文字数 1,737文字

 中央のイスは三つになりました。ゆうとくんたちは、背もたれで三角形を作るように、自ら進んでイスを置いていきます。
(今回は、どうすればいいだろうか)
イスを整えながら、ゆうとくんは考えます。

 まず、まちがいなくたかしくんを相手にするのは危険です。かれの素早さは、ひまわり組のだれもがかないません。ですから、かれが転ぶなどのトラブルにでもならない限り、争わないほうが良いでしょう。
 みなはちゃんも非常に活動的な上、的確な動きでイスに座っていきます。決してあまく見るわけにはいかない相手です。
(そうなると、残るは……)
ゆうとくんは残った一人に目をやります。無二の親友、こうじくんが目に入ってきます。かれはかけっこも、お絵かきも、おにごっこも、そしてこのイス取りゲームも、だいたい同じくらいの実力なのです。ということは、勝敗は五分五分ということになり、たかしくんやみなはちゃんよりも、はるかに勝てる可能性が高いのです。
(こうじくん……)
ゆうとくんは思わず暗い表情になってしまいます。できることならば、親友のかれとは争いたくないのです。もちろん勝者は1人ですから、最終的には勝負をしなければいけないのですが、できるだけそれは先延ばしにしたかったのです。しかし、もうそれは許されない段階に来ていることを、ゆうとくんは今、重く実感したのでした。
(……こうじくん、ごめん)
ゆうとくんは今回、泣く泣くこうじくんにねらいを定めることに決めたのです。

 しかし、こんなざんこくなことが、かつてあったでしょうか。女子と仲良くなるために、大親友をたおさなければならないだなんて。
(それでも……、がんばらなくちゃ)
ゆうとくんは、断腸の思いで、今度はこうじくんの後ろのポジションをを取ったのです。
「スタート!」
おおいし先生がラジカセを再生します。今度はマイムマイムが軽快に流れ出してきました。4人は、再びグルグルとイスの周囲を回り始めます。

 このとき、ゆうとくんはあることに注意していました。おおいし先生がたまにやってくるいたずら。音楽を鳴らし始めたと思ったらすぐ停める、あれをやってくることをです。おおいし先生は、意表をつくのが上手な先生です。その中でも特に園児たちが引っかかってしまうのが、この音楽をすぐ停めるいたずらなのです。ゆうとくんは、今日おおいし先生が、これを一回もしていないのに気づいていました。だから、きっとここで来るだろうと読んだのです。
「♪~」
ゆうとくんは、注意深くイスの周囲を回ります。しかし、音楽は止まる気配がありません。
(おかしい、当てが外れたな)
しかし、当てが外れたと言っても、前回みたいに気をぬくわけにはいきません。気持ちを切らさず、集中して回り続けます。

 ゆうとくんたちが、1周半もしたころでしょうか。ふっといきなり、音楽がとぎれます。

 そのしゅんかん、勢いよく4人がイスに座り始めます。たかし君が真っ先に近くのイスを手中に収め、みなはちゃんもややおくれてイスにありつきます。悲しいかな、ゆうとくんの予想通り、親友との対決になってしまったのです。
 ゆうとくんは、今回はおくれることはなく、身近なイスに自らの身をしずめていきます。しかし、やはりこうじくんもほぼ同じタイミングで、同じ座席に体を落とします。前回と同様の力勝負になると思いきや……。こうじくんは思ったほど力が入ってなく、ゆうとくんにつきとばされてよろけます。
そして、ゆうとくんはそのまま、イスに座ることができたのです。
「こうじくん、退場! おしかったねぇ~」
みながわせんせいの声がして、こうじくんに退場するよう言います。

 こうじくんは、退場する前にゆうとくんにだけ聞こえる声で言いました。
「借りは、いつか返せよ」
こうじくんは、今日、ゆうとくんがいつになく気合を入れていることに気づいていました。さすがにその理由までは、分かっていませんでしたが。ですから万が一、2人で一つのイスを争うようなことになった場合、今回だけはゆずろうと決めていたのです。
「こうじくん……」
ゆうとくんは、こうじくんのその考えを、先ほどの言葉ですぐさま理解しました。しかし、感謝の言葉を告げる間もなく、かれは部屋のすみへと移動していったのでした。
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