第13話 ツール・ド・フランスへ

文字数 4,411文字

 レースの名は、フランスのドーフィネ地方で行われる、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネというレースだった。

 そして、フェリーニホテルズチームは、フランスで行われるレースという事で、一つ上のカテゴリーだが、招待を受けて、参戦する事となった。

 だが、基本平坦スプリントは少なく、山がちなレースという事で、僕と山賀は外れ、ミークさんは、スプリント勝利を、ルランさんが、山がちなステージでの勝利。あるいは総合優勝や、山岳ポイントを獲得する目的で参戦する事になった。

 その為に、ミークチームと、ルランチームの混成チームとなり、さらに人数は7人だった。

 ミークチームからは、ミークさん、そして、ナットさん、マシューさん、ゲランドさん。ルランチームからは、ルランさん、ヴィシュさん、そして、セバスさんが選ばれたのだった。


 ミークさんは、セバスさんが選ばれた事に、不満だったようで。

「ふん、そいつで、ポイント獲得出来るのかよ」

 すると、ルランさんは、

「ミークさん、僕の考えている人物と、ミークさんの考えている人物は、同じかもしれませんが、彼専用のアシストがいないと……」

 そう言われて、ミークさんも、

「そうか、確かにな」


 こうして、走るメンバーが決定し、ドーフィネでの練習が始まったのだが、僕と山賀、そして、フランクさんが、予備メンバーとして、帯同するように言われたのだった。

 まあ、一緒にレースは走れないが、調整には参加したり、ホテルに一緒に宿泊し、サポートカーから、レースを見たり出来た。

 それで、ここで、栗谷先輩に再会する。栗谷先輩のチーム、FFエデュケーションジッポも招待され、栗谷先輩も走らないものの、チームに同道しているそうだった。


「やっぱり違うよな、ヨーロッパ。レースの強度も、練習もダンチだ」

「そうですよね」

 で、僕はそう返事したものの、

「でも、山賀は、ステージ勝利したんですよ」

 こう自慢する。

「だそうだな。流石だよ山賀」

「ありがとうございます」

 少し照れる山賀だった。


「そうだ、せっかく一緒になったんだ、練習日の1日に一緒に走ろう」

 栗谷先輩から、そう言われて、一緒に走る事になった。

「平坦なコースが良いですか?」

「せっかくドーフィネ地方にいるんだ、山も登ろう」

 栗谷先輩にそう言われて、山も登るコースを走る事になった。


「うん、気持ち良いね~」

「そうですね」

 左右に、切り立った岩肌の見える緑の大地を走る。前方に見えた景色があっという間に近づき。そして、後方へと流れていく。

 平坦では、栗谷先輩が一人で牽引していくが、さすがTTスペシャリスト、安定した速いスピードだった。

 そして、前方に山が見えてきて、緑の森の中に消えていく灰色の道が見えた。

 そのままの勢いで進み、3人は坂道に入る。するとガクッとスピードが落ち、栗谷先輩に代わって、僕が先頭に立つ。すると、すぐに。

「ノブ! スピードを落とせ!」

「えっ!」

 僕は、後方を振り返る。すると、すぐ後ろに、上体を起こして後方を振り返りつつ、脚だけはくるくる回してついてくる山賀の姿は見えたが、栗谷先輩の姿は、もう結構遠く見えた。

「あれっ、このくらいのスピード、栗谷先輩ついてきてたよな~?」

「どういう補正だよ。パワーメーターを見ろよ」

 僕は、サイクルコンピューターに目を落す。普通よりやや低い数値だった。しかし、日本での数値を思い出す。そして、スピードを落とす。

「いやっ、近藤、山賀、先に行っても良いんだぞ」

「いえっ、せっかく先輩と走るんです。ゆっくり走りましょう」

「おい、ノブ」

「?」

 僕達がペースを落としたことにより、追いついてきた栗谷先輩が、少し悔しそうに俯く。あっ。


「予想以上に登れなかったよ」

「栗谷先輩は、ヨーロッパに来たばかりなんです。仕方ありませんよ」

 そう言った、僕は頭を軽く叩かれる。イテッ。叩いたのは、山賀だった。なんだよ~。

「平坦は、さすがのスピードでしたよ。俺達、楽しちゃいましたよ」

「そうか、良かった」

 栗谷先輩の顔が少し明るくなった。

「それで、栗谷先輩は、どういう走りを目指していくんですか?」

 すると、栗谷先輩は、

「それは、タイムトライアルで上位に入れて、平坦での牽引はもちろん、ある程度の登坂ステージでも、先頭で走れる事だな」

「そうですか」

 山賀は、そう言って黙る。栗谷先輩に明確なビジョンがある以上、余計な事は、言わなくて良いと判断したようだ。




 そして、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネの練習兼試走が始まる。そして、平坦では、繰り返しスプリント練習が、そして、山に入ると、ミークさんが遅れ、ルランさんは、スピードを上げて、山を登っていく。

 僕達が、ミークさんを引こうとスピードを落とすと、

「シン、ノブ、ルランについて行け!」

 そう言われて、僕達はスピードを上げて、ルランさんに追いつく。

「おっ、ノブ君やるようになったね~」

 ルランさんにそう言われて褒められた。山賀も必死についていく。ヴィシュさんもこちらを見て、ニヤリと笑い。僕に前に出るように指示する。そして、ヴィシュさんと交代しつつ山を登る。


 この山の名は、モン・ヴァントゥ。風の山と言う意味の山だが、ロードレーサー達には、死の山だの魔の山だの呼ばれる標高1912mのアルプスでも、ピレネーでも無い独立峰だった。

 頂上に近づくと、まさに死の山と呼ばれそうな木すら無い、むき出しの白い石灰岩が転がる荒涼とした景色が広がる。

 そして、山頂直下には、もう一つ死の山、魔の山の由来となったトム・シンプソンの慰霊碑があり、頭を下げて通過する。1954年にレース中、アンフェタミンとアルコール、と熱中症の複合要素で亡くなったのだった。


 そして、頂上が近づくと、ルランさんが、

「シン君、後は下ってゴールのステージだ。本気で走ってみたら?」

「良いんですか?」

「ああ、ただし、コースの確認は忘れずにね」

「はい!」

 そう言うと、山賀は一気にスピードをあげる。頂上までは1kmもない。ダンシングする山賀の姿が、みるみる離れて白い景色に溶け込んでいった。

 伴走していたジャックさんの車も、山賀を追いかけて走っていき、後方を走っていた、コーチの車が近くにやってきた。


「山頂、通過! ダウンヒル入ります」

 山賀の声が、無線機を通じて、イヤホンから聞こえる。

「傾斜8%からの左急カーブ。路面状況良好、ただ、所々小石があります」

 冷静に、こういう山賀の声が聞こえるが、その後ろでは、風を切るピューピューという音が響いていた。

 途中から、ジャックさんの声もまじり、

「クレイジーボーイ! ハッハッハ」

 もう本当に山賀は〜。


 まあ、こんな感じで試走するが、うん、スプリンター向けのステージが一つもない。だが、ミークさんは、

「ツール・ド・フランスを走る為だ。まあ、山を登る練習になるだろ、ハハハ」

 だそうだ。


 そして、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネが始まる。


 そして、第1ステージ、ランク的には丘陵ステージという名だったが、191.8kmのコースで、前半標高600mほどの山と、800mほどの山を上らせた上に、後半斜度5%の5kmの登りを2回こなしてダウンヒルしてゴール。一応、最後は平坦だが……。

 で、ミークさんは、途中で遅れ、スプリント争いに絡めず。山も登れてタイムトライアルも強くてスプリントも出来る超人ベンアールトさんが制したのだった。


 そして、第2、第3ステージは、標高1000mとか、1500mの山が登場。ミークさんは、遅れてひたすら、タイムアウトにならないようにゴールを目指すだけで終わる。そして、このステージは逃げ切り勝利で幕を閉じた。総合優勝を目指す人達にとって、まだ勝負は始まっていないようだ。


 そして、第4ステージは平坦……。だが、個人タイムトライアル。というわけで、ミークさんも、ルランさんも、そこそこで終わる。


 そして、いよいよ、第5ステージ。一応平坦っぽいステージだった。ミークさんも、なんとか残るが、スプリント争いで負ける。前半のアップダウンで疲れてしまったそうだった。勝者はまたしてもベンアールトさんだった。


 こうなると、後は、ルランさんに期待だった。

 そして、第6ステージでルランさんが爆発する。すでにタイム差が開いていたので、ルランさんとヴィシュさんで逃げグループに入ったのだった。そして、山を越える時は、必ず先頭で通過。ゴールは、もう一人生き残った逃げの選手に譲ったものの3秒差の2位となる。これで、ルランさんは山岳賞と、総合争いでも上位にランクアップしたのだった。


 そして、第7ステージ。ルランさんは再度逃げを仕掛けるが、タイム差が縮まった為に、総合上位陣のチームに容認されず。逃げを諦めたが、山岳賞の確保に積極的に動き、モン・ヴァントゥの山頂、そして、もう一つの大きな山頂も集団の先頭で通過する。そして、ゴールも、優勝者に1分差の10位に入ったのだった。

「しかし、ルランさん結構良い感じだよね」

「ああ、総合優勝は無理かもだけど、山岳賞は取れると思いたいね」

「総合優勝は、無理かな~?」

「わからないけど」

 僕は、総合首位に立つ、黄色いロードウェアのチームを見る。

「ジャンボディズムチームが強すぎだよ」

「確かに」

 総合首位は、スロヴェニア人のフェリモア・ラウリッツさん、そして、2位も同じチームのデンマーク人のヴィンガードさんだった。さらに、超人ベンアールトさんもいるのだった。

「まあ、明日は最終日だ、レースをじっくり見よう」

「ああ」

 そして、最終日、黄色いロードウェアがワン・ツーフィニッシュする。総合優勝は、ラウリッツさんだった。


 だが、この日は逃げグループに入る事に、成功したルランさんが、山岳賞を獲得する。

 表彰式、ルランさんが赤い水玉模様のジャージ、マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュを着て登場すると、地元フランスの観客は大興奮だった。


 そして、夜、ルランさんの山岳賞受賞祝いが行われた。

「ルラン、本番でも山岳賞取れよ」

「はい、頑張ります」

「本当だろうな?」

「ええ」

 184cmと背の高いルランさんと、ちょっと低めのミークさん。ミークさんが、ルランさんの頭を抱えて、言い聞かせるように、話す。ルランさんは、苦しそうな体制で話を聞いていた。




 そして、ツール・ド・フランスのメンバーが決まったのだった。

「俺はスプリント勝利を取りたい、その為に、必要な人材がいてな~」

「ええ、僕も、ステージ勝利の可能性がある人材を加えたいのですが……」

 ミークさんと、ルランさんが、こんな事を言い始めた。誰だろうね?


「ルラン、同時に言うか?」

「ええ、良いですよ」


「せ~の、シンとノブ!」

「シン君とノブ君です」


「えっ!」

 僕は山賀の方を見る。驚いた顔はしていたが、右手のこぶしは強く握られ、顔の前にあった。
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