き去りにするな!!
はい、貴方達席に着きなさい。
始業のチャイムは鳴りましたよ。
我が愛生学院高校は元女子校で、つい最近共学になった。
野球部が9人ギリギリなのも、男子生徒の絶対数が極端に少ないことに由来する。
控えの選手はおらず一人でも欠けてはダメなのだ。

ただ部長が女子マネージャーの入部を許さず、女子が近くで見学するのも禁止している理由は知らない。
そんなわがままが許されるのは貴重な男子生徒を大事にしている学校側の配慮もあるらしい。
理由を泰陽に尋ねたが言葉を濁し、野球に集中出来ないという曖昧な答えしか得られなかった。
おい、いつまで着替えに手こずってやがる。
こっちはとっくに終わったぞ。
うっさいわね!
女は色々と準備が必要なのよ!
―――夏休みに取り壊す予定の旧校舎。

今は授業でほとんど使われておらず、物置と化しているため滅多に人は来ない。
土日になるとたまに部活の宿泊施設として使われることもある。

私達はここを入れ替わり場所に使うことにした。
もちろん言い出したのは泰陽だ。
お互いをフォローし合うため、泰陽は夏月として野球部のマネージャーになるという暴挙を実行したのだ。

こいつの行動力の半端なさは常軌を逸している。
それに従ってしまう私も相当狂ってるが……。
パンツは当たり障りない白を穿いてきただろうな?
屈んだ時とか案外見えることもあるからな。

ブラは外せよ。
お前らが思ってる以上にラインが分かることがあるからな。
だから今さらしで縛ってるんでしょうが!

気安く言ってくれる!
は? さらし??

揺れなければ問題ないだろうがっ!
んなもん逆に不自然だ!!
年頃の女に正気か!
バレるに決まってるでしょ!!
思い上がるな!

……ほら、俺とほとんど変わらん。
女と意識しなければ誰も気付くか。

バカめ!
覗くな! 触るな! 変態っ!!
身内で何言ってやがる。
意識する方が変態なんだよ!
あ、あんた……いつか覚えてなさい……!
ウィッグ外し忘れてるぞ。

……ったく、先が思いやられる。
ぐぬぬぬぬ……。
こんな所誰かに見られたら私は一生立ち直れない。
これ以上騒いだら人が来ないとも限らないので我慢する。

弟は言い出したら聞かず、いつもお姉さんとして私の方が折れてきた。

だが最近思うのだ。
小さい頃はどっちが兄だ姉だと揉めていたが、急に何も言わなくなったのはいいように利用することを覚えたからではないか、と。
そして私は知らず知らずのうちにドM根性が身に付いてしまったのではないか?
いいか、今日は色々根回しがあるからすぐ傍に居てやれない。

ヘマしそうになったら事故の後遺症で記憶がないことにしておけ。
……それ昨日も聞いた。

あんたの方こそヘマしたら絶対許さないわよ!
私は美少女で通ってるんだから!

ほら、言ってる傍から大股開くなっ!!
私は練習用のユニフォーム姿に、泰陽はジャージ姿になってこっそり旧校舎を後にした。

二人共念のため深めに帽子を被っている。
これで親しい人間でも分からないだろう。

そして負傷した手首にお揃いのリストバンドを付けた。
ブラコンみたいに思われそうで嫌だったが、ボロが出るよりマシだ。
なぁ、わい思ったんやけど……

竜崎の奴、事故から一度もスピードボール投げてへんのとちゃうか?
そうなんスか?

まったく気にも留めなかったっス。
いや、ちょっとは留めろや!

わいらにとっちゃ生命線や。
もし故障してるようやったら休ませた方がええんちゃうか?
まるで自分らはあの二人に頼り切ってるだけのザコみたいな言い方っスね。

まぁ事実っスけど。
ちゃうわ!

少なくともわいは実力者や!
ただあの二人に比べたらほんのちょっぴり霞むかもしれん程度や!

お前も早くわいらに追いつけや。
千本ノック始めんぞ!
たまには俺が打つ方やりたいっス……。
……竜崎、休憩に入るぞ。
(スタミナ切れがバレた?)

まだ投げられます!
ダメだ。本調子でないのはすぐ分かる。


俺達は9人しか居ない。

体調管理が何より一番大事だと言っただろう?

でも外野組はまだ続けて……
アレはほっとけ。


それより俺に何か言うべきことがあるんじゃないのか?

あ、昨日は先に帰ってすいませんでした……。
そうじゃない。


昨日の試合からお前はまるで別人だ。

その理由は自分が一番よく分かっているはずだろう?

(バレてる!?)

えっと、その……事故から記憶が一部飛んじゃってて……勘が戻らないと言うか……。

(弟よ、こんなので本当に誤魔化せるのか!?)
なるほど、そういうことか。


じゃあ戦術もお前に合わせて組み直すことにしよう。

(あれ? あっさり信じた……。

弟よ、お前が尊敬する影山先輩は案外チョロいけど大丈夫なのか??)
ベンチでちょっと頭冷やそう……。

濡れタオルを顔に被せ、大の字になってリラックスする。
内股にならないよう意識してるけど……股を開くのはちょっと恥ずかしい。
まぁどうせ顔は見えないけど。
(私は泰陽に比べてパワー不足だ。スタミナもない。
ただ真似るのは不可能なのはもう思い知った。

その弱点を補える私の長所……何かないのか?)
思えば私は泰陽と比べて足りないものだらけだ。

勉強も運動もかなわない。
行動力もズバ抜けている。
しかも密かに女子にモテてることも知っている。
恋でもかなわない。
性格が破綻してるが、アレはアレでカリスマ性の高い優秀な人間なんだ。

なんだか自分が虚勢を張ってるだけのちっぽけな人間に思えてくる。
どうして同じ姿をしているのに、同じ家で育ったのに、こんなに違うんだろう……。
本当に男女の違いだけでこんなに差がついたのだろうか?

私のいいところが何も見えない……。
おい、何だよエース様。
昨日からちっとも腰が入ってないじゃねぇか。

もしかしてナメプか?
(この声は女たらしの華鳥君か。

そういえば女っ気のない野球部になんで入ったんだろう……)
おいおい、無視かよ。
下々の言葉は聞こえませんってか?

今のお前のヘナチョコ球なんて、俺でもかっ飛ばせるっつーの。
ちょっとチヤホヤされてるからっていい気になるなよな。
(泰陽の奴、華鳥君と仲悪いのか?

そうだ、私の長所って人当たりがいいことだ。
あいつはカリスマを持ってるが同時に敵もたくさん作っている。
きっと私が出来ることは精神面からフォローしてチーム全体で勝利に導くことだ)

ごめん華鳥。俺いい気になってた。
これからは俺が足りない分、助けてくれないか?
……ちょ、お前本当に大丈夫か?

んなこと言われたらこっちも調子狂うっつーの!
俺はお前を恨んでるんだからな!
なんで??
んなもん自分の胸に訊きやがれ!!
どんっ!
ひゃんっ!
!???
さ、触られた……!
ノーブラなのに!!
へ、変な声出すなよな。

ちっ、ションベン行ってくらぁ……。
しかも……気付かれなかった……。

女としての自信までなくなってきた……。
(なぜドキドキしてんだ? あいつは男だぞ!
でもなんかちょっといい匂いしたような……

……って何考えてる!
俺はそっちの興味なんかねぇぞ!!)
何かあったんでゴザルか、竜崎殿。

華鳥が廊下で自分の頭を壁にぶつけるドMプレイに勤しんでいたでゴザル。
さ、さぁ?

(気付かれなかった……んだよね?)
結局それ以上は何事もなく、日が暮れるまで練習は続いた。
ただ私の中で課題は山積みになった。
今日は最後にお前達に紹介しなければならない奴が居る。
(来てしまったか……)
この時期に新入部員っスか?
楽して甲子園の土を踏めたらラッキー、くらいにしか思ってない補欠希望とちゃいますやろな?
はろはろぉ~♪

みんな頑張ってるぅ?
名前だけの幽霊監督先生じゃゴザラぬか。
え、ちょっとひどぉい!!
ミヤコ先生は君達のことを思って影から応援してきたのにぃ!

……って、私のことは置いといて。
紹介したいのはこっち!
今日からマネージャーとして入部した竜崎夏月です!
みんな、よろしくね!

そして私を甲子園に連れて行って♪
うぉぉぉぉぉぉ!!

女子部員じゃああああああ!!!
(あざと過ぎるだろぉぉぉぉ!!!!)
彼女は雑用係じゃない。


作戦立案やトレーニングまで、チーム全体のマネジメントを担当してもらう。

その力は俺が保証しよう。

これからは女人禁制も緩和してくってことでいいんだよね?
考えておきましょう。
よっしゃぁぁぁ!

テンション上がってきたぁぁぁ!!
先生もこれから張り切っちゃうゾ♪
いや、監督は程々に……。
なんだ、竜崎の様子がおかしかったのはこういうことかよ。
案外シスコンだったり?
…………。
(私には分かる……
笑顔だけどめっちゃ私のこと睨んでる!

ボロ出してないぞ、多分!)
もう皆さんお気づきでしょうが、弟は事故の後遺症で若干記憶が混乱しています。
あまりあてにならなくなったので戦力を立て直すために、明日からみんなのトレーニング法を見直します。

ビシバシ鍛えていくので覚悟してくださいね♪(ウインク)
(いちいち余計な女子力ぶっこんでくるな! 気持ち悪い!!)
と、とりあえず何と呼べばいいでゴザルか? ハァハァ。
ばっかお前、ナツキたんに決まってるだろ!
……シネ。
ほわっつ? 今なんと?
いいねって。

……好きに呼んで♪
ナッちゃん!
なっちー!
ナ~ツキちゅわ~ん!
(大丈夫か、このチーム……)
ちょっと媚びれば私はモテるのか?
それとも部員が単純バカなだけ?

私より私の扱いが上手いなんて……複雑な気分だ。
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