私は人殺し?
文字数 2,873文字
「おにゃにゃ!一体誰かな!?」
「私はスタイリッシュ菩薩 である」
「な、なんとお!スタイリッシュ菩薩 様……って何?スタイリッシュ菩薩 ?」
少女は眼前に佇む古風な服装に身を包む男を凝視した。
ふわふわと心地よい風が流れ、少女の髪がゆらゆらと揺れる。
世界は今日も美しく、夢の中にいるように足に浮遊感がまとわり付く。
温かな風がその小柄な身体を包むように。
しかし少女の身体は氷。凍てつく彼女。温かな風がその氷河を溶かすこともない。
「そうだ、スタイリッシュ菩薩 である」
その男は少女に呼応するように、再度自身の素性を明かした。
男はまるで菩薩 のような宗教的・古風的な服装に身を包み、その威厳のある皺を刻んだ顔を少女へと向ける。
「ぼ、菩薩 様なのですか?」
「そうだ」
どうもその男は菩薩のようであった。
悟りを求め、さらには智慧を人々に広める菩薩様。しかし、その宗教的・古風的な服装に加えて、何故かピアスを耳に付け、ギラギラとした現代の若者が装着していそうな装飾を複数身に着けている。現代的で若者的なその装飾からは、やや煩悩が感じられなくもない。
「な、な、なぜ菩薩様がそんな若者にも勝るギラギラとしたピアス・装飾を身に着けているのですかあ!?」
「2015年の今日、日本に仏様の教えを広めようにも受け入れてくれない。だからこうして、世俗の身なりを取り入れて、若者に親近感を持って頂く作戦なのである」
そうつまり……
「だからちみは……」
「ただの菩薩ではなく、スタイリッシュ菩薩である!!」
「おおおお!かっこいいような、良くないようなあああ!!」
少女はその変てこな菩薩様に興奮し、彼にハイタッチをしようと手を差し出した。
「ここで会えたのも何かの縁だね、菩薩様!」
「スタイリッシュ菩薩である」
「はいはいそうだったね、スタイリッシュ菩薩様!!はい、ハイタッチぃぃ!!」
少女のハイタッチの合図と共に、意外とノリの良いその菩薩様は手を差し出して、彼女の手と自身の手をパチンと合わせた。
ぬめぬめ
「ほにゃ?」
ぬめぬめ
「なんか、ぬめぬめするよスタイリッシュ菩薩様……」
少女が菩薩様とハイタッチした瞬間、何故かぬめっとした感触を覚えた。
ぬめぬめ、そんな擬音語が合うような粘り気が手を包む。
「げげ、スタイリッシュ菩薩様、相当な手汗をかいているみたいですね。すごいぬめぬめしますぞ!」
少女は笑った。どうも菩薩様は相当な汗っかきであり、手汗気味なのである。そうだ。そうなのだ。
「はは、全く、スタイリッシュ菩薩様ってば、手汗汚いですよぉ!」
能天気に
「はは、もう、汗っかきさんなのですかあ!」
健気に
「はは、はは」
狂気的に
「はははは」
狂乱して
「はははは、はは、は……こ、これって……」
少女はそのぬめぬめした手を翻して自身に向けた。
赤い美しき液体が少女の透き通る肌を染め上げる。
「何これ……血が、大量の血が!!」
大量の血が少女の手のひらに付着していた。今さっき気づいた。ハイタッチをした菩薩様の手にもスタンプのようにその血が擦れて付着している。
「ま、まって、状況が飲み込めなく……」
「跪け、人殺しの愚か者が」
先ほどまでとは打って変わって、菩薩様の声のトーンが一気に変化した。低い喉の奥から出る潰れた声が、空気をぶるぶると震わせて少女を打つ。
人殺し、愚か者……そう彼女を呼称した菩薩様。
さらには「跪け」とそう発し、彼女の身体は……
「があ……痛い、痛い、痛い、痛いよ、やめてよ、痛いよ、苦しいよおおお!!」
瞬間、少女の身体は重力が何倍にもなったような重みを感じてひしゃげた。菩薩様の発した言葉と同時、身体が地面に押しつぶされる。
「やめてやめてやめてやめて」
ゆらゆらと、
人がひしゃげるその音は、
少女の声も届かせぬほど、
身体の悲鳴を暗に表して、
それでも菩薩は無慈悲に痛めつけ、
聞く耳も持たずに冷たく見届ける。
「な、急に何をするのさ!!」
「貴様は人を殺したのである」
「何言ってるか分からないよ!!」
少女は目に見えぬその巨大な質量を背中に感じながら地面に押しつぶされる。そしてしばらくするとあることに気づく。
「はあ、はあ、はあ、あ、あれ?」
身体は地面に押しつぶされ、心臓が張り裂けそうになる。しかし、何故か少女はその心臓が鼓動を刻んでいるようには感じなかった。
「気づいたようだな」
「はあ、はあ、はあ」
少女は巨大な質量から解放された。先ほどまで見えない質量によって地面に押さえつけられていた身体は解放され、今はただ地面にだべっと倒れているだけだ。
しかし頭は自分の心臓の違和感にだけ埋め付くされている。
「私の心臓……動いて、いない……」
心臓が動きを止めている。
「しかも、私の身体、すっごい冷くて、冷たくて、まるで死んでいるみたいで……」
「そうだ、貴様は死んだのだ」
菩薩様は少女に死を告げた。
「わ、私がし、死んだってどういうこと?」
「言葉通り、貴様は死んだ。今のお前は浮遊霊だ」
「ふ、浮遊霊?」
少女は身体は冷たく、心臓は全く動きを感じさせない。
「う、動いてよ」
温かな風、豊かな街路樹。その景色の中心にいる冷たい彼女の身体。なおその氷の身体は解けることがない。
「う、動け、動け、動け」
健気かな。少女がまだその子供のあどけなさを残しながら、その時間の止まった心臓を一生懸命にぐいっと押して、今度は離してを繰り返している。
可愛らしい少女。
なんて健気で可愛げのある少女なのでしょうか。
「う、動いてよ、なんで動かないの、私の心臓は!」
「もう死んだのだ、お前は」
心臓が動かない少女。
「なんで冷たいの、私の身体は!!」
「もう死んだのだ、お前は」
冷たく、ヒンヤリとした少女。
「なんでこんなゴムみたいに生気のない身体をしてるの、私は!!」
「もう死んだのだ、お前は」
ゴムのような少女。無機質な女の子。
無機物になった女の子。
「なんでお手手にこんな血がいっぱいついてるの!!」
「お前が生前、人を殺した時についた血だよ」
赤い花の咲いた少女。返り血に咲かれた少女。
「わ、私は本当に死んでいるのですか」
「そうだ。死んだ時の記憶はないようだがな」
少女は死んだのだ。死んでいるのだ。
そしてなお重みとなり頭を縛り付けるその言葉は……
「ひ、人を殺したって……私が、誰かを殺したの?」
「お前は人を殺した。そしてその罪から逃れられず、死後も浮遊霊となりこの町を徘徊しているのだ」
そう菩薩様は少女に告げた。
「ぼ、菩薩様……」
「違う、スタイリッシュ菩薩である」
「そこは……どうでも良くない?」
少女は涙を浮かべながら、やや違和感を感じつつも、
今の状況を理解するようにゆっくりと立ち上がった。
生前に人を殺した少女は天国に行けず、浮遊霊となりこの町を徘徊している。
殺しの際の返り血が、彼女を象徴付けるようにその手に付いていたという訳であった。
「わ、私はこれからどうすれば……」
少女が置かれた状況……殺人の罪で成仏できない少女。
これからどうすべきか、ただ途方に暮れるばかりであった。
「私はスタイリッシュ
「な、なんとお!スタイリッシュ
少女は眼前に佇む古風な服装に身を包む男を凝視した。
ふわふわと心地よい風が流れ、少女の髪がゆらゆらと揺れる。
世界は今日も美しく、夢の中にいるように足に浮遊感がまとわり付く。
温かな風がその小柄な身体を包むように。
しかし少女の身体は氷。凍てつく彼女。温かな風がその氷河を溶かすこともない。
「そうだ、スタイリッシュ
その男は少女に呼応するように、再度自身の素性を明かした。
男はまるで
「ぼ、
「そうだ」
どうもその男は菩薩のようであった。
悟りを求め、さらには智慧を人々に広める菩薩様。しかし、その宗教的・古風的な服装に加えて、何故かピアスを耳に付け、ギラギラとした現代の若者が装着していそうな装飾を複数身に着けている。現代的で若者的なその装飾からは、やや煩悩が感じられなくもない。
「な、な、なぜ菩薩様がそんな若者にも勝るギラギラとしたピアス・装飾を身に着けているのですかあ!?」
「2015年の今日、日本に仏様の教えを広めようにも受け入れてくれない。だからこうして、世俗の身なりを取り入れて、若者に親近感を持って頂く作戦なのである」
そうつまり……
「だからちみは……」
「ただの菩薩ではなく、スタイリッシュ菩薩である!!」
「おおおお!かっこいいような、良くないようなあああ!!」
少女はその変てこな菩薩様に興奮し、彼にハイタッチをしようと手を差し出した。
「ここで会えたのも何かの縁だね、菩薩様!」
「スタイリッシュ菩薩である」
「はいはいそうだったね、スタイリッシュ菩薩様!!はい、ハイタッチぃぃ!!」
少女のハイタッチの合図と共に、意外とノリの良いその菩薩様は手を差し出して、彼女の手と自身の手をパチンと合わせた。
ぬめぬめ
「ほにゃ?」
ぬめぬめ
「なんか、ぬめぬめするよスタイリッシュ菩薩様……」
少女が菩薩様とハイタッチした瞬間、何故かぬめっとした感触を覚えた。
ぬめぬめ、そんな擬音語が合うような粘り気が手を包む。
「げげ、スタイリッシュ菩薩様、相当な手汗をかいているみたいですね。すごいぬめぬめしますぞ!」
少女は笑った。どうも菩薩様は相当な汗っかきであり、手汗気味なのである。そうだ。そうなのだ。
「はは、全く、スタイリッシュ菩薩様ってば、手汗汚いですよぉ!」
能天気に
「はは、もう、汗っかきさんなのですかあ!」
健気に
「はは、はは」
狂気的に
「はははは」
狂乱して
「はははは、はは、は……こ、これって……」
少女はそのぬめぬめした手を翻して自身に向けた。
赤い美しき液体が少女の透き通る肌を染め上げる。
「何これ……血が、大量の血が!!」
大量の血が少女の手のひらに付着していた。今さっき気づいた。ハイタッチをした菩薩様の手にもスタンプのようにその血が擦れて付着している。
「ま、まって、状況が飲み込めなく……」
「跪け、人殺しの愚か者が」
先ほどまでとは打って変わって、菩薩様の声のトーンが一気に変化した。低い喉の奥から出る潰れた声が、空気をぶるぶると震わせて少女を打つ。
人殺し、愚か者……そう彼女を呼称した菩薩様。
さらには「跪け」とそう発し、彼女の身体は……
「があ……痛い、痛い、痛い、痛いよ、やめてよ、痛いよ、苦しいよおおお!!」
瞬間、少女の身体は重力が何倍にもなったような重みを感じてひしゃげた。菩薩様の発した言葉と同時、身体が地面に押しつぶされる。
「やめてやめてやめてやめて」
ゆらゆらと、
人がひしゃげるその音は、
少女の声も届かせぬほど、
身体の悲鳴を暗に表して、
それでも菩薩は無慈悲に痛めつけ、
聞く耳も持たずに冷たく見届ける。
「な、急に何をするのさ!!」
「貴様は人を殺したのである」
「何言ってるか分からないよ!!」
少女は目に見えぬその巨大な質量を背中に感じながら地面に押しつぶされる。そしてしばらくするとあることに気づく。
「はあ、はあ、はあ、あ、あれ?」
身体は地面に押しつぶされ、心臓が張り裂けそうになる。しかし、何故か少女はその心臓が鼓動を刻んでいるようには感じなかった。
「気づいたようだな」
「はあ、はあ、はあ」
少女は巨大な質量から解放された。先ほどまで見えない質量によって地面に押さえつけられていた身体は解放され、今はただ地面にだべっと倒れているだけだ。
しかし頭は自分の心臓の違和感にだけ埋め付くされている。
「私の心臓……動いて、いない……」
心臓が動きを止めている。
「しかも、私の身体、すっごい冷くて、冷たくて、まるで死んでいるみたいで……」
「そうだ、貴様は死んだのだ」
菩薩様は少女に死を告げた。
「わ、私がし、死んだってどういうこと?」
「言葉通り、貴様は死んだ。今のお前は浮遊霊だ」
「ふ、浮遊霊?」
少女は身体は冷たく、心臓は全く動きを感じさせない。
「う、動いてよ」
温かな風、豊かな街路樹。その景色の中心にいる冷たい彼女の身体。なおその氷の身体は解けることがない。
「う、動け、動け、動け」
健気かな。少女がまだその子供のあどけなさを残しながら、その時間の止まった心臓を一生懸命にぐいっと押して、今度は離してを繰り返している。
可愛らしい少女。
なんて健気で可愛げのある少女なのでしょうか。
「う、動いてよ、なんで動かないの、私の心臓は!」
「もう死んだのだ、お前は」
心臓が動かない少女。
「なんで冷たいの、私の身体は!!」
「もう死んだのだ、お前は」
冷たく、ヒンヤリとした少女。
「なんでこんなゴムみたいに生気のない身体をしてるの、私は!!」
「もう死んだのだ、お前は」
ゴムのような少女。無機質な女の子。
無機物になった女の子。
「なんでお手手にこんな血がいっぱいついてるの!!」
「お前が生前、人を殺した時についた血だよ」
赤い花の咲いた少女。返り血に咲かれた少女。
「わ、私は本当に死んでいるのですか」
「そうだ。死んだ時の記憶はないようだがな」
少女は死んだのだ。死んでいるのだ。
そしてなお重みとなり頭を縛り付けるその言葉は……
「ひ、人を殺したって……私が、誰かを殺したの?」
「お前は人を殺した。そしてその罪から逃れられず、死後も浮遊霊となりこの町を徘徊しているのだ」
そう菩薩様は少女に告げた。
「ぼ、菩薩様……」
「違う、スタイリッシュ菩薩である」
「そこは……どうでも良くない?」
少女は涙を浮かべながら、やや違和感を感じつつも、
今の状況を理解するようにゆっくりと立ち上がった。
生前に人を殺した少女は天国に行けず、浮遊霊となりこの町を徘徊している。
殺しの際の返り血が、彼女を象徴付けるようにその手に付いていたという訳であった。
「わ、私はこれからどうすれば……」
少女が置かれた状況……殺人の罪で成仏できない少女。
これからどうすべきか、ただ途方に暮れるばかりであった。