第11話
文字数 2,703文字
夏歌の言葉に、思うところがあった者は口を噤んで俯いた。
「まあ、とにかくだ」
ここいらで、ちょっと失礼するとしよう。ヒートアップ禁止だ。冷静に行こう。
「奴らがぼくたちを殺しに来るのはわかってる。現実問題、ヨーロッパも、アメリカも、アジアの半分くらいも、奴らに滅ぼされたわけだしな」
人類相手に最強の軍事力を持っていた連中は、ヤツらを前にして、一日と持たずに攻め滅ぼされた。
それもとどめは疑心暗鬼状態で、人間同士で刺し合ったのだから、人類は救い無いほど愚かだ。数千年の戦争の歴史はどうやら呪詛のようなものになっていた。
「逃げ場なんて無い。でもぼくたちは、魔法が使える。逃げ出した後悔より、戦う痛みの方が、ぼくはましだと思うけどね」
痛みはいつか消える。怖いのはいつか慣れる。でも、後悔は消えないし、慣れることなんて絶対ない。
ちら見した夏歌はふいと顔を背けた。他の奴らは、顔を上げてた。
みんな後悔しているんだと思う。だから、苦しみは分かるはずだ。ならせめてこれ以上苦しまない選択肢を、選べればいい。
「それ、敵は待ってはくれんぞぅ。手当てが欲しいならこっちへこい」
和尚はこんな時でも、いやこんな雰囲気だからか、気さくな調子で声を上げた。これだからスーパー坊主は恐ろしい。悲壮感が少しずつ拭われていく。
全員の手当てが終わってから、10分経ち、屋上の知佳から突然通信がきた。
咄嗟に敵襲かと備えたが、そうではなかった。
『屋上観測班より班長! 班長! 仲間です! 二年生と三年生が帰ってきました!』
「1階聞いたか!?」
『1階了解。追撃に備えます!』
橘花がすぐに反応した。おそらくすでに班員を的確に動かして、防戦体制を築いて居るはずだ。
「悪いがお前たちも窓に張り付いてもらう。この拠点を失うのは痛い」
それから一分もしないで、合流は果たされた。
『F、G収容しました。状態確認します』
「任せる」
自分は自分のやることをしなくてはならない。
窓に近づき、外の状況を伺う。今の所敵は近くに居なさそうだ。
『班長。1階に来てください。報告があります』
夏歌の心中を察したのか、それとも本当にまずい状態なのか。夏歌は分かったと返事をした。
「栃木、降りるぞ。来い」
「はい!?」
窓の前にしゃがみ込んで、外を眺めていたぼくを呼びつけた。
「なんだ、よく使われる日だ」
「がはは。班長殿は、お前が気がかりなのだろう!」
笑う僧侶を後にして、ぼくは遅れて夏歌を追った。
足の長い彼女に追いついたのは、階段の踊場だった。
「そうだ。班長!」
「なんだ?」
緊迫した顔の夏歌は、少し怖いが、どうにも今くらいでないと訊けそうにない。
「どうして、さっきからぼくを連れてくんだ? ですか?」
彼女は事ある事にぼくを連れて行く気がする。
「そんなに優秀じゃないし、班長みたいな優秀な人材には、和尚とかみたいな優秀な人間が着くものじゃ……」
彼女の足手まといにしかならないと思うのだが。
「そこまで分かっているなら、最善を尽くせ馬鹿者!」
ぴしゃりと雷が落ちた。
「すみません!」
条件反射的に深く頭をさげると、夏歌ははぁとため息をついて歩き出した。
「栃木。お前は生き残りたいか?」
落ち着いた声色で返され、すぐには反応できない。慌てて追いかけながら頷いた。
「私もだ」
意味が分からず首を傾げる。
「戦え。一心不乱に戦え。そして、殺される前に、敵を必ず殺して、生き残れ」
「はあ……?」
「それが、戦場での唯一のルールだ。必ず生き残るんだ。いいな?」
話しの意図は分からないが、とにかく頷いた。死にたくないのは、当たり前だ。
「なら、いい。私について来い」
「はい……」
二歩前を歩く夏歌の後を、少し急ぎ足で追いかける。
一階に降りると、沈痛な雰囲気が漂っていた。
「班長!」
玄関ホールの人だかりから、夏歌を呼ぶ声。
それは満身創痍のFとGの2班だ。数は出発した時の半分くらいだった。
全員が必ずどこかしら怪我をしている。程度はそれぞれだが、少なくとも一番軽傷な者でも一年生のけが人より重傷に見えた。
その中のひとりが、夏歌の顔を見て、ほっと安堵するように頬を緩めた。
「よく、戻った。被害報告を頼む」
「い、いえ……。はい……」
橘花も横で控え、現状を更新する用意をした。
「FとG合わせて32名が死亡。19名が消息不明。30名が作戦続行不能。まともに動けるのは、21人程度ですが、私たちはまだ行けます!」
仲間を失った悲しみに暮れる暇はないと、彼女は自分に言い聞かせるように、少し高い夏歌の目を強く見つめ返した。なるほど彼女の部下だ。
その目を見た夏歌は、とんと軽く拳を彼女の胸に当てた。
「小休止後に一年棒と代わってやれ」
「了解、です……ッ!」
敬礼する彼女に、後に夏歌は踵を返して歩き出した。
「10分後に再出撃だ。第一班と合流する。橘花、手筈を整えておけ」
「え!? りょ、了解、しました」
まさか夏歌からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったであろう橘花は、驚愕に目をみはった。第四班は基本的にどの班とも仲が悪いらしい。特に第一班、陸軍とは犬猿の仲だとか。
「私は備蓄の確認してくる。少しの間任せる」
通路の奥へ向かう夏歌。ぼくは無意識にその後を追っていた。
一階の建物のほぼ中央に位置する、巨大金庫のような弾薬備蓄庫。
誰もいない、薄暗い弾薬庫に入った夏歌は、がくっと膝から崩れた。
「分かってた。分かってたはずだ……ッ! 我々は実働部だ。何時かは必ず誰か死ぬんだとは」
全身が震えていた。膝立ちすらできず、その場に座り込んだ。アーマーベストの上から胸を握り締めている。
「みんな、私の部下だ。私の家族だ。大切な、かけがえのない友だったッ!」
全身を八つ裂きにされても、これをほどの苦しまないだろう。
押しつぶされ、切り刻まれ、焼かれ、それでもなお、きっと彼女の苦しみには遠く及ばない。
斎木の話では、六割ものメンバーは死んでいる。6年近く交流がある者がいただろう。それが今は、もしかすると死んでいるかもしれない。
その悲痛を、言い表す事はできないだろう。
嗚咽をひとりで漏らし、ひたすらに呪うしかない。
敵が必ず毎度同じだと侮った自分。
逃げるなと言った自分。
戦えと、
恐れるなと、
結果、何十人も殺してしまった。
自分の家族を、何十人も犠牲にしてしまった。
優秀で、従順で、なによりも愛していた存在を一度にこんなにたくさんもなくしてしまった。
こんな苦痛に、耐えられるはずがない。
掻き毟る手。爪がめくれて割れていた。
「班長……」
ぼくはその背中を抱き締めていた。
「まあ、とにかくだ」
ここいらで、ちょっと失礼するとしよう。ヒートアップ禁止だ。冷静に行こう。
「奴らがぼくたちを殺しに来るのはわかってる。現実問題、ヨーロッパも、アメリカも、アジアの半分くらいも、奴らに滅ぼされたわけだしな」
人類相手に最強の軍事力を持っていた連中は、ヤツらを前にして、一日と持たずに攻め滅ぼされた。
それもとどめは疑心暗鬼状態で、人間同士で刺し合ったのだから、人類は救い無いほど愚かだ。数千年の戦争の歴史はどうやら呪詛のようなものになっていた。
「逃げ場なんて無い。でもぼくたちは、魔法が使える。逃げ出した後悔より、戦う痛みの方が、ぼくはましだと思うけどね」
痛みはいつか消える。怖いのはいつか慣れる。でも、後悔は消えないし、慣れることなんて絶対ない。
ちら見した夏歌はふいと顔を背けた。他の奴らは、顔を上げてた。
みんな後悔しているんだと思う。だから、苦しみは分かるはずだ。ならせめてこれ以上苦しまない選択肢を、選べればいい。
「それ、敵は待ってはくれんぞぅ。手当てが欲しいならこっちへこい」
和尚はこんな時でも、いやこんな雰囲気だからか、気さくな調子で声を上げた。これだからスーパー坊主は恐ろしい。悲壮感が少しずつ拭われていく。
全員の手当てが終わってから、10分経ち、屋上の知佳から突然通信がきた。
咄嗟に敵襲かと備えたが、そうではなかった。
『屋上観測班より班長! 班長! 仲間です! 二年生と三年生が帰ってきました!』
「1階聞いたか!?」
『1階了解。追撃に備えます!』
橘花がすぐに反応した。おそらくすでに班員を的確に動かして、防戦体制を築いて居るはずだ。
「悪いがお前たちも窓に張り付いてもらう。この拠点を失うのは痛い」
それから一分もしないで、合流は果たされた。
『F、G収容しました。状態確認します』
「任せる」
自分は自分のやることをしなくてはならない。
窓に近づき、外の状況を伺う。今の所敵は近くに居なさそうだ。
『班長。1階に来てください。報告があります』
夏歌の心中を察したのか、それとも本当にまずい状態なのか。夏歌は分かったと返事をした。
「栃木、降りるぞ。来い」
「はい!?」
窓の前にしゃがみ込んで、外を眺めていたぼくを呼びつけた。
「なんだ、よく使われる日だ」
「がはは。班長殿は、お前が気がかりなのだろう!」
笑う僧侶を後にして、ぼくは遅れて夏歌を追った。
足の長い彼女に追いついたのは、階段の踊場だった。
「そうだ。班長!」
「なんだ?」
緊迫した顔の夏歌は、少し怖いが、どうにも今くらいでないと訊けそうにない。
「どうして、さっきからぼくを連れてくんだ? ですか?」
彼女は事ある事にぼくを連れて行く気がする。
「そんなに優秀じゃないし、班長みたいな優秀な人材には、和尚とかみたいな優秀な人間が着くものじゃ……」
彼女の足手まといにしかならないと思うのだが。
「そこまで分かっているなら、最善を尽くせ馬鹿者!」
ぴしゃりと雷が落ちた。
「すみません!」
条件反射的に深く頭をさげると、夏歌ははぁとため息をついて歩き出した。
「栃木。お前は生き残りたいか?」
落ち着いた声色で返され、すぐには反応できない。慌てて追いかけながら頷いた。
「私もだ」
意味が分からず首を傾げる。
「戦え。一心不乱に戦え。そして、殺される前に、敵を必ず殺して、生き残れ」
「はあ……?」
「それが、戦場での唯一のルールだ。必ず生き残るんだ。いいな?」
話しの意図は分からないが、とにかく頷いた。死にたくないのは、当たり前だ。
「なら、いい。私について来い」
「はい……」
二歩前を歩く夏歌の後を、少し急ぎ足で追いかける。
一階に降りると、沈痛な雰囲気が漂っていた。
「班長!」
玄関ホールの人だかりから、夏歌を呼ぶ声。
それは満身創痍のFとGの2班だ。数は出発した時の半分くらいだった。
全員が必ずどこかしら怪我をしている。程度はそれぞれだが、少なくとも一番軽傷な者でも一年生のけが人より重傷に見えた。
その中のひとりが、夏歌の顔を見て、ほっと安堵するように頬を緩めた。
「よく、戻った。被害報告を頼む」
「い、いえ……。はい……」
橘花も横で控え、現状を更新する用意をした。
「FとG合わせて32名が死亡。19名が消息不明。30名が作戦続行不能。まともに動けるのは、21人程度ですが、私たちはまだ行けます!」
仲間を失った悲しみに暮れる暇はないと、彼女は自分に言い聞かせるように、少し高い夏歌の目を強く見つめ返した。なるほど彼女の部下だ。
その目を見た夏歌は、とんと軽く拳を彼女の胸に当てた。
「小休止後に一年棒と代わってやれ」
「了解、です……ッ!」
敬礼する彼女に、後に夏歌は踵を返して歩き出した。
「10分後に再出撃だ。第一班と合流する。橘花、手筈を整えておけ」
「え!? りょ、了解、しました」
まさか夏歌からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったであろう橘花は、驚愕に目をみはった。第四班は基本的にどの班とも仲が悪いらしい。特に第一班、陸軍とは犬猿の仲だとか。
「私は備蓄の確認してくる。少しの間任せる」
通路の奥へ向かう夏歌。ぼくは無意識にその後を追っていた。
一階の建物のほぼ中央に位置する、巨大金庫のような弾薬備蓄庫。
誰もいない、薄暗い弾薬庫に入った夏歌は、がくっと膝から崩れた。
「分かってた。分かってたはずだ……ッ! 我々は実働部だ。何時かは必ず誰か死ぬんだとは」
全身が震えていた。膝立ちすらできず、その場に座り込んだ。アーマーベストの上から胸を握り締めている。
「みんな、私の部下だ。私の家族だ。大切な、かけがえのない友だったッ!」
全身を八つ裂きにされても、これをほどの苦しまないだろう。
押しつぶされ、切り刻まれ、焼かれ、それでもなお、きっと彼女の苦しみには遠く及ばない。
斎木の話では、六割ものメンバーは死んでいる。6年近く交流がある者がいただろう。それが今は、もしかすると死んでいるかもしれない。
その悲痛を、言い表す事はできないだろう。
嗚咽をひとりで漏らし、ひたすらに呪うしかない。
敵が必ず毎度同じだと侮った自分。
逃げるなと言った自分。
戦えと、
恐れるなと、
結果、何十人も殺してしまった。
自分の家族を、何十人も犠牲にしてしまった。
優秀で、従順で、なによりも愛していた存在を一度にこんなにたくさんもなくしてしまった。
こんな苦痛に、耐えられるはずがない。
掻き毟る手。爪がめくれて割れていた。
「班長……」
ぼくはその背中を抱き締めていた。