文字数 1,673文字

 ラジカセの故障中、じっとゆうとくんは、イスや他の子たちを見て考え込んでいました。この強力なメンバーの中で、確実に勝利を手にするには、どうすればよいかということを。ゆうとくんは、その糸口を必死に見つけ出そうとしているのです。
(ぜったいに方法があるはず、それはどこだろう……)

「ほら、ゆうとくん。始まるよ」
負けた子たちにつきそっている保育士、みながわ先生の言葉で、われに返ったゆうとくんは、何気なくすっと場所を移動し、スタートを待ち構えます。
「はい。スタート」
おおいし先生の合図と同時に、部屋中に子象の行進が流れ出します。5人は四つのイスの周りを、曲に合わせてぐるぐる回り始めました。
(…………)
ゆうとくんは少し不安な顔で、イスの周りを回っていきます。
(…………)
ゆうとくんたちは、イスを1周しました。未だ音楽は止まりません。
(…………)
2周しても音楽は鳴り続けています。
(…………)
ゆうとくんたちはもうイスを3周しましたが、それでも音楽は止まりません。
(……おそい)
今回はやけに音楽が止まるのがおそいので、ゆうとくんはやきもきしてしまいます。陽気な子象の行進のメロディが、若干早くなったんじゃないかと思えるほどです。

 またラジカセのトラブルかと思い、ゆうとくんがおおいし先生を見たそのときでした。いきなり静けさが、部屋を包みこみます。

 音楽が停まったのです。

 イスの周りを回っていた子たちはみんな、素早くおしりをイスに乗せていきます。そんな中、2人の子が明らかに出おくれています。その1人がゆうとくんです。
(……しまった!)
理由は言うまでもありません。曲を流しているおおいし先生のほうを、見ていたからです。ゆうとくんは、空いている近くのイスに、あわてて自らの体を寄せていきます。出おくれたもう1人の子も、同じイスにものすごい速さで、向かってきています。
(まにあえっ……!)
イスに座るタイミングは、ほぼ同時のようでした。イスの真上で、2人のおしりがぶつかり合って、勝敗を分けるおしくらまんじゅうが始まります。ゆうとくんは全身の力をこめて、相手の子をおしのけました。負けじとおし返してくる力をものともせず、ゆうとくんは半ば強引に、イスというかっそう路に自身を着陸させたのです。

 ワアッという声が上がりました。相手の子──あきおくんは、ゆうとくんが座るイスのすぐ横で、しりもちをついていました。
「はい、あきおくんの負け。おしり、だいじょうぶ?」
みながわせんせいが、あきおくんに優しく声をかけ、こちらに来るよう指示します。あきおくんはくやしそうに、みんなが待っているほうへと歩いていきました。

「危なかった……」
ゆうとくんは、イスに座ったまま、ほっと胸をなでおろします。何とか、イスに座ることができました。しかし明らかに今回、自分の動きにミスがありました。曲の長さにつられて、不注意にもよそ見をしてしまったからです

 実はラジカセの故障中、ゆうとくんは4人の中で、一番くみしやすい子は誰か考えていました。そこで、目をつけたのがあきおくんだったのです。もちろんここまで残るだけの子なので、あきおくんも高い能力を持っています。しかし、他の3人に比べると、やや見おとりする部分もあります。また、お金持ちゆえの大らかさでしょうか、音楽が止まったときの反応が少しおそいことも、ゆうとくんは見ぬいていました。本当はそれを利用して、らくらくと勝利をおさめようと考えていたのです。そのため、ゆうとくんは始まる寸前に、そっとあきおくんの後ろの位置についたのでした。
 結果としては、そのねらいは当たっていたと言えるでしょう。でも、自分の不注意で、ギリギリの戦いになってしまったのです。もし、あきおくんに目をつけていなかったら、音楽の停止に気づくのがもっとおそかったら、まちがいなくしりもちをついていたのは自分だった、ゆうとくんはそう考えるとヒヤヒヤしました。

 残りの3人はさらに手強い子たちです。それゆえ、心してかからなくちゃと、ほっとしながらもゆうとくんは強く思ったのでした。
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