第10話 ピエーロ・ルランさん

文字数 4,392文字

 ツール・ド・ラヴニールが終わると、マルセイユ郊外の寮へと戻り、数日の完全休養日が与えられ、その後、再び、練習となった。


 フェリーニホテルズサイクルロードチームU23は解散し、それぞれのプログラムでの練習に入る。レオン、トマ、ヴィクトールの3人。テオとアドニス。そして、僕と山賀と分かれて、それぞれ練習に入るそうだ。


 そして、僕達は、ジャックさん。ああ、そう言えば監督さんの事ね。

「俺の事は、ジャックと呼べ」

 そう言われたのだった。

 で、ジャックさんは、僕達に、

「ピエーロが、練習相手を探している。行くか?」

「はい」

 というわけで、再び、ヨシさんに連れられて、移動する。

 で、ピエーロさんって、誰?


「新城さんのチームメートだった、ピエーロ・ルランさんだよ。フェリーニホテルズの前に、ヨーロピアンカーに在席していた時に、ピエーロさんと、新城さんがチームメートで、新城さんのサポートで、エースのピエーロさんが上位を目指す、熱かったな~。まあ、俺は、集団後方で、存在感あった、ボクトールさんも好きだったけど」

「へ〜」

 全然わかんない。しかし、山賀は、詳しいよな~。


 車の中で熱く語る山賀と、ヨシさんを横目に僕は爆睡していた。

 そして、

「近藤……。ノブ着いたぞ」

「ん? ああ、山賀……、シン悪い」

 僕は、そう言って起きる。ここどこだ?

「どこだここ?」

「イタリアのビチェンツァって街だって。とりあえず一泊だそうだ」

「そう、ありがとう」

 僕達は、荷物をおろすと一泊する。

 そして、翌朝。ビチェンツァの街を、ロードバイクに乗り軽く流すと、再び車に乗り込み移動再開だった。


 そして、車は、スロヴェニアに入る。人口わずかに200万人ほどだが、テディ・ホゴカル、フェリモア・ラウリッツという偉大な選手を生み出している国だった。


「森と湖の国スロヴェニアか〜」

「おっ、詳しいね〜、シンは」

「いえっ、本で読んだだけですけど」

「そっか〜」

 だが、スロヴェニアは通過するだけだったようだ、今度は、オーストリアに入り、さらにスロヴァキアへと入国する。2日がかりの旅だった。


 夜到着すると、倒れ込むようにホテルのベッドに倒れ込む。疲れた~。って、疲れたのは、ヨシさんか。


 そして、翌日起きると、ヨシさんに連れられて、ルランさんに会いに行ったのだった。

「ルラン、おはよう」

「ヨシ〜。ようやく来てくれたのか~、待っていたぞ」

 そして、ハグをする。さらに、

「ヴィシュ、おはよう」

「ヨシ、おはよう」

 ルランさんの隣にいた方とも挨拶する。

 そして、

「それで、ルラン。話は聞いているだろうが、シンとノブだ」

「山賀真一です、よろしくお願いいたします」

「近藤信義です、よろしくお願いいたします」

 僕達が、挨拶すると。

「ピエーロ・ルランだ。よろしく、シン、ノブ」

 ルランさんは、とても気さくな方のようだ。しかし、

「ふん、若手ばかり送ってきて、何考えてんだ」

「まあまあ、ヴィシュ。チーム事情もあるんだし、若手の教育も仕事だぞ」

「ああ、分かってるよ」

 えっと、怖い。だが、山賀は気にしないようだった。

「よろしくお願いいたします、シンです」

「えっと、よろしくお願いいたします。ノブです」

「ああ、よろしく、ヴィシュだ」

 ヴィシュさんは、ルランさんのアシストで、僕と同じような脚質なようだった。勉強させてもらおう。


「後から、テオとアドニスも合流するが、しばらくは4人で頑張って欲しいそうだ」

「ああ、分かってるよ。しかし、レオン君とトマ君は、大変だね。ジャックの再教育か……」

「ハハハ、確かに大変だね。で、そのジャックの試験を乗り越えて、シンとノブはここにいるんだ。期待して良いんじゃないか?」

「そうだね」

 ルランさんは、僕達を優しい目で見つめる。


 だが、優しいのは人柄だけで、練習は厳しかった。

「ツール・ド・フランス終わって休養してたから、そこからのリハビリなんだ。ゆっくり行こう」

 という言葉とは裏腹に、斜度こそ5%の登りだが、そこをハイペースで登る。そして、下って登るを繰り返す。


 山賀は、何度もちぎれつつ、ダウンヒルで追いつき、登りでちぎれそうになり、無理矢理スプリントして追いつき、ダウンヒルで休み、山を登る。という事を繰り返していた。きつそうだな、山賀。

 だが、なんとか。最後までついてくる。


「シン君、きついかもしれないが、今のペースに必死でついてくれば、まだまだ伸びる。頑張れよ」

「ノブ君は良いね。この調子で頑張れよ」


 だが、翌日からは、もっときつい登りになり、ペースも速くなる。

「えっ、この山って、このスピードで登れるもんなの?」

「ああ、信じられないが、アシストのヴィシュさんが登っているんだ。ルランさんは、まだまだ、本気じゃない」

「そうか……」

 途中から、ルランさんにおいていかれ、山賀と共に、必死で進むが、影も形も見えず。ゴールに到着する。


「うん、予想より速い。良いな」

 と、ヴィシュさんに言われ、2人で驚く。

「ありがとうございます」

「ああ、テオとアドニスなんか、リタイアしたからな。追うのを諦めて」

「そうですか」


 そして、休養日などもありながら、2週間練習すると、なんとかついていくことだけは出来るようになった。

 そして、テオとアドニスが合流する。

「シン、ノブ、また、一緒にやれて嬉しいよ」

「おお、テオ、アドニス。また、よろしく。なんかレース出てたのか?」

「ああ、U23のヨーロッパツアーに出ていたんだ。テオは、ステージ1勝したし、俺は敢闘賞もらったぜ」

「へ〜、凄いね~」


 というわけで、始まった、6人での練習だが。


 テオは、さすがクライマー。練習についてくるが、今までよりスピードを上げて、アドニスと、山賀が遅れる。

 それでも、山賀は、スプリントと、ダウンヒルのスピードで、なんとか追いつき。また、離れるが追いつき。と、結局ゴールには一緒に入った。しかし、アドニスは。

「タイムアウトだ。テオのアシストやるなら、もう少し登れないと駄目だぞ」

 と、ヴィシュさんに言われて落ち込んでいた。


 翌日も、結構きつい登りで、山賀とアドニスが遅れるが。

「ノブ君、シン君とアドニス君をアシストして、ゴールに運んでください」

「はい、分かりました」

 そう言ってペースを落としてアシストにはまわるが、山賀もアドニスもペースは悪くなく。大差がつくことなくゴールする。

「うん、良いんじゃないんですか」

 ルランさんに、そう言われたのだった。


 そして、その翌日からは、色々なシチュエーションを想定しての、練習に突入する。ジャックさんは居なかったが、コーチのフィリップさんも合流して、無線機も装備、細かい指示が出る、ルランさんから。


 ヴィシュさん、アドニス、僕が先頭交代のローテーションしつつの高速巡航。だがここで、ちょっと問題が露呈。テオが高速巡航についてこれない時があった。これに関しては、ヴィシュさんが指導して、徐々に良くなった。

 さらに、低いアップダウンの走行に、山賀のパンチャー能力の確認や、ルランさんの本気の登坂にテオがついて来れるかの確認まで行われたのだった。


「テオ君は、完全にピュアクライマーだな。後は、平地をアシスト使って上手く走れるかかな?」

「はい、ありがとうございます」

「シン君は、かなり良いパンチャーだ。平地での走りも良くなっている。うん、狙えるところではステージレースを狙っていこう」

「はい」

「そして、アドニス君、ノブ君」

「はい」

「今回、ヴィシュという良いお手本がいる。彼の走りを勉強して帰ってくれよ」

「はい」

「でだ、ノブ君は登坂能力良くなっているが、平坦でのパワーが安定しない。もう少し安定してペダルをまわせるように。何だったら、ギアを一段下げてケイデンスをあげてみるのも良いかもね。メカニックさんとも、相談してみて」

「はい」

「アドニス君は、テオ君のアシストするならば、もうちょっと登坂能力があると良いかもね。ギアを軽くしてリズムで登ると良いよ」

「はい」

 という感じで、練習が終わると、ルランさんが、丁寧に指導してくれたのだった。




 そして、ルランさんの復帰レース、オコロ・スロヴェンスカが始まった。

「ステージによっては、ルラン、テオ、シンでステージ勝利を狙っていく。後は、ルランの総合上位だが、これは無理せずいこう」

「はい」

 コーチのフィリップさんが、レースの目標を提示して、レースが始まった。


 で、初日は、1.6kmとかなり短い個人タイムトライアル。今回は、TTスペシャリストもおらず。皆がそこそこの成績だった。ルランさんも、タイムトライアルは苦手なそうだ。だが、短い為に、そんなに上位と差がつかなかった。


 そして、2日目。平均斜度4〜5%で標高400m〜800m程の山を四つ越えてなだらかなダウンヒルからの平坦ゴールで、山賀がスプリントして10位に入る。だけど、

「ワールドツアーチームのピュアスプリンターって、この程度の山は越えて来るんですね」

「ああ、まあ、最後のダウンヒルで追いついてきた連中もいたけどね。それに、シン君には、ダウンヒルがなだらか過ぎたよね」

「そうですね」

 という山賀とルランさんの会話だった。


 そして3日目。前半は平坦で後半は600m〜800m程の山で平均斜度も5%以上を5つも越えて、さらに登り坂フィニッシュという186kmのレース。山賀が満を持してというレースだったのだが……。

「やっぱり、スゲーよ、生サガン。全然敵わなかった。スゲーよ」

 レース後、そう嬉しそうに語る山賀。

 山賀は、ちゃんと最後まで残って登り坂でスプリント。だが、坂はややなだらかで、山賀曰く、平坦型のパンチャーであるサガンさんが、ちゃんと山を越えてきて、スプリントで圧勝したのだった。山賀は3位。それでも、充分凄かった。


 そして、翌日は、本格的な登りのレース。標高も1200mの山を2つ越えてゴール。これはルランさんが、本領発揮。クライマーの争いを制して優勝し、さらに総合トップにも浮上する。テオもルランさんのアシストとして、ゴール近くまでサポートし、上位でゴールする。


 そして5日目。再び前半に2つの山があり、後半はほぼ平坦というレースで、なんとかスプリンター勢が、生き残る中、サガンさんが、スプリントで2勝目をあげたのだった。

 ちなみにサガンさんは、レースの行われたスロヴァキア出身だった。


 で、総合優勝は、タイム差無しで見事ゴールして、ルランさんが制したのだった。


 こうして、ルランさんとのオコロ・スロヴェンスカが終わる。


「テオ君、アドニス君、シン君、ノブ君、引き続き頑張ってね」

 そう言って、ルランさんは、去って行った。


 そして、僕達は、その後、マルセイユ日本戻ると、マルセイユ近郊で練習して、シーズン終了を迎えたのだった。
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