第7話 プロチームへの招待

文字数 3,874文字

「お〜い、兄貴〜」

「えっ、憲二か?」

 引き続き、ル・ブールの宿を拠点に、アルプスやピレネー山脈でのレースに参戦していた。日本から渡欧して半年近くになっていた。

 何故か、勝っているが山賀の表情は冴えないのは気になったが。


 そして、そんなアルプスでのレースの事、突然、弟の憲二があらわれたのだった。


 そうか、高校生は夏休みか? だけど部活はどうした? しかし、憲二の隣には女性が立っていた。そうか、憲二。僕に彼女自慢に来たのか?

「なんだ、その目はよ~」

「いやっ、うらやましいな〜って」

「はあ? 違うよ、こいつは」

「じゃあ、誰なんだよ?」

「自称、山賀先輩の彼女」

「はあ?」

「自称じゃないよ~。ちゃんと彼女だよ~」

 え〜と、僕は、もう一度、その女性を見る。意外だった。申し訳ないけど、

 その〜、顔は童顔でかわいいけど、体格はガッチリされていて、女性としては、身長も高い方だろう。170くらい? 


「どうも、弟がお世話になってます。近藤信義です」

「真一先輩が、お世話になってます。西森菜々香です」

 へ〜、菜々香ちゃん。名前も、かわいい。


 すると、山賀も気づいたのか、こちらに歩いてきた。菜々香ちゃんが、ブンブンと手を振る。


「真一先輩〜」

「おう、憲二、西森来たのか」

「え〜、菜々香って呼んでくださいよ~」

「良く来たな〜、西森」

「う〜」

 菜々香ちゃんが、ふくれる。ちょっとかわいい。


 そして、山賀と、菜々香ちゃんが話し始めたので、僕は憲二と話すが、聞こえてきた会話に戸惑う。これってセクハラじゃないのかな~、止めなくて良いのだろうか?


「しかし、相変わらず立派な大臀筋だな~」

「そうでしょ、触りたくなっちゃいました?」

「ああ、そこから伸びるハムストリングス。そして、逞しい大胸筋に、広背筋。本当に素晴らしい筋肉だ。スプリンターにならべくして生まれてきたんだな~、西森は」

「えっへん。でも真一先輩の教え通り、ゴツゴツじゃなくて、意外としなやかなんですよ~」

 う〜ん、菜々香ちゃんも、嬉しそうだから良いか?


「それで憲二は、なんで、ここにいんだ?」

「それは〜。西森が山賀先輩に会いに行くって言うから。俺も行きたいな~って言ったら、お金持ちの西森が、お金出してくれるっていうしさ。兄貴と山賀先輩のヨーロッパでの走りを見たかったし」

「そうだったのか~。しかし、山賀も、場所教えていたんだな~」

「山賀先輩と西森って、意外と仲良いんだよ。山賀先輩が、西森を一方的にいじる感じだけど」

「ふ〜ん」

 山賀意外と……。やめておこう。




「じゃあ、行って来るよ」

「頑張れよ、兄貴」

「ああ」

「真一先輩〜、頑張って〜」

「おう」

 山賀もやる気だ。そして、レースが始まる。


 今日は、僕と山賀にとっての聖地ラルプ・デュエズがゴールのレースだった。


 僕は、視線を上に、上げる。視線の先には、上へ上へと延びるつづら折りの道。こんなの日本だと、日光ぐらいでしか見た事がない。

 そして、残り2km。僕は、スピードを少し速め、列の先頭に出る。すぐ後ろには、山賀がいた。他には10人ほど。ほとんどが、苦しそうにもがいていた。

「山賀行けるか?」

「もちろん」

 僕は、山賀の顔を想像する。目を輝かせ、獲物を前にした獰猛な猟犬のような顔をしているのだろう。

「じゃ、行くぞ!」

 僕は、ダンシングしてスピードを上げる。同じく、山賀もダンシングして、スピードを上げると、僕の脇をすり抜けるように、一気にトップスピードで走り始める。

 傾斜20度近い山道とは思えないスピードだった。3人程が、慌てて山賀を追うが、スピードが違うみるみる差が開く。


 そして、僕は、ダンシングを止めて腰をおろす。僕の仕事は終わり、後は、ゆっくりとゴールを目指す。僕は、徐々に遅れ、列の最後方に陣取る。


 そして、ゴール付近で歓声が沸き起こる。

「勝ったみたいだな」




「かんぱーい」

 レース後、いつものコテージに戻り、4人で祝勝会を開いた。宿のおばちゃんが用意してくれた料理に、コテージのキッチンで、菜々香ちゃんが手早く料理を作り、いつもより豪華な料理だった。

 自転車乗りが大好きな飲み物コーラで乾杯すると、食事をしつつ、レースの話題で盛り上がったのだった。


「真一先輩、凄いですよね~。あんな急勾配をスイスイって」

 菜々香ちゃんが、山賀を褒める。

「うん。それに兄貴も、山道を淡々と登ってさ~。正直、スゲーよ」

 ありがとう、憲二。

「私なんて、このレベルの山は、登れないですよ~」

「まあ、その体格じゃ仕方ないよな」

 おいおい、山賀、さすがに酷いだろ。

「おい山賀、女性に体重の事は失礼だろ」

「あ? 俺は、体格の事しか言ってないぞ」

「酷いです~、近藤先輩、そんなに私重く見えますか?」

「兄貴、ひでーなー」

 えっ、なんで僕が悪い事になってんの?

「まあ、西森は、この体格でも、ある程度の登りもいけるから、インターハイ二連覇してるんだよな~」

「へ〜、凄いね~」

「ありがとうございます。帰ってからすぐ、インターハイですから三連覇しちゃいますよ~」

「まあ、俺もだけど」

 憲二も対抗する。

「それで、西森はこの体格だろ? そして、登りも出来る。で、ついたあだ名が……?」

 僕は、一瞬、菜々香ちゃんを見て、あるものを想像し、口に出す。

「マウンテンゴリラ?」

「酷いです〜、近藤先輩!」

「本当に、ひでーなー兄貴は」

「可哀想にな、西森」

 えっ! 答えなんなの?

 まあ、そんな会話しつつ、盛り上がっていると。


「次は冬休みですね~。また、来ちゃいますね」

 ぴくっとして山賀の動きが止まる。

「あれっ、帰っちゃうの?」

「はい、さっきも言いましたけどインターハイがあるんで」

「そうか〜」

 夏休み入って少しの休部期間を使って、わざわざフランスに来たようだ。でも、冬休みは……。

「でも、冬休みはロードシーズンじゃないから、僕達も日本にいるかな? なあ、山賀」

「そうでしたか~、残念です」

 菜々香ちゃんの本当に残念そうな声を聞きつつ、山賀を見る。山賀は、固まっていた。

「山賀?」

「ああ、近藤……。あのな……」

 ん? どうした、山賀?

「金が無い……」

「はい?」

 金が無い……。えっ、どういう意味だ?

「すまん、近藤! ロードシーズン終わるまで金が持ちそうに無い」

 ああ、そういう事ね。宿屋代に、移動費に、レンタカー代に、食費に、ロードバイクのメンテナンス代に……。後は……。まあ、一番の原因は。

「僕が、増えた分。お金もかかるしね」

「いやっ、そこは関係ない。いるからこそ、レースに勝ててるんだから」

 山賀、なんて嬉しい事を言うんだ。

「山賀……」

「近藤……」

「はいはい、ボーイズラブ展開はいりませんからね~」

 そう言って、二人は、菜々香ちゃんに引き離される。

「まあ、あれだ。俺の見積もりが甘かった事と、アマチュアレースの賞金が予想より少なかった事だな。うん」

 山賀が、そう言うと、菜々香ちゃんは、

「お金お出ししましょうか? 西森コーポレーションがスポンサーになりますよ」

 えっ、西森コーポレーション? 有名なデベロッパーじゃないか?

「あれだろ、もれなく西森がついてきますってやつか?」

「はい〜」

 ああ、そういう事ね。山賀、ご愁傷様です。安らかに。

「それは断る」

「え〜、何でですか~」

「嫌だ」

「もう〜。まあ、冗談はそのくらいで、私のお小遣いなら差し上げますよ」

「後輩に、たかるのは嫌だ」

「もう〜、真一さん、頑固なんだから〜」

 いつの間にか、呼び方が真一さんになっている。ふと、横を見ると、憲二が黙々と食事していた。こいつもマイペースだよな~。

「で、いつまでいれるんだ?」

「そうだな、余裕みて、8月いっぱいかな?」

「後1ヶ月ちょっとか〜。まあ、全力で頑張るか。なっ、山賀」

「おう」

 こうして、憲二と菜々香ちゃんの帰国後も、アマチュアレースに出場し、頑張っていく。


 ちなみに、賞金が良いアマチュアレースに出てみたら、完全にチーム戦で、クラブチームの脚質毎に役割分担が決まった、5、6人相手には無理で、惨敗だった。

 そうか、そうだよな~。




 そして、その後も、レースに出て8月に入った直後だった、たまに見かけた、フランス人の若い綺麗な女性に声をかけられる。

 綺麗な茶色のサラサラと流れる、肩まである長い髪。美しい茶色の瞳。小鼻が大きくないスッとした鼻、整った顔立ちに魅惑的な唇。もう美女って表現で良いでしょうか?


「ムッシュヤマガ、ムッシュコンドー。私のチームに入りませんか?」

「えっ」


 その女性は、自分のおじいさんが作ったプロチームを引き継いだばかりだそうだった。そして、有望な選手がいないか、アマチュアのレースを見に来て、僕達が目に止まったらしい。


「他のチームの方々も、あなた方の事を噂してました。ただ、日本人だから、チームに誘わないと言ってましたが、私は、そんな事にはこだわりませんよ」


 だそうだ。確かに、あれだけ勝っていれば、アマチュアレースとはいえ、目立っていただろうね。だけど、日本人だからか〜。


 ヨーロッパで活躍する日本人は、少ない。新城さんや、別府さんくらいだった。その別府さんも引退されて、残ったのは新城さんくらいだった。

 もちろん、他にもいるにはいたが、数年で日本に帰国してしまう人が、ほとんどだった。

 僕達が、ヨーロッパの人間だったり、南米の人間だったら、すぐにスカウトされたんだろうね~。

 だけど、そう言えば、僕達は大学生。しかも休学しているだけだった。どうしよう?

「是非、よろしくお願いします」

「えっ?」
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