文字数 1,758文字

 残るイスは2つ。

 今回負けた子は3位になり、折り紙でできた銅色のメダルがもらえます。しかし残った3人は、だれもここで負ける気はないようです。
 ゆうとくんは2人を見ながら、思わずため息をついてしまいました。

 たかしくんとみなはちゃん。まともに考えれば、2人ともものすごい強敵です。たかしくんの速さは別格ですし、みなはちゃんの正確さは折り紙つきなのです。そのことは十二分に分かっていたのですが、ことここに来てこの二人を相手にすると思うと、やはりゆううつな気分になってしまいます。
 ゆうとくんは、せめて気分を変えようと、イスを並べる役を買って出ます。一つのイスを先生にあずけ、残ったニつのイスの背もたれをくっつけます。
「……あっ」
その背中合わせのイスを見て、ゆうとくんはある作戦を思いついたのです。
 イスが背中合わせに置かれているということは、イスの横にいるときには若干座るのがおそくなるということです。できれば、そこの位置では曲は停まってほしくないわけです。ならば、イスの横にいるときはなるべく早く動き、正面のときはゆっくり動くのが理にかなった動きということになるのです。さらにゆうとくんは考えます。そうやって、隊列を自分がかくらんすることで、うまくたかしくんとみなはちゃんが一つのイスを争うように仕向けられないだろうか。ゆうとくんは、すぐにピンときました。なるべく速く動くことで、たかしくんとみなはちゃんからはなれて、2対1の構図を作り出せばいいのではないでしょうか。そうすることで、強敵2人にイスの取り合いをさせ、自分はうまうまと確実にイスに座ればいいのです。
(でも……)
ゆうとくんは、すぐそのリスクにも気づきます。速く動くということは、それだけ集中力が切れやすいことにもなります。万が一手違いがあったら、あっという間に2人にイスを取られてしまうでしょう。そうなっては目も当てられません。しかし、どんなに危うくともこの作戦を採るぐらいしか、この勝負、勝ちの目はないのです。
(やってみよう……)
ゆうとくんは、その作戦を採用して、スタートを待つことにしました。
「はい。スタート」
おおいし先生が再びラジカセを再生し、イス取りゲームの定番、オクラホマミキサーが流れ出します。ゆうとくんは作戦通り、イスに座りやすい位置ではゆっくり動き、座りにくい場所ではダッシュをして、なるべく2人からはなれるよう努めます。ゆうとくんの作戦は効果的だったようで、残された2人はほんろうされ、なかなかうまく動けないようです。
(このまま、良いところで停まってくれれば……)
けんめいに動きながら、ゆうとくんはいのります。

「♪~」
回りながら、ゆうとくんはだんだんつかれてきました。それでも、動きを止めることはしません。しかし、つかれはてて思わず動きがおそくなったとき、音楽が停まったのです。
「あっ」
ゆうとくんは、思わず声をあげました。ちょうど自分のななめの位置に、イスがあったからです。
正面というベストな位置ではありませんが、決して悪い位置でもありません。
(よしっ、座れる!)
ゆうとくんは残った力をふりしぼり、イスに自らの体をすべらせます。しかしその間、背後から勢いよくせまるかげに、気づいていませんでした。

 ゆうとくんが、そのかげに初めて気づいたのは、もうイスに座る寸前でした。ものすごい速さで、横から席をかっさらおうとするものがいたのです。
(?!)
ゆうとくんはあわててイスを手でおさえ、テリトリーをうばわれないようにします。せまりくるかげは、その守りにはじかれ、ゆうとくんの太ももに乗る形になって静止しました。
 そのとき、ゆうとくんは初めてかげの正体に気づきました。ショートカットのかみ、活動的な服……。みなはちゃんが、こちらのイスをねらって来ていたのです。

 イス選びの正確さに定評のあるみなはちゃんが、なぜこんな動きをしたのでしょう。それはよく分かりません。しかし、どちらにしても、それはあまりにもむちゃな試みでした。

 みなはちゃんは、よっぽどくやしかったのでしょう、真っ赤な顔をしながらみんなのほうへと走っていき、ぶっきらぼうに銅メダルをもらいます。ゆうとくんは、そのみなはちゃんの真っ赤な顔がなぜか忘れられなくて、しばし固まっていました。
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