第9話 その13

文字数 550文字

 長男の伯父が箸を置いて微笑み、崇宏が手近なコップにビールを注ぎ足していくのを見ていた。
「お父さんは一人で焼酎の一升瓶ぐらい空けてたで」
 めそめそした湿っぽい雰囲気を吹き飛ばそうという意欲がつよくあらわれていた。崇宏は座敷と隣の部屋に目をやった。そんなものはこれっぽちも見つからず、聞き流すしかなかったが、元気を出して盛り立てていこうというのには崇宏も賛成だった。
「何か憶えてることありますか」
「そうやなあ。わしらも飲んでたからなあ」
「いつも飲みはじめるときりがないから」
「そうやねん。やっぱり酒はほどほどにせなあかんで」
 長男の伯父が、血圧と食事制限について講釈をたれたあと、右の手首をつかんでぐりぐりと回した。
「いつから痛むんですか」
 崇宏は何十人もの医者がしてきたであろう質問をして相槌を打った。痛みの存在そのものが理解されない場合がある。いろんな薬を試したがどれも効かない。原因がわかればノーベル賞級の発見だという。「へー、そうなんですか」――顔を上げると、恵が向こうから凍てつくような視線を投げかけていた。笑い方が気にさわったのだろうな、と思った。
 先のことなど誰にもわからないのに自分たちの方が優れていると信じて疑わない愚かさ――。本来なら絶対に関わりをもってはいけないはずのものなのだ。
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