第6話

文字数 2,599文字

 耳をつんざくような警報。これは、尋常じゃない感じだ。
「全員装備を入れ替えろ! 実戦装備で再集合! 二分くれてやる! 走れ!」
 訓練の雰囲気じゃない。夏歌が一瞬で訓練モードから雰囲気を変えた所を見るとやっぱり非常事態だ。
「拙僧の装備を持ってきてくれ。お前さんは、ここで少しでも休め」
 隣の子を下ろし、和尚は男子のではなく女子のロッカーに走った。なるほどな。そうすれば一分程度は休める。意味はないかもだが、気休めにはなる。
 分かれば後は行動だ。自分の水筒を外して女の子に渡す。
「飲んで。少し位はましになる」
 さて全速力だ。ロッカールームに飛び込み、自分と和尚のロッカーから小銃とアーマーベスト、後諸々が入った背負い鞄をひっつかんでグラウンドへ戻る。
 2人分だとさすがに重いな。
 元の場所に戻ると、和尚が隣の子に装備を渡している所だった。
「和尚これ」
「さすがだ。助かる」
 3人揃ってその場で装備を着用し、列に並ぶ。なんとか時間内には間に合った。
 並ぶと、夏歌が一瞬だけ何かを言いたそうだったが、何事もなく整列した全班員を一瞥した。ちなみにぼくがロッカーまで往復している間に、二年以上の班員が弾丸のような速さで装備を整えて飛び出して来ていた。なるほど、夏歌の速さがこれで分かった。
 グラウンドはさっきまでの"学校"のグラウンド然とした雰囲気など無く、今や軍隊のキャンプ地だ。
 グラウンドのあちこちで、実働部の一から四班までが整列している。奥の方では格納庫から垂直離着陸機が出てきて、暖機運転を開始していた。
 その中の一角。というか校門に一番近くで整列した、ぼくたち実働部第四班。
 校門の直前に立つ我らが鬼の班長、茨城 夏歌。18歳にして総勢157名からなる、実働部第四班『海兵隊』を統率する少女。さっきまでも結構ヤバい感じの雰囲気だったが、今はもう完全に軍隊の部隊長のそれだ。
 スレンダーで背が高く、切れ長の目はだいたい誰であろうと睨み見下している。いつもへの字に結ばれた薄い唇は、開けばおよそ罵声と叱責以外は放たない。トレーニングを見ての通りだ。
 学園都市に20ある学校がそれぞれもつ実働部の中で、最も尊敬と畏怖を集めたのは間違いなく彼女だ。学園都市最強の名誉とともに、数ある伝説が囁かれている。
「特別警戒地区、特例都市条例第78行、有事事態における学徒志願者の準戦闘状況の定める、生存権と財産の防衛を遂行する。これにより我々武蔵大和東学園所属、実働部第四班は専守防衛権の発令により、敵中を突破し戦術偵察を行う。また、交戦地域において、実働部以外の人命、及び負傷した実働部員の人命救助を最優先にするものである」
 ほぼ一息に定例文を暗唱した夏歌は、ついとこちらを睨んだ。
「一年生34名、貴様らは私の指揮分隊に付き、G《ゴルフ》・4・E《エコー》として活動する。二年生のG《ゴルフ》・4・F《フォックストロット》はいちょう通りに展開し、奴らを内環状通りの交差点に誘い込め。三年生のG《ゴルフ》・4・G《ゴルフ》はG・4・Fの支援だ」
 装備を固めた総勢157名が、屹然と胸を張り、敬礼した。
「イエス、メム!」
「イエス、メム!」
「イエス、メム!」
「以上。行くぞ海兵隊!」
 夏歌が華麗に回れ右すると、二年生以上の班員は杖を掲げて声を張り上げた。
「海兵隊は一番乗り! 誰よりも疾く、何よりも先に、海兵隊が敵を殺す!」
「海兵隊は一番乗り! 誰よりも疾く、何よりも先に、海兵隊が敵を殺す!」
「海兵隊は一番乗り! 誰よりも疾く、何よりも先に、海兵隊が敵を殺す!」
「海兵隊は一番乗り! 誰よりも疾く、何よりも先に、海兵隊が敵を殺す!」
「海兵隊は一番乗り! 誰よりも疾く、何よりも先に、海兵隊が敵を殺す!」
 123人の咆哮。それに気負され、たじろぐ一年生。上級生は専用の垂直離着陸機に乗り込んで、戦場へ喜び勇んで発っていく。なるほど海兵隊。有志のみで構成された実働部は伊達じゃないな。ぼくたちもああなっていくのだろうか。
「何をしている一年! 行くぞ!」
 またしても叱責が飛び、一年生は慌てて気を引き締める。
「G・4・Fが敵を誘い込む。そこに我々が内環状通りとの交差点でとどめの打撃を打ち込む」
 人間相手なら、単純すぎるこの戦法では有効打は得られない。だがこの学園都市に攻め込む相手は、人間ではない。
 相手は、怪物だ。今まで人類が直面したことのない、怪物。人のような、獣のような怪物。なによりも恐ろしいのは、奴らは魔法(砲)を使える事。
 人類がまだ持っていない、強力な魔法だ。炎のミサイルを撃ち、強固な魔法素材の体を持つ。一匹で戦車を相手にするのと同じ程度だ。
 だが人には知性がある。膨大な数千年にも及ぶ、人類の戦争の歴史。積み上げた人類の戦争に関する知性は、この星でどの生物よりも他者を殺す事に特化している。たかが魔法が使える程度の獣に、引けを取ることなんてありえない。
「貴様等はこれが初陣だったな! いいか、脳裏に叩き込めよ。今隣にいる者は、貴様の親だと思え。家族だ。唯一愛した恋人だと本能に刻みつけろ!」
 三列で整列し駆け足を始めた彼氏彼女たちに、夏歌は厳しく言いつけた。
 そして校門に大きなバスが横付けされる。
「さぁ乗れ。素敵な地獄への快速急行バスだ!」
 バスと言っても、普通のバスではない。分厚い装甲板を貼り付けられ、窓はすべて鉄格子。おまけに乗り降りは先頭と後部から。そしてなにより座席は車内の壁から突き出した、折り畳み式の板だ。
 軍用と言われれば納得。
 そのお世辞にも快適な旅行が送れそうだとは言えないバスに、有無を言うまもなく押しかまれる。
「がはは。差し詰め揚陸バスと言ったところか」
「揚陸バス?」
 楽しそうな和尚は、たぶんミリタリーオタクだ。この男は妙に詳しい。
「米海兵隊などが使っていた、敵陣地の海岸に直接乗り上げて兵を展開させるボートを揚陸艇というのだ。これはそれのバスと言うことだな!」
 本物に楽しそうだな。
「でもまてよ。頭から敵陣地に突っ込んで、このバスみたく前から出たら、蜂の巣にされるだろう?」
「それが海兵隊。がはは!」
 和尚が諸行無常、恐怖や怒りもまた幻想かなと呟く。世にそれを自殺行為と言うのでは無いだろうか。坊主ってのは本当に怖い生き物だ。これは信長が殺したがるわけだ。
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