第16話

文字数 2,445文字

 まぁ、いい。とにかく、準備はできた。
「橘花! 状況はどうなっている?」
 ぼこすこ大砲を撃ちまくる騒音に負けない大声で、大砲の後ろにいる橘花を呼ぶ。
 まだ動ける四班の班員と会議中のようだが、親愛なる班長に呼ばれて即座に中断してこっちに来る。
「報告します。現段階で第四班の戦力は、一年生を含めて74名。戦力は40パーセント」
「全滅、か」
 軍隊では、三割り損耗で戦闘行動不能。五割りともなると全滅と言われている。
 なら現状では我らが第四班は、軍隊戦力として機能してない事になる。
 本来なら、撤退していて当然だ。
「なら」
「海兵隊は、逃げません。戦い続けます」
 夏歌が何かを言おうとした瞬間、橘花が突然声を上げた。
「我々は、まだやります。班長、指示を!」
 生き残りの三年生がさらに続ける。
「戦陣切って、敵を殴りつけさせてください!」
「仲間たちの、井坂たちの弔いをさせてください!」
 次々と上がる、作戦続行を求める声。
 夏歌の目には、惑いと恐怖が浮かんでいた。
 バカ真面目で、部下を切ることができない。さっき橘花がいっていた言葉が頭をよぎった。
 今、彼女は迷ってるのだろう。
 最愛の部下の無念をはらしたい。だがこれ以上部下を失いたくない。
 おそらくそんな所。
 なるほど、結構頭悪いな。
「良い部下に育ったじゃないか」
 突然の声は、神奈川 和水だ。いつの間にか近くに来ていたらしい。
「神奈川一尉……」
「戦いに馳せ参じるのは戦士の花。それを統率し、敵陣を蹂躙するのが指揮者の花、だろう?」
 歌うような言葉。そして踵を返して、去っていこうとする和。
「火力が足りないのなら、露払いはしてやる。戦場を突っ走るのが海兵隊の花なのだろう? ならば今走らずして、いつ走るのだ?」
 去っていくその背中を見送った夏歌は、ぎゅうと握り拳を作り、目を伏せた。
「……第四班、心して聞け!」
 顔を上げた彼女は、いつもの鬼班長の顔だ。
「我々は海兵隊だ。いついかなる時も、誰よりも先に、敵の顔面をぶん殴り鼻っ柱を叩き折るのは我々だ!」
「イエス・マム!」
「イエス・マム!」
「イエス・マム!」
「ならばやることはひとつだ! 敵陣切り裂いて、敵中核部を完膚無きまでに粉砕する!」
「イエス・マム!」
「イエス・マム!」
「イエス・マム!」
「5分後再出撃するぞ。準備を整えておけ!」
「イエス・マム!」
「イエス・マム!」
「イエス・マム!」
「解散!」
 といっても、準備もなにも、ここは陸軍の陣地だからな。物資もなにもないか。
 さて困ったと思っていると、陸軍の一曹二人が箱を積んだ台車を押してきた。
「海兵隊! 暇してそうだな! これ捨てて来てくれよ。俺たち陸軍は大砲の砲弾以外必要ないからな!」
 弾だ。小銃の弾がありったけ乗っていた。
「ふざけるな、といいたいところだが、今回は仕方ないな。丁度ゴミを捨てにいくから、ついでだからな!」
 妙に喧嘩腰なやりとり。仲良いんじゃないか、本当は。
 またどこかへ戻っていった陸軍を見送り、橘花が弾を手に取って、空の弾倉に込め始めた。
「各員、弾倉は12本以上用意しなさい! ポーチに入らない分はバックに押し込んで!」
 慣れた手付きでこちこちとかなりの早さで弾倉を用意する二年生と三年生。遅れてぼくたちも用意する。おっと、和尚だけは夏歌並の早さだ。
 70人で弾倉を作ると、意外とあっさり終わる。早く自分の分が終わった班員は遅れている人の分も作るから、本当にすぐだ。
 弾倉の再分配を終え、準備は万端。ぼくと夏歌は陸軍装備なので、鞄に詰めるまでもなくアーマーベストにしまいきれる。
「あ、真希くん、これ」
 隣で鞄に弾倉を込めていた知佳が、鞄から水筒を取り出した。ああ、ぼくのか。
「まだ持っててくれたのか。助かる」
 しかもまだ半分くらい入っている。失血までは治せなかった体は水分不足でカラカラだ。受け取ると同時に中身を飲む。
「あ、ぅう……」
 なぜか赤面した知佳。いい顔だが、どうしたんだろうか、急に。
「何を遊んでいる! 作戦を説明するぞ!」
 おっと、お待たせしてしまったか。狭くて整列できないので、ぎゅう詰め状態で拝聴だ。
「これより、敵地への戦術潜行偵察を行う」
「イエス・マム!」
「イエス・マム!」
「イエス・マム!」
「敵は高度に軍事統率がとれている事が、今までの戦闘で分かっている。つまりは敵に統率中核が存在することが推測される。我々はそれを偵察し、可能ならば破壊。戦力的に不可能な場合は他班と協力し、大規模魔法(砲)によって、完全粉砕する」
 タブレットを取り出し、学園都市の東地区を中心とした地図を表示させる。
「他班などから得た情報を統合した結果、敵の戦力分布はおよそこのようになっている事が分かった」
 地図は赤い凸と青い凸とで戦況が表示されている。ほぼ円形をした学園都市の東地区の縁側に、敵を示す赤い凸が集中している。
「ここだ。おそらくこの集団の中心部に、敵中核があると想定される」
 何かを守るように、拠点を中心にして扇状に布陣しているようだ。これは戦術の基本とでも言えるか。明らかにそれっぽい。
「これから第一班の火砲で、もみじ通りを焼き払う。その直後に我々が潜行し、敵状を偵察する」
 タブレットにその経路が映し出される。まさに中央突破だ。
 でもどうだろうな。これだけ人数少ないなら、真っ正面切っていくのは得策には思えないが。
 だが第四班の面々は、なかなかやる気のようだ。それが隊風なのだろう。
 それに夏歌のことだから、どうにか上手くやるのだろう。
「陸軍と話をつけてくる。橘花、後の微調整は任せる」
 夏歌は離れていく。無意識にその後を追う。あと和尚と知佳もついてくる。そう言えば知佳のバディはどこに居るのだろうか。
 陸軍の司令部に出向くと、和を含めた数人が地図と睨めっこしていた。
「神奈川一尉! 話がある」
 夏歌の大声に、陸軍の重鎮たちは顔を上げて振り向く。どうにも表情が厳しいな。
「なんだ? 撤退の用意ができたか? 茨城一尉」
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