救援投手

文字数 3,224文字

はぁはぁ……


(これを抑えたら勝ちだ。余計なことを考えるな!)
(ツーアウト、一塁三塁……。


今の竜崎では打たれる可能性が高い。歩かせるか?)

(……敬遠要求?


次の打者にはヒットこそ打たれてないものの、何度もファウルで粘られてる。

もうスタミナが持たない。


コースで攻めれるこの4番打者で勝負するしかない!)

(信じていいんだな?


だったら……このコースに投げて来い!)

(約束したんだ!


あいつの代わりにチームを甲子園に連れて行くって!!)

曇天に乾いた金属音が響く。
遡ること3日前―――
ただいまぁ。

小腹も空いたし早速スイーツタイムと洒落込みますか。


おっ、プリン2つ入ってるじゃん!

どうせあいつ、今日も帰って来るの遅いし……


うん、誰も見てない。

最初からプリンなど入ってなかった!


いっただき~♪

夏月! 泰陽が!!
た、食べてないよ!?
ちょっと蓋開けて腐ってないか確認してあげただけ……
早く支度しなさい! 病院行くわよ!
(泰陽が帰って来たんじゃないのか……)

やだなぁ、お母さん血相変えて。
私まだボケてないよ?
べつに自分の分食べたの忘れたわけじゃ……
何おバカなこと言ってんの!

泰陽が病院に運ばれたのよ!!
え? 何? どういうこと??




……電車にはねられた?

嘘……でしょ……
私には同い年の弟が居る。

一卵性双生児の双子だ。


小さい頃は同じ髪型、ペアルックな服装をしていたこともあり、見分けがつかないほどそっくりだった。

しかし私の方が成長が早く、小学校高学年になる頃には間違える人は居なくなった。

私が女であることを意識し始めたのもその頃からだ。


そして二人共同じ高校に入学し、成長の遅かった弟はようやく私の身長に追いついた。

しかしもう同じ格好をすることはなく、性格も全然違うため間違える人は居ない。


だが当人達は気付いている。

今でも同じ髪型、同じ服装をすれば瓜二つであることを。

まさに私が男だったらという可能性、もう一人の私である。


だから双子は意識のどこかで繋がっていると言われている。


でも……あいつの痛みも声も私には届かなかった。




あいつが居なくなる実感が湧かない。

嘘にしか聴こえない。

―――そして私は病室で、あいつの代わりになることを決めた。
凹み過ぎだろ。

言っちゃ悪いがキモいぞ?
泰陽に成り済まして私は試合に出場し……負けた。
あいつは小さい頃から野球が大好きだった。



私は姉として、わがままなあいつの練習に付き合ってきた。

だからあいつの球を誰よりも知っていると思った。



あいつは男にしては小柄で、私自身も運動神経には自信があった。

だから女の私でも誤魔化せると思った。



何より負けず嫌いなあいつが、私を認めて想いを託した。

だから負けるわけがないと思った。




それなのに……初回で負けた!




あいつに会わせる顔がない……

ちょっ……おま……泣いてんのか!?

たかが練習試合やろ!
それとも事故の傷が痛むんかいな?

例の魔球使わんかったのもそういうことか?
キャプテン、すいません。
今日はもう上がらせてください……。
……ああ、そうしろ。
私は空気に耐え切れず……逃げた。
ほんまに帰りよった。
着替えもせずに……。

明日は雪降るで。
竜崎先輩、意外とメンタル弱いとこあるんスねぇ。
いつも自意識過剰でオラオラなのに……

これがツンデレって奴っスか?
おいそこ。
ツンデレを汚すな、でゴザル。
俺らもあんな泰陽見たことねぇよ。

なぁキャプテン?
………。
あいつは上からどんな顔で見てただろうか。

まっすぐ家に帰る気になれず、私はあてもなく駅前の商店街をぶらついた。
ショーウィンドウに映る私の姿は泰陽そのものだ。

あいつに似せるため髪を切った。
道行く人は誰も女だと気付かないだろう。
何しろチームメイトすら騙せたくらいだ。
ここまでしたのに……やっぱ無理だったのかな……
言い訳すら思いつかない。

私は腹をくくり、コンビニであの日のプリンを二つ購入した。
ただいま……
おい、何だその面は!

女じゃあるまいし……
女だよっ!!
家で待っていたのは私と同じ声色の罵声だった。
今は男だろうが!

俺はそんな顔しないっ!!
んなっ……

誰のために男になってると思ってんのよ!
はいはい、余裕ぶっこいておきながらこのザマだよ。

思い知ったか、男の世界が!
ねぇ、私キレていい?
キレていいよね?

この死に損ないの女顔腐れ外道が!!
はぁ?
お前が男顔なだけだし!

この内弁慶凶暴女が!!
ちょっとアンタ達、近所迷惑でしょ!
玄関で何騒いでんの!!
……とりあえず休戦。

部屋で入れ替わるわよ。
家族にもバレるわけにはいかないしな。
結論から言うと、双子のクソ生意気な弟は生きていた。


本人は軽く接触しただけと言って詳細は話さなかったが、とにかく生きていたことが嬉しくて涙が溢れた。

それを悟られたくなくて意地を張り、結局事故のことを今でも訊きそびれてしまっている。


今更追求するのも心配してるみたいで嫌だし。

私達姉弟はそういうバランスで成り立っているのだ。


だが無事では済まなかった。

骨はヒビが入った程度で来月には治るそうだが、利き手の神経に問題があるらしい。

そっちの詳細もよく知らないが来週手術するらしい。


来月からの地区予選には間に合わないだろう。

しかし予選では一度の敗退も許されない。

この夏の大会は弟の人生にとって特別な意味を持っている。

例え不正を犯してでも諦めたくない。


私は鬼気迫る弟の姿勢に応え、リハビリが終わるまで影武者となり、共犯者となることを決めた。


このことは二人だけの秘密。

普通の助っ人とは違う。

バレたらきっとタダでは済まないだろう。

しかも私は女なのだ。


だから家族だけでなく、仲間達にもバレるわけにはいかない。

ほらよっ!
何だそれは?
プリン。

何も言わず受け取れ。
あれだけ啖呵を切っておきながら安い詫び品だな。
何も言うなって言ってるでしょ。

あんたの方こそ、その姿でボロ出してないでしょうね?
誰にも会わないよう、こっそり旧校舎屋上で見てただけだ。
ボロの出しようがないだろ。
私の苦労とリスクに引き換え、あんたは楽で良かったわね。
屋上は結構寒かったぞ。
そのセリフはジャージじゃなくスカート穿いてから言え。
そして女子の苦労を思い知れ!
死んでもスカートなんか穿くか!
悪態をつきながらプリンを開けようとする泰陽。
だが片手では難しいようだ。
もうっ、貸しなさいよ!
………。
……言いたいことがあるでしょ?

3分間だけ聞き流してやる。
私がプリン食べ終わるまで好きなだけ文句垂れろ。
部員に気付かれてないだろうな?
大丈夫でしょ。多分。
……ならいい。
は?

大見え切った手前、小憎たらしい顔で罵詈雑言を浴びせられるのかと悔しくて悔しくて涙を堪えてたのに。
無名の野球部に負けたんだぞ?

練習試合とは言え、お前の輝かしい成績に泥を塗るような無様な負けっぷりだよ!
笑いたければ笑え!!
うちの野球部はたった9人しかおらず、形だけの弱小校と呼ばれても仕方ないチームだ。
しかし去年は予選一回戦で敗退したものの、強豪校にも一目置かれる注目度急上昇のチームとなった。

その理由は泰陽と影山先輩の黄金バッテリーの存在があったからだ。
去年の地区予選で優勝した白桜学園相手に延長戦までもつれさせた唯一のチーム、それが我が愛生学院高校野球部。

こいつは当時まだ一年生だったにも関わらず、強敵を押さえ込んだとんでもないエースなのだ。
べつに無様な試合じゃなかったさ。
男でも一人であれだけ抑えられる投手はそうそう居ない。

夏月のくせによくやったと思ってる。
まさかの褒め言葉?

泰陽のくせに気持ち悪い……。
まぁ影山さんのおかげだけどな。

俺ならノーヒットノーラン余裕だった。
やっぱり可愛くない。
それは自分がブスだと言ってるのと同義だぞ。
顔のことじゃないわよ!
でも今のままじゃ不安なのは間違いない。

だから俺決めたわ。
この期に及んでさらに無茶難題吹っかける気?

まったく……私の身にもなって欲しいわね!
おまえの身になってやる。

夏月として野球部のマネージャーとして入部するわ。
はいいいいい!?
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